日本シリーズ 
写真:共同通信社

1960年代、子どもたちが夢中になった3つのもの

もし、この言葉を知らずとも、声に出してみればどこか心地いい響き…語呂の良さからでしょうか。きょう振り返る言葉は「巨人・大鵬・卵焼き」です。戦後復興を経て、日本経済が高度経済成長期を迎えた1960年代に子どもたちが夢中になったものを端的に表現した言葉です。

まずは「巨人」。当時のプロ野球では、読売巨人軍が圧倒的な強さを誇っていました。1965年(昭和40年)から1973年(昭和48年)にかけて9年連続で日本一に輝いた、いわゆる「V9」時代です。川上哲治監督が率いる、長嶋茂雄、王貞治の2大スターを筆頭とした野手陣、高橋一三、堀内恒夫ら球史に残る名投手陣はまさに”常勝軍団”。強い巨人の勇姿に、子どもたちだけでなく大人も夢中になり、巨人戦のテレビ中継には多くの視聴者が見入りました。

1960年(昭和35年)初優勝し、優勝杯を手にする大鵬 写真:共同通信社

1960年(昭和35年)初優勝し、優勝杯を手にする大鵬 写真:共同通信社

次に「大鵬」。第48代横綱となった昭和の名力士です。1961年(昭和36年)秋場所での優勝後、同世代の柏戸(第47代横綱)とともに横綱に昇進し、「柏鵬(はくほう)時代」と呼ばれる一時代を築きました。1960年(昭和35年)の入幕から1971年(昭和46年)に引退するまでの12年間、毎年必ず本場所優勝を記録するなど、伝説的な強さを誇りました。大鵬の優勝回数32回という記録は、2015年(平成27年)に白鵬(第69代横綱)が44年ぶりに塗り替えるまで破られなかった、相撲界の偉大な記録のひとつでした。強さだけでなく、色白の美男子だった大鵬には、多くの女性ファンがひかれ、相撲人気も高まりました。

 数百羽を収容し、5分ごとに自動で給餌する回転式鶏舎。1961年(昭和36年)には、卵の生産量が飛躍的に伸びた 写真:共同通信社

数百羽を収容し、5分ごとに自動で給餌する回転式鶏舎。1961年(昭和36年)には、卵の生産量が飛躍的に伸びた 写真:共同通信社

最後に「卵焼き」。いまでもおなじみの、あの卵焼きです。子どもたちが好きな料理の代表に挙げられるようになった理由として、それまで高級品だった卵が高度経済成長期を経て、一般家庭でも入手しやすくなり、子どもたちが口にする機会が増えたから…という説があります。また、「巨人・大鵬・卵焼き」の言葉が生まれた背景に、「卵焼きが加わったのは、卵が“値上がりしない物価の優等生”、弁当の定番だったから」という話もあります。

あの流行語も、同じ人物が生み出した言葉

「巨人・大鵬・卵焼き」が流行語として広まったのは1960年代初頭ですが、その言葉を生んだのは、作家で元経済企画庁長官の堺屋太一氏でした。

堺屋氏が通商産業省(現在の経済産業省)の官僚だった1960年代初めごろ、新聞記者に「日本の高度成長が国民に支持されるのは、子どもが巨人、大鵬、卵焼きを好きなのと一緒だ」と会見で発した言葉が、「みんなが大好きなもの」の代名詞として流行することになったのです。

実はこの堺屋氏、誰もが知るもうひとつの言葉を生み出した人でもあります。

その言葉とは、1947年(昭和22年)から1949年(昭和24年)ごろの第一次ベビーブームに生まれた世代を指す「団塊の世代」。日本の人口高齢化問題をテーマにした小説『団塊の世代』を1976年(昭和51年)に発表して以来、広く使われるようになったのです。

「巨人・大鵬・卵焼き」がみんな大好きだった時代から約50年を経たいま、子どもたちが好きなものは、すっかり様変わりしているようです。毎年のように好きなものが変わり、また生まれ。とても3つでは足りそうにありません。それも時代の流れなんでしょうね。そのうちのひとつに「ポ」も入れてもらえますかね…。