昭和通りの麦畑で刈り入れ
写真: 共同通信社

本日、6月5日は、二十四節気をさらに細かく分けた七十二候で「麦秋至(むぎのときいたる)」にあたり、冬に種をまいた麦が実りのときを迎え、収穫される時期です。今ごろ、日本のどこかで麦の刈り取りが行われているのでしょうか。きょうの「ポ」は、こちらの写真。1946年(昭和21年)のきょう行われた、麦の収穫の様子。古きよき、日本ののどかな田園風景に見えますが、ちょっと奥まで写り込んだ写真を見てみましょう。

昭和通りの中央分離帯で麦の収穫 奥は江戸橋方面 写真:共同通信社

昭和通りの中央分離帯で麦の収穫 奥は江戸橋方面 写真:共同通信社

麦畑の後方には、柵と植え込み。その向こうには、ビルが連なっているのが見えます。この場所、どこだかわかりますか? ここ、実は東京駅のすぐそば。昭和通りの中央分離帯なのです。写真の説明によれば、後方のビルの前を左右に永代通りが走っていて、写真の奥は江戸橋方面とのことで、それに従えば、この写真の撮影場所は、東京駅八重洲中央口を出てまっすぐ進み、昭和通りを左折したあたりだと思われます。東京駅から徒歩10分ほどの、都心のど真ん中で育った麦。いったいどんな味だったのでしょうか。

なぜ、こんな場所に麦が植えられたのかというと、戦後間もない食糧難の時代に、食糧不足を補うために町会単位で栽培したものだったのです。収穫した麦を抱えた女性のほほ笑みには、収穫の喜びとともに、食べ物にありつける安堵の気持ちが入り交じっているようにも見えます。

周囲の光景はすっかり変わってしまいましたが、昭和通りには今でも中央分離帯が残っています。大都会の駅前で育った麦を糧に、明日への一歩を踏み出した人たち。戦後70年のいま、あらためて思い出すことが、私たちにとっての「糧」になるかもしれませんね。