世界中の選手がひきつけられる「世界一のボランティア」とは?! 大分国際車いすマラソン

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14年前から毎年、欠かさず訪れている私の最も好きな大会のひとつが、大分国際車いすマラソン大会だ。1964年の東京パラリンピックを成功に導いた大分県の外科医 中村裕博士(故人)の提唱により、今から37年前の1981年にスタートした。車いすだけの国際マラソン大会は世界で初めてだった。その後、毎年開催されるようになり、現在では国際パラ陸上競技連盟の公認大会で、海外のトップアスリートらも集まる世界最大規模の大会になった。


今年の第38回大会は11月18日に開催され、海外15か国45名の選手がフルマラソンとハーフマラソンに参加した。なかには、飛行機で24時間以上かかるブラジルから来た5名の選手もいた。

なぜ、これだけ多くの選手が大分に集うのだろうか?海外の選手たちに話を聞いてみた。

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「道路がきれいで走りやすい」どの選手も口を揃えてそう言う。
道路がきれいなことは、車いすランナーにとって、車輪のパンクを防いだりする上でもとても重要なことなのだ。

きれいなのはどうして?と関係者に話を聞くと、レース当日の早朝に道路でゴミを拾う人たちがいるらしい。早速行ってみると、いたー!!軍手をはめてゴミを拾っている人たちが、至る所にたくさんいた。今年は総勢700人を超えるボランティアが、各エリアに分かれてゴミを拾っていたという。大分の大会がしっかりと支えられているのは、このような地道な作業の積み重ねなのだと改めて感じた。


20181121_ochi_03.jpgフルマラソンで、序盤からトップ集団で走り続け3位に入った韓国のユ・ビョンフン選手は「これまで大分国際車いすマラソンに10回以上訪れているが、大分は、特にボランティアが素晴らしい。その中でも、私たちのサポートをしてくれる、通訳ボランティアは、みんな家族のように接してくれて、お別れの時はいつも泣いてしまうぐらい。そのぐらい親しくなるので、また来たいなと思ってしまう」と照れながら話した。


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アメリカから訪れたマシュー・デイヴィス選手は16回目の参加。「大分では、みんなが僕をスーパースターのように歓迎してくれるのがとても嬉しい。例えば、銀行に行って両替している時にでも、サインを求められるんだよ」


20181121_ochi_05.jpg今回、初めて参加したイギリスから来たマルティナ・スノペック選手(中央)は「今年のロンドンマラソンで、知り合いのアメリカ選手から『大分に車いすだけのマラソンでとてもすごい大会がある』と聞いて来ようと思った。いい天候にも恵まれ、たくさんの声援がありとてもよい大会だった。ボランティアたちは世界一だと思うわ」


20181121_ochi_06.jpg今年で31回目の参加となるスイスのハインツ・フライ選手。過去大会で14回も優勝し、彼の出した世界記録1時間20分14はいまだ破られていないという今年60歳のスーパーレジェンドは、「この大会に来る理由は、通訳ボランティアとの関係性が大きい。スポーツをしに来ているというよりも、ボランティアに会いに来ている感じだ。スイスチームの選手もみんな同じ気持ちで大分に戻ってくるんだ」と笑顔で話す。


20181121_ochi_07.jpg今回、海外選手の声をメディアに伝えるボランティアをしていた池田裕佳子さん(写真左=通訳ボランティアcan-do所属)は「私自身、このマラソン大会があったから、フランス語と英語の勉強を続けることができました。選手が主役なのですが、選手と一緒に活動しているような感じがします」


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大分空港の出発ゲートで海外選手を送り出した後も、空港デッキにのぼり、飛行機に乗った選手に機内からでも見えるよう、着ていた黄色いパーカーを大きく振りながら「無事に帰ってね!無事に帰ってね!」と何度も言いながら、飛行機が小さくなるまで見送り続けていたボランティア。

実は、私も最初に行った大分での大会の帰り、飛行機の窓からこの黄色の見送るボランティアの姿を見つけた時に涙があふれてきて、来年もまた大分に来ようと思ったのをよく覚えている。

世界の大会を色々見てきたが、ここまで心のこもった交流をするボランティアを大分以外でまだ見たことがない。今回取り上げた通訳ボランティアの他にも、交通誘導、清掃、運搬など数え切れないほどのボランティアたちが選手と一緒にこの大会をつくりあげている。
世界中の選手が魅せられる大分へ、もちろん私も来年必ず戻ってくる。大分の人たちに会いたいから。


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著者:写真家 越智貴雄(おち・たかお)
1979年、大阪生まれ。大阪芸術大学芸術学部写真学科卒業。2000年のシドニーパラリンピックから国内外のパラスポーツの撮影取材活動を続けている。2004年パラリンピックスポーツ専門ウェブサイト「カンパラプレス」を設立。2012年パラリンピック義足アスリートの競技資金集めの為にカレンダーを1万部出版し国内外で話題となる。2013年9月のブエノスアイレスでの2020東京オリンピック・パラリンピック招致最終プレゼンテーションで佐藤真海さんのスピーチ時に映し出された「跳躍の写真」が話題になる。2014年義足で前向きに輝く女性を撮影した写真集「切断ヴィーナス」を出版。撮影取材の他にも写真展や義足女性によるファッションショーなどを多数開催している。

越智貴雄さんへのインタビューはこちら
Road to Rio特別編 ~パラリンピック、かかわる人々。Vol.5 写真家・越智貴雄さん~