9月3日放送

お大師さんと生きる ~和歌山・高野山~

和歌山

弘法大師・空海が開いた聖地、高野山。
100をこえる寺院が立ち並ぶ山上の一大都市が1200年の長きにわたって繁栄してきたのは、高野山を大切に思う地元の人々が、食べ物から仏具に至るまで様々な形で支えてきたからだ。
人々はみな、親しみを込めて、空海を「お大師さん」と呼ぶ。
伝統の職人技が生み出す位牌や護摩木、お大師さんへの感謝から生まれた郷土料理「パチ芋」など、人々の真心と感謝のこもった逸品と出会う旅。

旅した人

布川敏和(タレント・俳優)
神奈川県出身。1982年に「シブがき隊」としてデビュー。1989年にはソロ活動を始める。「ふっくん」という愛称でみんなから親しまれている。特技は水泳。日々の料理をブログにアップするほどの料理好きでもある。

はな(モデル・タレント)
神奈川県出身。高校2年生の時からモデル活動を始める。テレビやCMなどにも出演、多方面で活躍している。趣味は旅行、仏像の本を出すほどの大の仏像好きでもある。

島よしのり(ナレーター)、橋本のりこ(ナレーター)

旅したところ和歌山・高野山

  1. 根本大塔
    はるか平安の昔、弘法大師が、修行のために建てた巨大な塔。世界遺産・高野山のシンボルです。
    世の平和を願い、民を幸せに導く。その祈りのために弘法大師が選んだ高野山に足を入れ、2人は旅の始まりを実感しました。
  2. パチ芋
    古くから、大根やナスビなど、高野山へ届ける野菜を作り、納め続けてきた集落、杖ヶ藪。日々の暮らしはお大師さんのおかげだと、月に一度、みんなで弘法大師のためにお供えをし、般若心経を唱えます。そんな集落で、小さいジャガイモを醤油で煮込んだ郷土料理「パチ芋」をいただきました。村で作った野菜を山の上に納めてきた集落、良いものはお大師さんに召し上がってもらうしきたりなため、大きなジャガイモは山の上に届け自らは小さな芋を食べてきたのです。お大師さんへの感謝が生んだ山の味を堪能しました。
  3. 富貴集落
    弘法大師が、ここを修行の場にしようかと迷った、と言われるほど居心地がいい里、富貴。お盆の時期は万物の御霊(みたま)も供養する習わしが今も残ります。そんな集落で出会った元気なおじいちゃんと一緒に、縁側でスイカを頂きました。訪れる人みんなを受け入れてくれる富貴集落には優しい時間が流れていました。
  4. 焼き餅
    街道の宿場町として栄えた、花坂(はなさか)という集落で焼き餅のお店を発見しました。平べったい形の焼き餅は、昔からの名物。高野山を目指す旅人のお腹を満たしてきました。外はカリッと、中は餡がしっかり詰まった焼き餅は、長い山道を行く旅人に力を授けてくれるお餅です。
  5. 奥之院
    高野山は117の塔頭寺院が建ち並ぶ、祈りの山。1200年の長きにわたり人々の悩みや願いを受け止めてきました。その中でも奥之院は一番の聖域、信仰の中心となる場所です。弘法大師が今でもが修行をしていると言われている御廟(ごびょう)の近くにはお大師さんの近くで眠りたい、と20万を超える墓標が立ち並びます。2人はその神聖な場所に踏み入れ、お大師さんの「気」を実感しました。
  6. 勤行
    毎朝、護摩を焚いて行う勤行に参加しました。伺ったのは創建以来1100年の歴史を持つ無量光院(むりょうこういん)。高野山117ヶ寺の一つです。心を無にして、お堂に満ちる声に身を委ねた2人、宿坊のお庭で、自然の声もたっぷりと堪能しました。
  7. 位牌づくり
    最高級の位牌として名高い高野位牌。高野山に唯一残った、手仕事で位牌を作る職人の元を訪れました。位牌は亡くなった人を弔うために欠かせないもの。遺族の気持ちを考え、手作りとはいえそこに作り手の気持ちは込めないといいます。丁寧に作られた位牌は亡き家族を偲んで何十年間も思いと共に使われます。繊細な職人の心に触れました。
  8. 護摩木
    厄を祓い無病息災を願う護摩の儀式で煩悩の象徴として投げ入れられる護摩木(ごまぎ)。その護摩木を高野山で作る職人と出会いました。木目を読みながら木を割っていく作業。求められるサイズ通りに真っ直ぐ割れるようになるには、熟練の腕が必要。そんな護摩木作りに布川さんが挑戦しました。集中力が必要となる作業を、身を持って実感した布川さん。長い時間木と向き合う大変さを実感しました。
  9. ミョウガ
    筒香という集落に訪れた2人は、ミョウガを収穫しているおばあちゃんに出会いました。親の株から伸ばした根から生えるミョウガは、夏場が収穫のシーズンです。収穫ののち、筒香でとれた自慢のミョウガのごはん、そしてミョウガ味噌を頂きました。山の心地よい見晴らしの中で頂くミョウガ料理は絶品の味。お大師さんのふもとで感謝しながら暮らす喜びを伺いながら、夏の旬に舌鼓を打ちました。
  • 行き方
    ① 南海鉄道高野山駅から車で約10分
    ④ 南海鉄道高野山駅から車で約20分
    ⑤ 南海鉄道高野山駅から車で約15分 ※御廟までの参道は含まれていません
    ⑥ 南海鉄道高野山駅から車で約10分

担当日記

今回おじゃましたのは和歌山県の高野町。人口3300人、その7割は山上の寺院が建ち並ぶ町にお住まいです。では残りの人たちはどこにいるのか?それは高野山の険しい山中に点在する集落の中。ほとんどがご高齢、今では数世帯になってしまった村もありますが、皆さん元気に逞しく暮らされています。
高野山といえば、昨年開創1200年で注目された「山の上」を思う方がほとんどだと思いますが、そんな周りの集落も「山の上」を支えてきた、高野山の大事な一部。人々の心の中には、常に弘法大師がいます。
雑誌やパンフレットでは取り上げられることがない、そんな小さな山村の暮らしを通して、高野山を知ろう、というのが今回の旅の目的でした。

とはいえ、山の中を村から村へ移動しながらの取材は思いのほか大変。えぇトコの取材は通常マイクロバスを使って移動するのですが、集落の道はそんな大きな車が通れるようにはなっておらず、車が通行できるギリギリのところからは、機材を持って歩くことが何度もありました。
そんな状況にも関わらず、今回の旅人、布川敏和さんとはなさんは、むしろ山の景色や空気を楽しんでおられるようで、その様子にこちらも元気をもらえた気がしました。

この高野山の旅を楽しく終えることができたのは、そんなお二人のおかげ。
そして何より、大勢でおじゃました私たちを笑顔で出迎えてくれた、大らかで優しい村の人達のおかげです。
縁側でいただいたスイカ、山道を上り伺ったお庭からの眺望、土地に伝わるおいしい料理。皆さんにもてなしていただいた楽しい時間は、何にも代えがたい旅の思い出です。
そして誰もがおっしゃっていた、弘法大師への深い愛情。
この地に満ちる「お大師さん」への思いが、人を迎え入れもてなしてくれる優しさの源なのかもしれません。

心地よく心を解き放ってくれる高野山。
何度も訪れたくなる日本の故郷です。

担当D 吉村

わたしもひとこと!