1956年(昭和31年)、湘南海岸で遊ぶ「太陽族」たち 写真:共同通信社
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作家“石原慎太郎”の出世作

「太陽族」という言葉。若い人はほとんど知らないのではないでしょうか。

この言葉、元東京都知事で、作家の石原慎太郎の小説『太陽の季節』から生まれたものです。作品は1955年(昭和30年)に文芸雑誌『文學界』で発表され、翌年、芥川賞を受賞。石原慎太郎は一躍脚光を浴びるようになりました。

『太陽の季節』は日本大百科全書(ニッポニカ)に次のように紹介されています。

肉体的な行動のみを信じている拳闘(けんとう)部の学生津川龍哉(たつや)と、背伸びしたブルジョア娘の英子(えいこ)との遊戯的な性愛の交換風景を描きながら、そこに若者たちの意外に健康で必死な愛の形を追究してみせた作品。陰茎で障子紙を破る描写が爆発的な評判となり、作者が無名の学生作家であったという事情も手伝って、文学的・倫理的価値をめぐる論争が華々しく展開し、「太陽族」という新風俗まで生み出した。

弱冠23歳の新進作家が発表した「問題作」は、翌年に映画化。石原慎太郎は時代の寵児としてもてはやされるようになります。この時、マスコミをにぎわせるようになったのが「太陽族」という言葉でした。映画『太陽の季節』には、作者の石原慎太郎と実弟・石原裕次郎が俳優として登場しています。映画を見た当時の若者は、石原慎太郎の姿に「太陽族」としてのシンボルを感じたのです。ちなみに、これが石原裕次郎の映画デビュー作となりました。

「太陽族」は「コスプレ」につながる?

1956年(昭和31年)当時最年少の23歳で芥川賞を受賞した石原慎太郎 写真:共同通信社

「太陽族」たちは、映画の舞台となった湘南の海岸に押し寄せました。髪型は、後頭部と脇は刈り上げ、前髪を短く垂らす「慎太郎刈り」。そして、サングラスにアロハシャツというのがその姿。流行作家であり、人気映画の原作者であり、ファッションリーダーだったなんて、政治家としての石原氏の姿しか知らなかった世代には、ちょっとしたカルチャーショックかもしれませんね。最近では、小説や映画から若者の風俗へ影響を与える現象は少なくなってしまいましたが、もし今に近い感覚を求めるならば、お気に入りのアニメキャラクターになりきる「コスプレ」でしょうか。

あこがれの対象が映画の登場人物からアニメの登場人物に代わりましたが、少しでも近づきたい、ファッションを真似してみたい、そんな気持ちはいまも昔も変わらないのかもしれませんね。