My Way, My Style パラアスリートの流儀

第1回山本篤「夏と冬。異種競技を飛び越えて」

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「もし、障害を負ったばかりの頃、スノーボードがパラリンピックの種目にあったら、迷うことなくスノーボードをやっていましたよ!」

そう語るのは、山本篤。障害者の陸上競技選手として、2008年の北京パラリンピック、2016年のリオデジャネイロパラリンピックの男子走り幅跳びで2個の銀メダルを獲得しているトップアスリートだ。
その山本が、2017年2月18日、19日に長野県白馬乗鞍温泉スキー場で開催された全国障がい者スノーボード選手権に出場し、大腿義足のクラスで優勝した。


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スノーボードは、2014年のソチパラリンピックで初めて正式種目に採用された。現在、障害者スノーボード(パラスノーボード)には、片ひざ下義足など下肢障害のLL2クラスと、大腿義足や両ひざ下義足などのLL1クラス、さらに上肢障害のULクラスがある。
大きく波打ったような“ローラー”や、カーブに傾斜がついた“バンク”など、さまざまなセクションがあるコースを滑り降りる「スノーボードクロス」と、傾斜がついたコースにセットされた旗門を滑る「バンクドスラローム」の2種目があり、2月に開催された選手権では、スノーボードクロスが行われた。

スノーボードクロスは、予選ラウンドでは1人ずつコースを2回滑走し、そのベストタイムによって決勝トーナメントの組み合わせが決まる。決勝トーナメントではタイム計測は行われず、2人同時にスタートして先にゴールしたほうが勝ち上がるシステムだ。スタートで相手に先行されても、ライン取りで抜き去ることができる。大きくリードしていてもバランスを崩して大転倒すれば、後ろから滑走してきた選手に先を譲ってしまうこともある。高度なテクニックとともに相手選手との駆け引きも重要。オリンピックではすでにお馴染みの競技だが、パラリンピックでも一気に人気競技の仲間入りを果たしている。

山本がスノーボードを始めたのは中学1年。小学生の頃から家族とともに毎年スキー場に出かけスキーを楽しんでいたが、「断然、スノーボードの方がかっこいい!」という理由から、中学進学と同時に始めたのだった。冬休みや春休みになると学校の友人らと山に出かける。それは高校2年の春、運転していたバイクで交通事故に遭い、左脚大腿部を切断するという大ケガを負う日まで続いていた。
「事故に遭ったのも、スノーボードから帰った翌日。だからすごくよく覚えている」
3月に事故に遭い、その年の12月には、日常用の義足でスノーボードに出かけた。
「スノボができなかったら、死んじゃうぞ、くらいの勢いでした」

その後、義肢装具士の資格取得のため専門学校に通い、2年の時にパラ陸上に出会う。本格的に陸上競技に取り組む過程で、スノーボードの滑走日数は限られていった。
「やはりケガして陸上競技に支障をきたすのは避けたかった。実際、スノボで肩などを脱臼したり、転倒して記憶がすっ飛んだりしたこともありましたから」
とはいえ、完全に封印してしまうことはなかったという。時間を見つけて雪山へ。ワンメイクジャンプ台やレールなどを使ってトリックを楽しんでいた。ただ、ケガをする前を含め競技に出場した経験はない。

これまでは、競技として打ち込むのは陸上、楽しみとしてのスノーボードと明確な線引きがあった。
だが、2014年ソチパラリンピックで正式種目に採用されることが決まると、俄然、競技としてのスノーボードを意識するようになる。
「その頃、どうやったらスノーボードの出場資格が得られるだろうかと模索していました。でも、当時日本にはまだ協会さえなかった」
ソチパラリンピックの時には、動画を検索しリザルトを追った。選手たちの滑りを見て、ますますこの舞台で戦う自分を思い描くようになった。



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ピョンチャン(平昌)パラリンピックを1年後に控えた今年、山本はついに競技者としてスノーボードクロスに挑んだ。
18日、土曜日。予選のタイムトライアルがスタートした。山本は大腿義足のクラス3番目の出走順だ。全長420m、大きく波打つローラーの合間に、2つのバンクがある。
「アテンション、ゴー!」
掛け声とともにコースに飛び出す。スタート直後はストレートな急斜面。ここで一気にスピードが上がる。
1本目、山本はバンク手前でバランスを崩し2度転倒したが、1分00秒37で完走。同じところでミスはしないと臨んだ2本目でもローラーに飛ばされ、1分18秒63。
「攻めた結果です。他の選手たちからインスペクションの時にバンク手前の入り方に気をつけたほうがいい、とアドバイスもらっていたけど、その通りに吹っ飛んだ。コースに出てスピードが上がったらもう少し恐怖心があるかと思っていたけど、それはなかった。とにかく攻めようと決めてましたから」

初めてのチャレンジ。
「転倒した痛みなんか、感じない。2本目は2つ目のバンクまですごくうまく滑ってると思った途端、飛ばされた。でも、こんなにワクワク、ドキドキできる。アドレナリン、出まくりでしたよ!」
心から、レースを楽しんでいたようだ。

山本と同じ大腿義足のクラスでタイムトライアルトップに立ったのは、小栗大地。小栗の記録は42秒18。コースの難所を難なくクリアし余裕でゴールラインを割った。仕事中の事故で右脚大腿部を切断した小栗は、健常時代にはプロスノーボーダーとしてスキークロスやアルペンレースに出場していた経験がある。2016/17シーズンからワールドカップに参戦し、スノーボードクロスで3位をマークしている。
山本は言う「僕が転倒せずにゴールしたら小栗さんの42秒に届いたかどうか、それはわからない。でも、小栗さんは自分にとって目標、指針になる」

2日目は決勝トーナメント。準決勝のヒートでは、スタート直後に相手選手と抱き合うように接触し2人とも転倒。そこから復帰するも第1バンクで再び転倒し、相手にリードされてしまう。ところが第2バンクで今度は相手選手が転倒、そこを山本が抜き去ってフィニッシュした。
決勝は山本と小栗の一騎打ちだ。スタート後すぐに小栗がリードした。しかし第1バンク手前のロールでバランスを崩し転倒。旗門の脇を滑り落ち斜面を登ってコースに復帰したが、この間に山本が小栗をとらえ、そのままゴールまで突っ走った。結果、山本が初めてのチャレンジで優勝をもぎ取ったのだった。



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「実際には、まだまだ実力差はある。だけどレースで優勝できたことは素直に嬉しい」
決勝のヒートでは選手同士の接触や、相手選手の転倒によって抜き去るという、スノーボードクロスならではの醍醐味を味わった。
「チャレンジしてみて思ったのは、可能性はゼロじゃないという手応え。練習を積んでいって、世界を相手にしたらどのくらいやれるだろう、という期待感。接触も転倒も、すっごく楽しかったですよ」

決勝を戦った小栗は、陸上競技のメダリストがスノーボードクロスに参戦してきたことを、パラスノーボードの喜びと語る。
「パラリンピックのトップアスリートが出場することで、パラスノーボードは確実に注目されます。負ける気はしなかったけど、今日は負けた。それこそ、スノーボードクロス。山本選手のようなアスリートとしてレベルの高い選手がたくさん出てくることで、スノーボードはもっと面白くなるはずです」
10年以上陸上競技に取り組みトレーニングを積んできたことは、スノーボードでも生きた。筋力やバランス感覚を培ってきたからこそ、ブランクがあってもパフォーマンスはむしろ向上している。それを、本番のレースで実感できたことも大きい。

今年は7月にイギリスで陸上競技の世界選手権が開催される。世界選手権に向けてトレーニングする予定だが、終了後は一転、スノーボードに専念できると目論む。
「ワールドカップに出場してポイントを獲得できれば、来年のピョンチャンパラリンピックへの出場権を得る可能性もある」
競技は異なるが、追い求める気持ちに変わりはない。ここを出発点にして、何度でもチャレンジする。
「陸上競技とスノーボード。種目は違っても、競い合うことに喜びがある」
レースとしての高揚感。スタート前の緊張。新たなリズムが生まれ、風が吹く。

夏季・冬季パラリンピックで活躍する選手は少なくない。日本では、長野パラリンピックの金メダリストである土田和歌子が、その後陸上競技に転向して2004年のアテネ・パラリンピックの5000mで金メダルを獲得。スイスのハインツ・フライは車いすマラソン、クロスカントリースキー、さらにハンドバイクでもメダルを獲得しているし、ドイツのアンドレア・エスカウはハンドバイクとクロスカントリースキー、アメリカのアラナ・ニコルズは車いすバスケットボールとアルペンスキーのメダリストだ。

少年時代からの夢を抱いて、スノーボードにチャレンジする。頂点を目指すことの意味と道のりを知っているからこそ、夢物語に終わらせない覚悟を持って向かっていける。
山本篤の新たなアスリートライフが、ここから始まる。