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共同通信社

きょうの「ポ」は、いまから43年前の1972年(昭和47年)。羽田空港では、この日の沖縄行き第一便のタラップ前に「守礼の門」が設けられ、乗り込む乗客を歓迎するセレモニーが行われました。この日、戦後27年にわたるアメリカの統治が終わり、沖縄は日本へ復帰。「沖縄県」として新たな一歩を踏み出したのです。沖縄行き第一便に乗った乗客たちも、この数時間後には「沖縄県」への初めての一歩を記したわけですね。日本国内は、復帰歓迎ムード一色。この日は月曜日でしたが、午後から官公署は休みとなり、時ならぬ「半ドン」になった銀座では、デパートに復帰を祝う垂れ幕がかかり、記念行事や記念セールも各所で行われました。

一方そのころ、沖縄では不安そうな表情を浮かべる人たちが…。

那覇市内の銀行で、ドルを円へと交換する主婦たち 写真:共同通信社

那覇市内の銀行で、ドルを円へと交換する主婦たち 写真:共同通信社

当時、沖縄で流通していたのはドルでしたが、復帰直前の5月12日に、ドルと円の交換レートは「1ドル=305円」と発表されます。前年の1971年(昭和46年)に「1ドル=360円」から「1ドル=308円」へとドルの価値が下落したばかり。再び価値が下がってしまった手元のドルを円へと交換する主婦たちの表情には、今後の生活に対する不安も感じられます。

 

いずれにしても、この日の復帰は、日本にとって、そして沖縄にとって、「戦後」の大きな節目となりました。そして、今では誰もが当たり前のように言い慣れている「47都道府県」という言葉が生まれたのも、この日だったのです。

 

沖縄には「復帰っ子」という言葉があります。それは、43年前の復帰の年に生まれた子どもたち。沖縄の歴史の転換を象徴する存在でした。「復帰っ子」という言葉は今でも日常的に使われています。復帰っ子は、今、40代。沖縄を背負って立つ年代になりました。