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昭和20年 被爆の言葉
萩原マサ子さんの日記

初回放送日:1997年5月31日 放送時間:5分

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被爆から半世紀、NHK広島放送局では、昭和20年に書かれた日記や書簡などの一次史料を収集するキャンペーンを展開した。(番組末尾に募集告知シーンがあるが、現在公募は行っていない。)家の前の京橋川の河原に避難した萩原マサ子さんは、被災者の手当てをしながら、日記をつづった。夫の伊三雄さんたちが帰って来ない。重症の母と三人の子供を抱え、職場で亡くなった夫の遺体を引き取りに行けない。「子供が休んだ後、一人で思い切り泣く」マサ子さんは、子煩悩の夫に子供たちが無事だったことを伝えられなかった無念を日記につづった。

語り:日色ともゑ

NHKティーチャーズライブラリー

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