逮捕時「オー・ミステイク」
共同通信社

もともとはフランス語の「戦後」

きょうの言葉は、「アプレ」。スマートフォンで使える便利なアプリの仲間…ではありません。「アプレ」とは1945年(昭和20年)から1955年(昭和30年)ごろに、盛んに使われた言葉です。

この「アプレ」、もとはフランス語の「après-guerre(アプレゲール)」。「après」は「〜のあと」、「guerre」は「戦争」、つまり「戦後」という意味です。1914年(大正3年)から1918年(大正7年)、ヨーロッパ全土を戦争に巻き込んだ第一次世界大戦後、戦前の文化に反抗するフランスの青年たちから起こった新芸術運動を指してアプレゲールと呼び、一般にも使われる単語となったそうです。当時の「戦後」は第一次世界大戦後だったわけですね。

戦後の混乱期、無軌道な若者たちはこう呼ばれた

そのアプレゲールの意味が日本で転じていくのは、第二次世界大戦が終わったころからでした。戦後の混乱期、従来の価値観、モラル、習慣などが崩壊し、それらに縛られず行動する反体制的・反道徳的な若者たちが見られるようになりました。アプレゲールの省略形である「アプレ」は、そんな若者たちを指す言葉として、日本で用いられ始めたのです。

「ゆとり世代」「新人類」の親戚?

そんな「アプレ」が起こした事件が、最初に載せた写真です。1950年(昭和25年)、日本大学の運転手だった青年が同大学職員の給料を強奪した「日大ギャング事件」です。犯人(右から2人目)が逮捕時に発したという言葉「オー・ミステイク」は当時の流行語にもなりました。その他にも、閣金融業「光クラブ」を通じて出資を集め、債務不履行になった末に服毒自殺した、1949年(昭和24年)の「光クラブ事件」や、見習い僧侶による放火で金閣をはじめ多くの国宝と文化財が焼失した「金閣寺放火事件」など、当時の「戦後派」青年たちが起こした事件は「アプレゲール犯罪」と呼ばれ、戦後事件史にもその名を刻んでいます。三島由紀夫の『金閣寺』をはじめ、事件を題材にした芸術作品も生まれました。

その後、次第に、「アプレ」は広く若者たちを指して「無軌道」「退廃的」「無責任」「素養がない」などの意味で使われるようにもなっていきます。曰く「彼女はとんだアプレ娘でね」「彼らはアプレだから勉強が足りない」といったように。

そんな「アプレ」の使われ方に、既視感を覚えませんか? 世代や年代で区切って若者たちをひとくくりにする言葉は、これまでにも数々ありました。例えば「ゆとり世代」や「新人類」、最近では「さとり世代」などもそうでしょう。もともとは「これまでにはない考え方や習慣を持っている」という意味で使われはじめた言葉でしたが、いつの間にか「あの世代は○○だから…」というレッテルとして使われることが多くなりました。

戦後の初めに生まれた「アプレ」も、まさに、そういったニュアンスの変化をたどった言葉のひとつでした。昔から、自分たちの先輩世代にレッテルを張られるのは、若者の常なのでしょうか。「親指族」のように、スマホのアプリばかりに夢中になっている若者が「アプレ」ならぬ「アプリ」と呼ばれる未来もあるのかも…。