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共同通信社
1953年(昭和28年)新橋のパチンコ屋の様子 写真:共同通信社

1953年(昭和28年)新橋のパチンコ屋の様子 写真:共同通信社

親指で弾くボールは鉄の球

アンデルセンの童話『親指姫』に登場する、親指サイズの小さな姫のような…。そんな想像とはまったく異なる「親指族」。1951年(昭和26年)に流行した言葉です。

親指族がひしめくのは、ズラリと並んだパチンコ台の前。盤面を落ちていくパチンコ球の動きに一喜一憂しながら、その親指はパチンコのレバーから離れようとしません。当時のパチンコは電動化されておらず、一球ずつ投入口から球を入れ、バネつきのハンドルではじく形式でした。第二次世界大戦中に全面禁止となったパチンコは、終戦後、各地で復活。庶民の娯楽として大人気となりました。

 

 

その後、パチンコは電動式が主流になり、ハンドルを回すと自動的にパチンコ球が飛び出すタイプへと移り変わるのにともなって、「親指族」という言葉も過去のものになりました。
ところが、2000年(平成12年)ごろ、新たな「親指族」が登場します。

 

ケータイのボタンを操る“ギャル”の親指

2000年(平成12年)携帯電話に夢中になる「親指族」 写真:共同通信社

2000年(平成12年)携帯電話に夢中になる「親指族」 写真:共同通信社

 

そう、皆さんご存じの「携帯電話」です。この頃一気に普及した携帯やPHSのボタンを親指で猛スピードで操作する若者を指して「親指族」と呼ぶようになりました。「親指族」はすっかり姿を変えて歴史の舞台に再登場したのです。翌年、『imidas』に新語流行語として掲載された「親指族」は次のようなものでした。

常に携帯電話を握りしめ、路上でもどこでも、ひっきりなしにディスプレーをのぞき込んでは、仲間とメールを送り合ったり、インターネットのコンテンツを楽しんだりしている一群の若者たち。ネーミングは、携帯電話のボタンを親指で器用に操ることからきている。視線が手元の電話機に集中しているため、他人の迷惑そうな顔には気づかないという特徴もある。

 

次の「親指族」が夢中になるものは?

それから15年ほどたった今、「親指族」はもはや特定の集団を指す言葉ではなくなりました。街中でも電車内でも、子どもから60歳代、時には70歳代まで、あらゆる世代の人々が親指でスマホを操作する姿が見られるようになりました。

かつてパチンコ玉を一個一個はじいていた親指は、世界中のありとあらゆる情報を一瞬で手に入れることができる「魔法の指」へと変貌したのです。時代とともに変わる「親指族」。次はどんな姿で現れるのでしょうね。ああ、親指はどこへ行く。