1955年(昭和30年)、重労働だった、たらいでの洗濯 写真:共同通信社
共同通信社

高嶺の花から必需品へ

いま「洗濯する」と聞いて思い浮かべるのは、洗濯機の槽に洗濯物と洗剤を入れてスイッチをオン、あとは脱水か乾燥してくれるまで待つだけ…という流れかもしれません。そんな光景が多くの家庭で当たり前になってから久しいものの、ちょっと昔は、槽が2つありませんでしたか? 今日のソレナニ図鑑は「二槽式洗濯機」です。

1955年(昭和30年)、重労働だった、たらいでの洗濯 写真:共同通信社

1955年(昭和30年)、重労働だった、たらいでの洗濯 写真:共同通信社

一般家庭への普及を目指した洗濯機が発売されたのは、高度経済成長期前夜の1953年(昭和28年)ごろ。当時の洗濯機は洗濯槽のみの一槽式で、洗濯槽の側面にある羽根を回転させて水をかきまぜる「噴流式洗濯機」と呼ばれるタイプでした。脱水は上部のローラーを手回しして圧縮していたので、電動とはいえ、全自動ではありません。この「噴流式」の一槽式洗濯機は、従来の電動洗濯機と比べて約半分の価格で、各社から続々と発売されました。それでも当初は高嶺の花で、以前と変わらずに洗濯板と、たらいを使う家庭も多かったそうです。その後、羽根の位置が洗濯槽の底にある「渦巻式」が主流になっていきます。

そして、1960年(昭和35年)に三洋電機が発売し、洗濯機の普及に大きく貢献したのが「洗うための槽(洗濯槽)」と「脱水するための槽(脱水槽)」が並べて置かれている「二槽式洗濯機」です。1966年(昭和41年)には、洗いとすすぎの工程を自動で行う「全自動二槽式洗濯機」が発売され、家事労働から主婦を解放する便利な家電として、多くの家庭で使われるようになったのです。二槽式洗濯機の発売当初、26%だった洗濯機の普及率は、わずか3年後の1963年(昭和38年)に50%を超え、10年後の1970年(昭和45年)には普及率が91%に。二槽式洗濯機はまさに生活の必需品となりました。

ところが、技術の進歩から生まれた二槽式洗濯機は、新たに生まれた技術に追い抜かれてしまいます。洗濯とすすぎ、そして脱水まで全自動で行える「全自動式洗濯機」が登場すると、二槽式洗濯機は急激にシェアを減らし、1990年(平成2年)に販売数量は逆転。近年では、洗濯機全体の売上に占める割合はわずか数%にすぎません。

二槽式ならではのメリットで、いまでも活躍中

それでも、二槽式はしぶとく生き残っています。洗濯から乾燥までこなしてくれるドラム式洗濯機と比べると、洗濯と脱水のたびに洗濯物を出し入れするのは手間にも思えますが、脱水しながら次の洗濯が始められるので、たくさん洗濯をする場合は時短にもなります。一度使った洗濯水でもう一回洗濯ができて水道代の節約につながるといった良さもあります。また、構造がシンプルで壊れにくく、メンテナンスがラクという点もあって、いまでも毎年一定数は売れ続けているのです。汚れ落ちが全自動式より優れているとか、洗濯する際に水量やすすぎの時間を細かく調整できると言って、いまだに愛用し続けるクリーニングのプロたちもいるのだとか。

二槽式から全自動、そしてドラム式へと移り変わった、洗濯機の進化のスピードを考えると、洗濯からたたむところまで自動で行ってくれる、全自動洗濯乾燥たたみ機の登場も間近かもしれませんね。または、タンス一体型全自動洗濯乾燥機とか…。