2018年度 第39回 BKラジオドラマ脚本賞 選評

山本 雄史
(やまもと たけし)
脚本家。昭和30年、大阪生まれ。大阪在住。
昭和63年BKラジオドラマ懸賞募集(現在のBKラジオドラマ脚本賞)で佳作入賞。ラジオドラマでは青春アドベンチャー「タイムスリップシリーズ」のほかFMシアターを数多く手がける。テレビドラマ作品としては、土曜ドラマ「再生の町」第4回のほか、中学生日記を多数執筆。FMシアター「鳥が教えてくれた空」で文化庁芸術祭優秀賞受賞、「かわり目~父と娘の15年~」で放送文化基金賞優秀賞受賞、中学生日記「おじいちゃんのふるさと」でブルガリア国際テレビ祭グランプリ受賞。
今年の最終候補作は9編。それぞれに持ち味のある多様な作品が並びました。しかしその多くは、身近な題材や作者の経験をもとにしたと思わせるようなもので、地味で小さくまとまってしまっているのが残念でした。また、昨年の入選作の影響からか、奇抜なアイデアの作品もいくつか。しかしこれもアイデア倒れで、もっと精密に作り込んでいく努力が欲しかった。とにかくもっとスケール大きく想像力をふくらませて、もっと深みのある作品を。多くの人が自分の半径数十メートルの世界を描いているなかで、どうすればそこから抜きん出ることができるか。そこを出発点として作品に取り組んでいってはどうかと思います。今年は特にその抜きん出た作品がなく、大した差のないなかでの審査でした。選ばれた入選と佳作2編はどれもわずかな差で、作者の今後に期待しての選出でした。

「幻タクシー」
今年の入選作。深夜のタクシーに乗ってきた不思議な客。雰囲気のある設定、読後感もさわやかです。候補作の中では一番情感を深く感じさせる作品でした。
しかしながら、モノローグの多用が気になります。主人公のタクシー運転手の表のセリフと裏のモノローグ。表で言えない思ったことをそのままモノローグで語るのは、どうにも説明過多でうるさく感じます。運転手と客の2人の対話で心の中の感情を推察させる。そうやって描く努力と技術が欲しかったです。
また、そもそもこの話は「何の話」だったのか。おそらくは主人公であるタクシー運転手と亡き父親の不和と和解が主軸なのでしょう。だとしたら、そうとは思いにくい曖昧な展開になっていました。乗り合わせた幽霊の女が思い出を辿る話かと思わせておいて、実は運転手と父親の話だった。そこに「ああ、そうだったのか!」と観客を面白がらせ、「おお、そうきたのか!」と観客を誘導する技術が必要だったでしょう。

「そして、赤ちゃんはやって来る」
天使が出てきて、どの母親のお腹から生まれるかを選ぶ3人の名がグーとチョキとパー、おまけにコウノトリもやってきて……と、読んでいて私は気恥ずかしい思いがしました。いや、気恥ずかしく思うのは私の勝手でそれはどうでもいいのですが、読んでいていろいろツッコミどころが多いのは問題です。
前世が男だったグーが、死んでから「あなたはこれから女の子だ」と生まれ変わってもいないのに天使に言われるのはなぜ? そもそもいったん死んで、生まれ変わる前のグー・チョキ・パー3人の「状態」はどんな? なんか魂のようなフワフワ実体のないものなのか、あるいは何か形のあるものなのか、どんな形なのか、それは人間みたいなものなのか、じゃあ前世は猫やハムスターでもここでは人間の形なのか、とにかく読んでいてまったくイメージできない。仮にこれをドラマとして制作した場合、役者さんは自分の役をどうイメージして演じればいいのでしょう。ある意味、ラジオドラマというものを勘違いしているのではなかろうか。自分の考えたアイデア、設定を、もっとしっかり作り上げていく努力をしてください。

「卵を抱く」
人間が卵を産むというアイデアと、冒頭の「夫が卵を抱いている」のモノローグ。この2点だけは確かに面白かった。しかしそのあとは多くの「?」が続きました。
フィクションですから人間が卵を産んだっていいでしょう。でも、ただ「卵を産むようになった」と言いっぱなしでは納得はできません。フィクションといえども、なぜ人間が卵を産むようになったのか「もっともらしい嘘」をついてもらわなくちゃ。
そもそも「仕事が忙しくて子育てができないからと卵生出産をする女性が増えている」そうだけど、その卵は直径18センチ・重さ1.6キロ、これはいったいどこから出現したのでしょうか。たぶん仕事が忙しくて子育てができない女性からでしょう。結局「産んでいる」のです。しかもそんな大きなものを「産む」のはけっこう苦労でしょう。通常の出産とどう違うんだ。しかも卵からかえった赤ちゃんも、いきなり自分で何でもできる手間いらずに育っているわけでもなく、それどころか、直径18センチ・重さ1.6キロの卵から出てきたのだから非常に小さい。結局子育てが大変ではありませんか。この部分が「大きく欠落」しているのです。作者が気づいていないのか、あるいは気づいているからこそ無視しているのか。とにかくそこを描かないまま話を作ろうとしているところに大きな問題があります。
アイデアは面白い、しかしそのアイデアをうまく生かし切れずに、いいかげんさだけが目立つのが残念でした。

「イカ焼き天使」
舞台も人物もストーリーも「いかにも大阪」。それが私にはちとしんどく感じます。大きな障害もなく話がトントン拍子に進み、主人公のドラマが見えてこない。彼はいったい何を乗り越えたのでしょう。唯一の弱点だった「包丁怖い」は途中で簡単に克服してしまうし、後半はストーリーに躍らされているだけの印象。また、アクションをともなったクライマックスがモノローグで説明され、ちっとも盛り上がっていかない。作者はここで何を描きたかったのでしょうか。どうも「お話」ありきで、作者の「思い」が伝わってこないのが残念でした。
「イカ焼きは高温で焼くから油はいらん」これは勉強になりました。

「ロックなミシンで起こして」
佳作第1位。タイトル、ちょっと好きです。ロックミシンにこだわって話を構築していったところが良いです。しかしながら、いかんせん話が小さい。「祖母は仕事に誇りを持っており、仕事こそが元気の源である」それを知る主人公の中学生の孫娘。この程度のことをドラマの到達点にしていては、中学生が普通に気づくであろうレベルであり、子どもドラマの域を出ません。祖母と仲違いして高校を出て以来一度も帰ろうとしない主人公の母が、なぜ「何かあったら心配だから」と祖母を東京へ引き取ろうとするのか。それは母の見栄や世間体を気にしてのことではないのか。そんな大人の事情や狡さに気づいていってこそ、このドラマは面白くなっていくでしょうし、中学生が大人へと成長していく姿が描けるのではないでしょうか。

「ヒガシの旅」
元落語家だった男の話。同じ落語の一部分がくり返し登場しますが、ここを選んだ事情があったとしても、この部分が面白くない。面白くないのに長々とくり返し出てくるのでさらに面白くない。ほかの落語の一部分も出てきますが、そこだけ聞かされてもやはり面白いとは言えません。つまりストーリーに落語がうまく絡んでいないから面白くないのでしょう。落語は単に登場人物が稽古をする道具立てでしかありません。落語を稽古している人を描いてもべつに面白くはないのです。そうではなく、このドラマの構造に落語の面白さを組み込んでいくべきではなかったか。主人公と父との関係のなかに、有名な親子ものの落語を重ねることはできなかったものか。ひそかに息子の落語テープを聴いていたというだけで父を許すなんて、簡単だし、甘いように思えます。もっと自由に落語で遊んで、利用して、泣かせる親子話に仕立てあげて欲しかったですね。

「ひなちゃんさん」
久々の「芸人もの」です。元芸人の主婦の日常はなかなかリアルで面白くはあります。
しかし、その彼女が復活をかけてコンテストに挑んで優秀賞を獲得するなんて、それは話がうますぎ、できすぎではあるまいか。
漫才など芸人ものドラマは、ドラマそのものと、漫才ネタの中身の両方が面白くなければ成立しません。過去の応募作品には、漫才シーンが一切ないのにコンテスト優勝なんてものがありましが、とにかく他のドラマよりハードルが高くなってしまうものです。
今回のこの作品、コントを一通り最後まで書き切ったのは評価できます。しかし、私は笑えませんでした。これが優秀賞かというと疑問でした。
それから、ラジオドラマとして表現に問題あり。モノローグで説明しすぎで、小説調になっていたりするのは感心しません。モノローグで冷静に語らずに、セリフで感情を表現しましょう。また、ラジオでは表現できないト書き(SE)が多数ありました。「日向子、香寿子が帰った後のテーブルに残った皿やコップを重ねながら」ただ食器がカチャカチャ鳴るだけです。「日向子、客席の方へ歩く」「日向子、戻ってくる」いずれも足音はすれども、誰がどう動いたかはわかりません。その他いろいろありました。SEはその音を発する人物の声やセリフが合わさってこそ、意味を持ち効果があるものです。

「三十一年目の無人駅」
書き慣れた様子があり、力量を感じます。ただ、全体に漂う妙な気取り感というか、特に主人公のキザで冷静な人物像が気になります。これは私だけの印象なのかもしれませんが。それはともかく、この主人公のドラマが弱い。印刷会社を息子が継いでくれるので引退しようと思っていたが、やっぱり息子が帰れなくなったので引退やめます、という程度で、彼に大きな葛藤は感じられません。むしろドラマがあるのはクライアントの夫婦とその娘で、主人公は傍観者といってもいい立場。主人公が主人公であるためには、彼ら以上に大きなドラマがここになければいけないでしょう。
なんだかんだと設定がややこしいです。もっとシンプルにできなかったものか。何十年も前に東京に移転した主人公の印刷会社に、31年前のクライアントがどうして電話できたんだろうと、ちょっと不思議に思いました。

「太秦ムービースター」
佳作第2位。モノローグが多く、そこで説明しすぎの感あり。もっとその場の芝居(セリフ・対話)でわからせていく工夫が欲しいです。
チャンバラ映画の斬られ役だった祖父が、学校の課題で孫娘がスマホで撮った映画に出演する。そこまではいいとして、その映画の内容が孫娘と京都の街を巡ることで、そのことで祖父は最後に再び映画に出られて満足する……。はたして祖父はそれで満足できるでしょうか。というより、観客はそれで納得できるでしょうか。チャンバラ映画の斬られ役なら、やっぱりチャンバラで最後に斬られなくちゃ。孫娘の映画に最初は出演を渋っていた祖父が、だんだん役者魂が甦ってきて勝手に動きだし、どんどんエスカレートして大騒ぎになっていく。そんなチャンバラを利用した展開もあったのではないでしょうか。
それと、家族や自分を不幸にしたのは映画バカの祖父のせいだと思っていた孫娘が、映画への情熱や愛を祖父に感じて彼を許す、という結論が、はたして主人公の孫娘の成長といえるでしょうか。映画を免罪符に使うべきではありません。祖父は自分の身勝手で妻や娘や孫に迷惑をかけたのです。これを肯定するのではなく、許せはしないがそんな生き方もあるのだと、今まで一方向でしか見ていなかった孫娘が、人や世の中の多様性に気づいていくことが、この高校生の大人への成長ではないでしょうか。
それから、最後になぜ祖父を死なせてしまったのか。彼を「作者として殺す」意味も必然性も特に感じられません。それにあそこで死んでは孫娘のせいになって、それ以後彼女は大きな罪を背負うことになりかねません。ドラマといえども、簡単に人を死なせてはいけません。

以上
東 多江子
(ひがし たえこ)
脚本家、小説家。福岡県北九州市生まれ。
同志社大学文学部社会学科卒業。昭和57年「テレフォンキッス」にて、BKラジオドラマ懸賞募集最優秀賞受賞。現在、日本大学芸術学部放送学科非常勤講師、東京作家大学講師。おもな作品――「ええにょぼ」「アフリカポレポレ」「相棒 Season3」(以上テレビ)、「つづれ織り」「人生の使い方」(以上ラジオ)など。平成27年、NHK名古屋局制作FMシアター「真昼の流れ星」にてABU最優秀賞受賞。
全体評
モノローグや語りは、ラジオドラマを進行させる上で、大変便利なものだ。
いや、便利とだけ認識されては困る。
言葉の選び方やリズムによっては、作品全体のテイストや空気を創りあげる強い武器になるし、また説明的で冗長なモノローグはドラマ全体を退屈なものにしてしまう。
芝居はあくまで台詞のやりとりで見せるもの、つまり人間と人間のぶつかり合いから生まれてくるものという根本を、ラジオドラマを書く人は、毎度かみしめてほしい。

「そして、赤ちゃんはやって来る」
ドラマのなかで、「世界で一秒の間に生まれる赤ん坊の数は3人」と前提しているが、それはどうやら妥当な数字のようだ。
その3人を天使が采配して、全世界で誕生させるのだ、というのがこのドラマの世界観なのだが、こうした「現実にありえない世界」を設定する場合には、作者自身がその骨格をしっかり組んでとりかからないと、どんどんボロがでてくることになる。どうやら天使が運ぶのは物理的な胎児でなく「魂」と呼ぶべきもののようだが、「二足歩行じゃなくハイハイですよ」なんて台詞が出てきて、あれ?と思わせられた。天使が運ぶ赤ん坊がどういう形状をしているのか、大事な部分をちゃんと作者は表現すべきだろう。

「卵を抱く」
時代設定は書かれていないが、卵生出産が可能、というこれも現実にはありえない世界が前提になっている。
仕事を優先したく、また母親になる自信がない主人公はこれを選ぶ。夫は無職、家で卵を抱いて、つわりに似た症状まで引き起こしている。
主人公は、自分を育てた義母や夫の母、ピアニストとの交流の中で、母親になりたいと思い始める、という流れだが、義母の話のなかで母乳が出てくるというくだりがある。卵で生んでも、からだは母親の準備をするものなのか?と引っかかった。これもまた、卵生出産という世界観が、しっかり作られていないために出てくるほころびだろう。
また卵を抱く暮らしをよしとする夫を描くのなら、もっと面白い展開もあり得るだろう、中途半端な設定に終わってしまった。
全体的に、己の母性を探るというテーマと、卵生出産という「仕掛け」がうまく噛み合っていない印象であった。

「イカ焼き天使」
ブラックな居酒屋を辞めた若い調理師。育った街の商店街のイカ焼き屋でアルバイトをし、客を増やしていく。
イカ焼きの天使(実は亡くなった店主)が現れたり、出資金詐欺が明らかになったり、展開はさして斬新ではないが、随所に人情話としてのいい台詞がある。「お客に面と向かって美味しいと言ってもらえたのは初めての経験や」など。ちょっと吉本新喜劇風で、ほろっとさせるソウルフードドラマ。
主人公が、トラウマを乗り越え、包丁を持てるようになり、調理師として誇りを取り戻すまで――おそらく作者は描いているつもりだろうけれど――つまり、青年の成長物語としてクリアに描けばさらによかっただろう。

「ヒガシの旅」
義理の父親の介護をするために、ふるさとに帰ることになった63歳の男性が主人公。過去確執があったと言葉で説明されているだけで、具体的にどんな確執だったのかは見えてこない。かつて落語家だった主人公の実況テープがきっかけとなり、その義父を許せるようになった、といわれても、ドラマのカタルシスには遠いという印象だった。
シーンのつなぎ、時間経過の表現がよろしくない。テレビならテロップで「2週間後」と出せば事済むが、ラジオではそうはいかない。その不便さを表現として楽しむのがラジオドラマ、とも言えるのである。

「ひなちゃんさん」
人物表がなく登場人物の名前の読み方がわからないので、大変読みづらい。コンクールの場合、不親切な脚本は損である。
台詞は面白いと思った。家庭のシーン、子供たちとの不毛なやりとり、ああこれが子育てってもんだなと感じた。台詞のうまさ、テンポではこの作品が一番ではないか。
お笑い芸人をやめて主婦になり3人の母になった主人公。元相棒に再会したのをきっかけに、コンクールを目指すという流れ。
たいがい芸人ものなどを扱うとき、劇中劇とも言えるその出し物について表現を避ける応募者が多いが、この作者は主人公のひとりコントを描ききった。覚悟のほどが見えて、大変好感が持てたし、その中身も現代の風潮を皮肉るもので笑えた。
シンプルに主婦が元気になっていく物語。読後感がよかった。

「三十一年目の無人駅」
兵庫県香美町、実際にある無人駅。駅のポスターを撮影する段になって、モデルが来られなくなって、市の職員が幼友達を代役に立てることになる……といった流れ。ほとんどが過去の回想。
31年目にまた、同じ駅のポスターを作ることになった、印刷所経営の主人公がこの駅にやってくると、かつての女性の娘が登場する、という展開だが、なにか作者自身の体験談か、また「そうだったらいいな」という夢想を読まされているような印象がぬぐえなかった。
人物の設定やストーリーの整合性を、もっと細やかに考えてほしい。
物語という「大きなウソ」をつくためには、小さな「ホント」を積み重ねること、というドラマツルギーを思い出してください。

「太秦ムービースター」(佳作)
太秦で役者人生を送った祖父を、高校生のヒロインが、文化祭のための映画制作に誘う。祖母や母を不幸にしたと内心思っているヒロイン。好きなことだけをやってきた祖父と対峙して、ついに自分の思いを吐き出すシーンは、高校生の息づかいがうまく表現できていると思った。
おそらく役者としての才能や輝きとは縁がなかっただろう祖父、だからこその「役者根性」とはどういうものなのか――太秦ムービースターと題するからには、ヒロインを、今一歩、祖父の内面に踏み込ませる仕掛けが必要ではなかったかと残念である。
東京から戻ってきた主人公が、自分でも意図せず京都弁を使うようになる箇所は、ややもったいない。「立てて」表現する工夫をしないと、方言による内面の変化は伝わらない。ヒロインの同級生で、スマホで映画監督をやり、祖父を「師匠!」と呼びかける女子高校生は、いいキャラクター。

「ロックなミシンで起こして」(佳作)
祖母を説得したらスマホを買ってやる」という母のミッションを受けて大阪にやってきた中学生女子。母は、71歳の祖母を東京に呼んで一緒に住むという。
作者は、中学生女子を大阪に送り込むためだけに、母親にそう言わせているので、結果「母親を看るということを、とても楽天的かつ雑に考えている」娘という人間像となってしまった。
またミシンの音が、ラジオドラマとしての肝だが、いつも同じ音が鳴っている印象だ。ミシンの音色で祖母のその時の心情が表現できるぐらいまで、練ってほしかった。
孫と祖母のほのぼのとした会話は良いが、祖母の(下請けらしい)仕事の内容も見たくなる。もっと祖母が働く絵が見えてくるように!
自分が選んできた素材を、どうやったら生かし切れるか、それを考えるのがドラマ作りの楽しみでもある。

「幻タクシー」(入選)
台詞に哀感がある。
タクシードライバーの主人公は、ちゃんと看取ってやらなかったという罪悪感を伴って、亡くなった父を思うが、いい思い出もそうでない思い出も、ランダムにやってくる。そこがリアルだ。生きている者が、死者と向き合うとはそういうことだろうと思う。
深夜に乗車してくる女性客は、主人公と境遇がオーバーラップしている。彼を捨てた母親を象徴しているのか? 筆者は、主人公の母親についてあまり触れていないので、女性客は実は主人公の母親なのかと、読者はリードされる。意図的だとするとすごい計算だ。(意図してなかった、ということも大いにあり得るけど!)
ラスト、女性客の息子とおぼしき客が乗ってくる。その青年とのやりとりが良い。カタルシスがある。泣ける。

以上
土田 英生
(つちだ ひでお)
劇作家、演出家、俳優。
劇団MONO代表。立命館大学入学と同時に演劇を始める。1999年「その鉄塔に 男たちはいるという」で第6回OMS戯曲賞大賞を受賞。FMシアター「あの人の声がきこえた」で、平成20年度(第63回)文化庁芸術祭優秀賞受賞。NTV 「斉藤さん」「崖っぷちホテル!」NHK-BS「この世にたやすい仕事はない」ほか、劇作と並行してテレビドラマの執筆も多数。
今回、初めてラジオドラマ脚本の審査をさせてもらったのでこれまでの傾向などは分からないのだけれど、読ませてもらった9作全体を通して気になったのはナレーションの使い方だった。主人公の心情吐露や状況説明の為に安易に使われている箇所が多く感じられ、それは聴き手の想像を奪ってしまう結果になる。ラジオドラマは「映像がないドラマ」ではない。音だけだという特性を逆手にとって、見えないからこその仕掛けを考えて欲しいと思った。音から世界を広げる企みが欲しい。
もう一つ共通していると感じられたことは、オーソドックスなドラマを書いているにもかかわらず、登場人物たちの入口と出口がはっきりしない作品が多かったことだった。群像や状況だけを描くドラマもあるが、基本的には主人公となる人物が何を求め、そこに何が起こり(何かの体験をし)、どう変化したのか、それがくっきりしているとドラマがはっきりする気がする。

個々の作品の感想としては、入選となった「幻タクシー」は頭一つ抜けていた。主人公のタクシー運転手の過去と、客である女性の父に対する想いが交錯する構成もいい。感情移入もできるし、夜のタクシーという時間から世界が広がって行くところにラジオドラマの醍醐味を感じた。一つだけ気になったのはラスト、女性の息子である陽平が運転手に話しかけられる時の受け取り方にリアリティが無さ過ぎるところだ。運転手がいきなりアドレスなどを聞いてきたら普通は不気味に感じるのではないか。陽平がそれを受け入れる為のきっかけがもう一つあると、もっと気持ちよく終われると思う。
佳作の「ロックなミシンで起こして」は紗季と元同級生の男子・正岡の関係がとても清々しくてよかった。うるさかったミシンの音が心地よくなっていくというのもいい。しかし、ドラマは人間関係が変化するきっかけがポイントになる。その点がやや曖昧だった。そこをはっきりさせる為には人物の目的をはっきりさせる必要があると思う。例えばどうして綾加が木綿子と一緒に住もうと言い出したのか。もちろん心配だというのは理解できるけれど、それだけではモチベーションが低い。そして主人公のナレーションが最初だけ都合よく入れられている点も気になった。
佳作の二番目「太秦ムービースター」。一読した時は爽やかな感動を感じたけれど、雰囲気で書かれているところが気になった。映画を撮るリアリティに乏しく、安二郎が引き受ける動機も曖昧な気がする。おじいちゃんの魅力を引き出してくれた咲子が途中から出てこなくなるのも中途半端な気がする。しっかりと人物を造形していけばもっとよくなるのにと思う。
受賞できなかった他の作品の中では「卵を抱く」が気になった。なにより設定が面白かった。ただ、登場人物が多すぎてせっかくのアイデアがぼやけてしまっているのが勿体ない。
「三十一年目の無人駅」は得意先である新鮮屋からの仕事を断るところが一つのドラマだと思うけれど、それが生かし切れていないのと、過去の事情を複雑にしすぎたせいで話がすっきりしない。
同じように「イカ焼き天使」もどの人物に焦点を当てるのかをもっとはっきりさせれば、よりいい作品になると思う。壮太と敦美に絞った方がいい気がする。
「そして、赤ちゃんはやって来る」はとても不思議な世界だが、だとするとその荒唐無稽な世界をどう信じさせるかがポイントだと思う。童話のような世界だとしても、その世界の構築のさせ方を工夫する必要がある気がする。
「ひなちゃんさん」は読んでいてとても好感を持った。なにより家族がとてもいい。ただ、これも引きこもりの長男が、日向子に協力し始める動機などが描ければ、ドラマとして盛り上がるのにもったいないと感じた。
「ヒガシの旅」は、主人公が過去に捨てた落語と向き合う話なのか、父との和解の物語なのか、その辺りが絞りきれていない。また、「二週間経ちましました」というようなナレーションで時間を飛ばす展開はやや苦しすぎる。どのように時間経過を理解させるか、それが作家の工夫しどころだと思う。

今回は審査員という立場から好きなことばかり書かせてもらってしまったけれど、自分も現役の作家なので大変さも理解しているつもりだ。皆様、本当にお疲れさまでした。そして受賞した皆様、おめでとうございます。

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