トップページ > 番組ライブラリー > 昭和20年 被爆の言葉 粟屋康子さんの日記

昭和20年 被爆の言葉
粟屋康子さんの日記

初回放送日:1996年10月19日 放送時間:5分

このコンテンツをご覧いただくためには、最新のAdobe Flash Playerが必要です。以下のリンク先から最新のFlash Playerをダウンロードいただき、インストールした上でご覧下さい。

Get ADOBE FLASH PLAYER

※NHKサイトを離れます

被爆から半世紀、NHK広島放送局では、昭和20年に書かれた日記や書簡などの一次史料を収集するキャンペーンを展開した。(番組末尾に募集告知シーンがあるが、現在公募は行っていない。)広島市長・粟屋仙吉さん一家は元安川沿いの市長公舎で被爆。20歳だった娘・康子さんは疎開先で父の死を知る。キリスト教の信仰をともにし、尊敬していた父の死に「父のような人に無残な死に方をさせるなんて、神の愛は辛い」と日記に記した。康子さんは帰郷し、母の看病に当たるが、母も亡くなる。そして自身、残留放射能に侵され、亡くなる。

語り:日色ともゑ

NHKティーチャーズライブラリー

詳しくはこちら

ページのトップに戻る