取材ノート/大会メモ

「負けず嫌い」が「かかわる力」に~パラカヌー・瀬立モニカ選手~

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9月24日(日)に放送される「東京オリパラ団」のパラアスリートゲストはカヌーの瀬立モニカ選手、19歳。収録の後、お話を伺いました。

 

リオ後、より“専念”できるようになった

 

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――収録はどうでしたか?
アットホームな感じで、でもすごく緊張しました。

――緊張しているように見えなかったですよ!
ほんとうですか?すごいバクバクでした、内心、中身は。
試合並みに緊張しました。でも、負けていられないと思って(笑)。

――2014年、高校2年生の夏からパラカヌーを始めて、この3年でいろんなことが変わっていると思うのですが、印象に残っていることはありますか。
私はスランプというのがあんまりなくて、2014年から成長し続けている感じなんです。タイムも伸びて伸びて伸びてだし。そういくと、何だろう・・・とにかく、リオパラリンピックに出場できたというのが自分にとって大きなきっかけだったと思いますね。
その中には、メディアにも取り上げてもらえるようになって、「自分自身がカヌーを広めよう」とか、「成績を残していろんな人にカヌーを知ってもらおう」という思いも出てきて。自分のためだけにやっているのとはちょっと違ってきてます。
“2020で初めて出る”というのと、“2016を経験してから2020に出る”というのは、少し違った気持ちで臨めると思っています。

――1回経験したことで、次への気持ちがより強くなったのでしょうか?
気持ちだけではなくて、リオが終わってから、映像や分析や、サポートの人がたくさんついてくれるようになって、より競技に専念できるようになりました。
そこからパドルの向きや、角度、水に入れる長さなどの研究をしてもらって、細かいところで記録を伸ばせるようになってきたのがリオ後の1年ですね。

――もしリオに出ていなかったら、ここまでサポートされていないかもしれないのですね。
そうですね。8位ですけど「入賞」ということで予算の配慮があったり、ワールドカップなどに出場させてもらうなど海外の試合経験を積めるというのが一番大きくて。
8月にチェコの世界選手権に行ってきたのですが、海外試合に慣れた状態で臨めることができたのは、一番大きい成長だと思います。

――リオの前には、ご自分がジャンプアップできるような状況は想像できましたか?
当時を振り返ってみると、そのときはそのときで精一杯やって、「私、今、最強!」と思っていたんですけど(笑)、振り返ってみると、体つきもまだまだだし、パドルの正確さも汚いこぎ方だし。そのときは全力で臨んで、振り返ってみると・・・って、その繰り返しですね。
だから、多分1年後も「こんなことを言っていたけど、まだまだだったな」と思っていると思います。

――ちなみに、障害を負う前から、常に“全力の生きかた”だったんですか。
どうなんだろう。負けず嫌いであったことは確かなんですけど、ちゃんとやってきたかと言われたら、けっこう自堕落な生活を送っていたかもしれないです。
ある程度のレベルまで行ってもそこからやめちゃう、というのは結構多かったかな。そこで負けず嫌いを発揮すれば良かったのですが、何か“最後の全力”が出せていなかったと思います。

――“転換期”でしょうかね。
パラリンピックがあったからここまで競技に打ち込めることもありましたし、そのおかげで私生活全般がすごくアクティブになったり、今までにない体験をさせてもらえて“今の私”を構成されている感じがあります、正直なところ。

パラアスリートとのつながり

 

――東京・辰巳で行われていた「ジャパンパラ水泳競技大会」にいらしてましたけど、仲の良い選手は?
今度、富田宇宙さんとご飯を食べに行こうって話をしていました。
あと、リオに行った選手はほぼ知っていて。成田真由美さんは、私が障害者スポーツに入ったときからものすごくお世話になっている方で、一緒にリオに行くことができてすごくうれしかったですし、あとは若手の(一ノ瀬)メイちゃんとか、あと森下友紀ちゃんとか、「東京オリパラ団」にも出ていた池愛里ちゃんとかは同世代なので、競技は違えど意識はしていますね。

――どう意識されていますか?
個人種目で、水泳もスピードの競技じゃないですか。「メイちゃんたち、これだけ伸びてきているな、もっと頑張らなきゃ」って思います。

――なるほど。水泳以外でも仲がいい人はいらっしゃいますか。
めっちゃいますよ!車いすラグビーのみなさんはすごく仲よくさせていただきました。開会式のバスが一緒だったんですけど、私、1人だったので、ラグビーチームに混ざって一緒に行動させてもらって。すごくいいお兄さんたちばかりですね。
あとは、選手村では土田和歌子さんと部屋が一緒でしたね。カヌーは私とコーチの2人だったので、競技団体同士で一緒になる、その相手が土田和歌子さんで、おそれ多い感じで暮らしていました(笑)。
あと、卓球の岩淵さんとか、車いすバスケの香西さん、藤本さんとか。選手村でいろいろな選手とお友達になれました。最初に柔道の選手がメダルをとったときは、とてもうれしかったです。

――人見知りはあんまりしない性格ですか?
いや、ネクラです、私。

――ええっ!そんなふうに見えない!
そんなことないです(笑)。なんですけど、西コーチがすごく明るい人なので。私もそれにつられているという感じですかね。

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西明美コーチ(2016年3月時)

――お二人でいると、姉妹みたいですよね。
そうですね。ほんとうにおもしろいです、コーチは。
コーチと一緒にいて「人との何かつながりって大切だな」って思いました。


練習について

 

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――収録の中で、「昨日、おとといの練習で痛めつけられていて」という言葉がありましたが、強くなるために意識されている部分はありますか。
フォームの改造や、“コンパクトに、効率よく水をかく”というのが今一番の課題なんですが、それに加えて、スピードと力、パワーが圧倒的に外国の選手に比べて足りないといろんな人から言われまくっているので、今年の冬はウエートトレーニングに重点を置こうと。
あと、同じクラスの海外選手とトレーニング方法について話す機会があるのですが、練習の方向性は間違っていないんですね。ただ、頻度が・・・。
私は大学があるので週2回しか乗艇できないのですが、海外選手は最低でも週6回は舟に乗っていて「モニカ、少な過ぎる」と言われたり。彼らと比べると練習量は半分以下なので、圧倒的練習不足は明確な課題ですね。

――日本人と海外の差である、“体格の差”は変えようがないと思うのですが、スピードや、漕ぐ回数で勝負しようとされていますか?
私の場合、早く漕ぐことがスピードにつながるわけでもないので、いかに正確にこげるか、1パドル1パドルでぐっぐっぐっ!て進んでいくところがポイントだとコーチからは言われていて、私自身もそう思っています。

――日本の技術力、正確さ、いかにミスを少なくさせるかですね。
そうですね。あとはカヌーのシートやメカニックの部分、技術や科学で対抗していくとおもしろいかもしれません。

――海外選手とはどのぐらい体の差があるのですか。
肩回りでも、一回りぐらいは違いますね。
私、カヌーを始めたころは、日常生活もままならないぐらいの体力しかなくて、学校に行くだけでも本当にしんどかったり、授業中もしんど過ぎて授業を受けていられなかったんです。だから、最初から全力でハードなトレーニングをしているわけではなく、最初の1年はリハビリ感覚。コーチも練習量をそんなに課さずに体を壊さないようにしてきて、リオの年までも肩を痛めないように、気をつけながら練習してきたんですね。


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大切にトレーニングを積み重ねたことで、今では車いすのまま懸垂が出来るようになった


ですけど、去年から今年にかけて、ウエートトレーニングでようやく“標準の体”になってスタートラインに立てたというところまで来ました。今年の夏は合宿に1カ月半ぐらい行って、毎日ハードなトレーニングをしても大丈夫な体になったので、ここからのオフシーズンは、海外選手に近づける“標準からさらに上を目指す”レベルだと思っています。

――一年一年に意味があるのですね。
漕ぎ方にしても、日本ではパラカヌーは始まったばかりの競技。バスケや陸上は先輩方がいますけど、カヌーの場合はいないので、自分自身でこれが正解なのかわからないし、正解を見つけていかなくちゃいけない。それが一番苦労するところです。

――そのパイオニアが今、瀬立さんということですね。今、瀬立さんが悩んでいることは、きっと日本でパラカヌーを目指す人たちにとって大きなつながりになると思うので、大変だとは思いますが…。
頑張ります。(笑)

――“全力”ですね(笑)。
国内では敵なしの状態で、海外遠征で実力を試しているような状況だと思いますが、海外で腕を磨きたいと思ったことはありますか?
めちゃめちゃあります。「海外に行きたい!」とばっかり考えてますね。

――なぜ行けないのですか?
大学に通っているので。
ただ、もし海外に行くとなっても、パラ(カヌー)艇がないとか、カヌーは道具を使う競技なので、施設に行く手段を整理するのが大変なんです。世界全体でも、まだまだパラカヌーの人口は少ないので、なかなか気軽に行ったり、修業はできなくて。

――準備が大変なのですね。カヌーでいうと、東欧が有名なイメージがありますが。
ヨーロッパ選手がまず強いのと、あとブラジルや中国も強いです。ブラジルは、今回のリオ大会で強化されていて、すごく母体が大きくなっているチームですね。ブラジルの人とは一番仲が良いです。ブラジルは環境やサポート体制がすごく整っていて、舟や乗れる環境もかなりあります。

――リオ大会が終わって施設などが寂れているという報道を聞きますが、そういう“レガシー”は残っているんですね。
パラリンピックがあったからというのがとても大きいと思いますね。

2020、その先に

 

――2020の目標は「地元で金メダル」とおっしゃっていましたが、2020年以降、何か考えているところはありますか。
私自身、競技は2020年が集大成だと思っています。
競技の一線から引いたあとの“将来の夢”でいうと、今、筑波大学の体育専門学部に所属しているのですが、そこには将来、体育教師を目指す人や、スポーツ関係の会社に勤めたい人などが、体のことについて学んだり、それをどうやってスポーツに生かすかというような勉強をしているんですね。
私はそこからもう一度医学の道に進んで、メディカルから障害者スポーツを支えたいというのが夢です。

――現在、競技の強化のために自分の体の仕組みとかを勉強されているそうですが、面白いのでは?
動作分析とか、おもしろいです。将来的に私が目指しているのはリハビリの先生で、例えば、けがをして足を切って入院した人が、スポーツを通じて社会に復帰していってほしいと考えています。それは、私自身カヌーを通して社会とつながるきっかけをもらったので、リハビリの中にスポーツも取り入れて、そこからパラリンピック選手の発掘や、育成できるような人を育てていきたいと思っていて。
・・・できるかどうかわかりませんが、“人”をつなげたい、コネクトしていきたい。私が今パラリンピックの世界を知って、他の競技の人ともつながりを持ったことで、いろいろできることを感じたので、そういうことを伝えて行くのは私にしかできないことじゃないかなと思っています。

――スポーツは体を健やかにするだけではなく、気持ちの面や、色々な人とつながることで自分の“力”がどんどん膨らんでくると思うんですよね。瀬立さんがご自分の体験面と、職業面で障害のある人をつなげられたら、すごく素敵なことですね。
ハッピーライフを送りたいですね。でも、それまでたくさん勉強しなきゃいけないんですけどね!笑

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東京オリパラ団 「いま、オフィス街がアツい!!」
9月24日(日)[BS1] 夜7時00分~ 夜7時50分
10月1日(日)[BS1] 午前0時00分~ 午前0時50分(土曜深夜) ※再放送

2020年の東京オリンピック・パラリンピックを応援する番組「東京オリパラ団」。今回注目したのはオリパラで盛り上がる丸の内や大手町など「オフィス街」の人たち。3年後に向けて、スポーツボランティアへの参加を呼びかける企業や、企業対抗でパラスポーツ「ボッチャ」に熱くなるビジネスパーソンに密着します。スタジオには、リオ大会のパラカヌーに出場したニューヒロイン・瀬立モニカ選手が登場。驚きのパフォーマンスも!

【出演】東貴博さん、グローバーさん、桜井日奈子さん、大西流星さん
【ゲスト】瀬立モニカ選手(パラカヌー)、本間健介(オリンピックパラリンピック等経済界協議会)



瀬立モニカ

 

1997年11月17日生 東京都江東区出身。江東区カヌー協会所属。クラスKL1
筑波大学 体育専門学群2年
高校一年のとき体育の授業で怪我をして障害を負う。
パラカヌーを始めて2年でリオデジャネイロパラリンピックに出場した。2020年東京パラリンピックではカヌー競技の会場が生まれ育った江東区であり、地元での金メダル獲得を目指している。

試合前にしていることは? 「音楽はほとんど聞かないです。一回MAXまで緊張状態に持っていき、そこからコーチとお喋りしています。いつも通りで試合に臨んでいます」

伝えたいこと 「カヌーは“水上のF1”とも言われており、スピード感が魅力の競技。陸上の100mレースを見るような感覚で応援していただけると嬉しいです」


・主な戦績
2016年9月 リオデジャネイロパラリンピック 8位入賞
2017年5月 ワールドカップ第2戦(ハンガリー) 2位
2017年6月 ワールドカップ第3戦(セルビア)  1位
2017年9月 日本選手権 1位

 

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