体と心をひとつに泳ぐ~競泳・田中康大選手~

「自己ベストとの戦い」である競泳。
100m平泳ぎを得意とする田中康大選手(SB14・知的障害クラス)の自己ベストは1分6秒69。2016年の4月までは、世界記録でした。


2020年東京パラリンピックは、パラスポーツ選手にとっての集大成ではなく通過点です。
2016年から2020年にかけての“変化の途中”は…。


この1年の記録を振り返る


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2018年3月に行われたパラ水泳春季記録会にて、ガッツポーズを11回した田中選手

 

去年(2017)の田中選手の成績は

1分10秒20(6月:第20回日本知的障害者選手権水泳競技大会)
1分9秒38(11月:日本身体障がい者水泳選手権大会)
1分10秒38(12月:INAS(国際知的障害者スポーツ連盟) 2017 世界水泳選手権大会)

と、自己ベストには遠い成績でした。


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そして、今年3月。毎年行われる2018パラ水泳春季記録会での記録は「1分10秒13」。
今年もっとも重要な大会と位置づけられている「パンパシフィックパラ水泳大会(パンパシ)」の派遣標準記録は「1分9秒38」。出場はかないませんでした。


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自閉症の田中選手。「人との関係を築くことが苦手」「コミュニケーションや言葉の発達の遅れ」「こだわりの強さや興味・関心の狭さ」などの特徴があります。
特に、気持ちが乱れていたりすると1分10秒の壁を切ることができません。
しかし、その日の日記には「がっかり」「つぎへ向けよう」「わすれよ」と書かれていました。


集中するということ


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去年3月 パラ水泳春季記録会の日記


2017年3月。
練習では良いタイムが出せるのに、大会本番では出せない・・・なぜなのか?
お母さんやコーチ、トレーナーの先生など、田中選手を支える人たちは、考え続ける日々が続きます。


2017年7月。
この月は『集中力強化月間』と称し
小学校時代にお世話になっていた新田江美子先生と共に「心と体を鍛える方法」を話し合いながら練習をしました。
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2017年4月 強化合宿の感想文より


「心に石があります」と日記などに何度も書いていた田中選手。
新田先生が「その石はどうするの?」と聞くと
砕いて砂にすると言っていたそうです。


新田先生にお話を伺ったときに印象的なことがありました。

「やっちゃん(田中選手)も、もう、大人だから、
いろんなことをごまかしてもダメだと思うんですよね。
学校ではよく『目的性』と言っていたのだけれど、
例えば、水泳に集中できていれば、気にならない。
そこがまだ弱いんだよね。

がんばって今日は泳ぐぞと、周りが見えなくなればいいのだけど、すぐ動揺する。
泳ぎにまだ“気持ち”が行っていない。

やっちゃんには、好きなものがいっぱいあるんだけど、嫌いなものもきっちりあるから。
泳ぐということに彼が目的性を持てればね」。

 



環境の変化で、記録は変わるか?

 

田中選手は今年から、マスターズ水泳大会(各種目・距離・年齢区分別で行われる大会)に参加し、『知的障害クラス』の世界記録よりも速いタイムで泳ぐ、健常者の選手と競っています。
1月の大会では落ち着きがなかったとのことですが、4月の大会では落ち着き「1分08秒81」というタイムだったそうです。(マスターズ日本記録は1分2秒19、田中選手は4人中4位)。

201_DSC_0123.JPG2018年4月 陸上トレーニングでは、背中を強化しているとのこと


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水泳を指導している榎本仁コーチ(左)と、陸上トレーニングやスポーツマッサージを行う中里賢一先生(手前)と共に


「集中が出せない」「やる気が出せない」2017年の日記と、
「がっかり」「つぎへ向けよう」「わすれよ」と書かれた2018年の日記。

比較してみてわかったのは「気持ちの変化」でした。
ベストタイムを常に求める競泳では、多くの選手にとって、肉体やフォームの改善が記録を縮める戦いかもしれませんが、
自閉症の田中選手にとっては、もしかすると肉体の成長よりも「心の強さ」を手に入れることが、自己ベストである元世界記録に迫る戦い、なのかもしれません。


2020年、最強の自分に近づくために必要な“武器”は何なのか。
田中選手のお母さんに「2018年の目標は?」と伺いました。
「今年は、何があっても動じない」と答えました。


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2017年11月 久々の10秒台を切るタイムに笑顔


大切な大会で、なかなか1分10秒台を切ることができない。
変わらないタイム…不安や緊張などの「大きな岩」をどう乗り越えて、自己ベストにせまるのか?
田中選手は、心の成長が見えたときに、記録という壁に近づきます。


水泳に対する『目的性』という、課題が見えてきた2017年。
2018年は、心と体の強さを一致させる時間となるようです。


 

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