2019年度 第40回
BKラジオドラマ脚本賞 選評

東 多江子(ひがし たえこ)

脚本家、小説家。福岡県北九州市生まれ。
同志社大学文学部社会学科卒業。昭和57年「テレフォンキッス」にて、BKラジオドラマ懸賞募集最優秀賞受賞。現在、日本大学芸術学部放送学科非常勤講師、東京作家大学講師。おもな作品――「ええにょぼ」「アフリカポレポレ」「相棒 Season3」(以上テレビ)、「つづれ織り」「人生の使い方」(以上ラジオ)など。平成27年、NHK名古屋局放送制作FMシアター「真昼の流れ星」にてABU最優秀賞受賞。

 毎年ここに書いている気がするのだけれど……。
 モノローグに頼らない、シナリオを心がけてほしい。人間同士の芝居を組むことが脚本なんです。
 モノローグがなぜ良くないのか。説明に終わってしまいがちだから。人間の表情や仕草が絵になって浮かんでこないから。
 もうひとつ。ラジオドラマは音だけで表現する創作物だから、演出家や俳優たちに「?」と思わせない親切がほしい。人名や地名、専門用語など、どう読むのか一目瞭然でわかるように、是非ルビを。ルビが振ってあると、「ああ、ひとりよがりじゃない人だな」とわかります。

『ばんめしできたで』

 最後の晩餐を供するホスピス、実は安楽死を実行する秘密の国家機関だった、という設定。現代的テーマをこうした仕掛けで見せるという工夫は、大いに評価できた。
 しかし、若い女性料理人が、それを承知でこの仕事をしている理由が明らかでないので、ラストの彼女の行動に共感しにくくなっている。仕掛けを作るときには、細部にも目を届かせなくてはいけない。
 人生に悔いを残す男が、女性シェフに恋をする、というのもいいのだが、言葉で言っているだけで、恋をしている「描写」がないのが残念だった。

『うぶごえ』

 説明のモノローグが多いのが気になった。
 またシーンに登場させているのに、台詞がないというシチュエーションがあった。ラジオドラマに置いては、台詞がなければ不在と同じことになるので注意してほしい。
 青年が肉親の死から立ち直っていく物語だが、新しい命の誕生に立ち会い、強く生きる若い母親をから、刺激を受ける――という流れは、あくまで理屈であって、ドラマのカタルシスをどう作っていくかは、また別の技術だろう。
 たまたま出会った若い妊婦が、亡くなった兄(ミュージシャン)のファンだった、という設定は、ご都合のように読めてしまった。

『父を棄てる』

 52歳の娘、父の介護に絶望的になり、棄ててバンコクの飛ぶことを計画するも、警察によって空港で引き留められる。刑事とのやりとりは、大いに芝居場になるところ。単なる情報になっているのがもったいなかった。
 大いに人々の気持ちに触れるテーマだけに、どういうテイストで物語を紡いで行くかが大事だろう。主人公のモノローグが多用されているせいで、その絶望感が伝わりにくくなっていたかと思う。何か、最後の着地に向かって、台詞を書いている、というふうにも読めた。

『うおんと』

 スマホをモティーフとした、小6のいじめ話。
こうしたものは、いじめる側の人間を「ステロタイプのヒール」としてしか描いていない作品が多いが、これに限っては、いじめの首謀者である、少女のキャラクターをも表現しようとしている意志が尊重できた。子どもたちをメインに据え物語を展開しようという覚悟のようなものも見えた。母親と担任、大人の配置と分量がよかった。個人的に好きな作品だったが、「主人公と親友のキャラクターがダブっている」という指摘には、確かにうなづけた。

『僕はなんでやねんが言えない』

 県民性同一障害! まず、梗概を読んで笑ってしまった。
 台詞とモノローグは達者で、高二の女子高生のキャラクターもよし。
 だが県民性のちがいを、野球とお好み焼き(もんじゃやき)というアイテムだけで表現しているので、後半飽きてしまう。上方と江戸の文化をもっと深く追求するとか、物語の展開に意外性を仕掛けるとか、工夫が必要だろう。

『浪花のパンプキンヒーロー』

 元ボクサー、試合から逃げた負け犬として町で有名、という設定がやや作り物臭い。
 親のプレッシャーから逃げている少年が、妙に自己分析力があるというのもリアリティにかける。それでも二人の逃走劇は、ちょっと楽しい。
 一念発起してテニスの試合に臨んだ少年。その試合のストロークと、男の台詞や少年のモノローグのストロークがちがうので、試合にストップモーションがかかっているように見える。ここは技術が必要だ。

『信仰告白』

 文明批判のSF? 人間が人間の技術によって駆逐されていくという皮肉な顛末。それが本当に作者にやりたいことだったのだろうか?
 ペペロ教の信者だと告白する魚をどうとらえたらよいのか? ペペロ教をキリスト教とするなら(精霊とはキリスト教用語)、動物の信者はそもそもあり得ないはずだが。魚のささやきを、登場人物の誰もが真に受けているという前提で書かれているのだが、それがどうにも気になった。

『FAM777』

 これがシリアスな物語なら、とんでもない補償額に発展しそうな、機中のドタバタ。コメディを書こうとしていると解釈したいが、コメディだから登場人物のキャラクターが浅薄であっていい、ということではない。いや、コメディだからこそ、人物造形に細心の注意が必要だということを忘れないでほしい。
 また、ラジオドラマのコンクールに応募するに当たって、最低限表記を勉強してから臨んでほしい、と切に願う。

『いつもの待ち合わせの駅での奇跡』

 大雨の日の、乗り継ぎ駅でのできごと。「グランドホテル」方式のドラマといえばいいか。
 人物を上手く配している。単純だが、爽快感のある、青春ドラマになっている。
 「恋人とは、二人で一緒にアホができること」というのがドラマ冒頭の名言であり、そしてこのドラマのテーマと言えるだろう。ウディ・アレンの「アニー・ホール」でも同様の表現があったことを思い出す。果たして、この主人公たちはどんなアホをやってきたのか、是非、それを表現してほしかった。
 駅構内、上下エレベーターの行き違いなど、空間を想起させる工夫も。

『六甲おろしの子守唄』

 小説の地の文のようなタッチで書かれたモノローグが、良くも悪くもこのドラマのテイストになっていると思うが、5歳から会ってない父を見舞ったときの、戸惑いや衝撃、また、霊柩車で甲子園を訪れたときに出くわす思いがけないできごと、など大事なシーンは「芝居」で聞かせる工夫が必要ではなかったか?

『家鳴り』

 空き家、台風……結果的にタイムリーな設定となった。
 静謐なタッチだが、台詞にしっかりと情感が乗っている。
 主人公の姉、妻、隣人。皮肉だったり要求だったり、ときに台詞にとげがあるのだが、心底悪人でないのがいい。結果的に、厚みのある人物造形になった。

山本 雄史(やまもと たけし)

脚本家。昭和30年、大阪生まれ。大阪在住。
昭和63年BKラジオドラマ懸賞募集(現在のBKラジオドラマ脚本賞)で佳作入賞。ラジオドラマでは青春アドベンチャー「タイムスリップシリーズ」のほかFMシアターを数多く手がける。テレビドラマ作品としては、土曜ドラマ「再生の町」第4回のほか、中学生日記を多数執筆。FMシアター「鳥が教えてくれた空」で文化庁芸術祭優秀賞受賞、「かわり目~父と娘の15年~」で放送文化基金賞優秀賞受賞、中学生日記「おじいちゃんのふるさと」でブルガリア国際テレビ祭グランプリ受賞。

 今年の最終審査に残った作品には、いつにない特徴がありました。候補作11編のうち、年齢が50代の作者の方が6人。例年は30~40代の方が中心でしたが、今回は逆にその年代の応募が少なかったようです。しかも応募総数は例年の5割増し。これは何を意味するのでしょうか。単に今年だけの傾向なのか、或いはこの傾向が今後も続くのか。
 題材もその年齢なりに病気や介護、相続問題など、それはそれで現代性のあるリアルな問題を扱った作品が目立ちました。逆に、若々しい、溌剌として斬新な作品に乏しかったのは残念でした。
 ところで、「関西ネタ」という応募条件があるにせよ、「漫才もの」が減ったと思っていたら、今回は「阪神タイガース」が目立ちます。関西といえばタイガース。これはもう「類型」でしかありません。そろそろそんなベタな関西要素はやめにしませんか。単なるイメージで関西を描こうとせずに、もっとよく調べてみましょう。ほかにはない独自の「関西」が見つかるはずです。よくぞそこに目をつけたと感心させる、そんな作品を期待しています。

『ばんめしできたで』

 大阪ミナミの繁華街の奥にあるホスピスが舞台。入居者に「最後の晩餐」を作る料理人が主人公。実はその料理には安楽死させるためにホスピスの医師が薬が盛っていた。料理人はそのことに悩んだ末、真相を暴露するのだが……。
 一流レストランでも通用するほどの料理人がなぜホスピスで働いているのか、その動機がわかりません。何かの事情があったのか、それが見えてこない。主人公は料理に薬が盛られていることを知っていながら、なぜずっと黙って料理を作り続けていたのでしょうか。彼女に何かの悩みや問題を抱えているからこそ、公表したくてもできなかったのではないか。その内面がわからないからドラマになっていかない。そもそも主人公は何者なのか、ここをしっかり作り上げるべきでした。
 ラジオでは表現できないト書きがいろいろあり。どんな場所で話しているのかわからない場面もありました。ラジオだからって場所を曖昧にしていいわけではありません。SEやセリフで場所を表現して、観客にその場の絵を想像させる。そういう意味で、ラジオドラマにも「映像」はあるのです。

『うぶごえ』

 兄の死を受け入れられずにいる大学生の弟が、その苦しみを乗り越えていく話。とはいえ、弟がそのことにそんなに苦しんでいるようには見えません。そりゃ努めて明るく振る舞っているというのはあるでしょう。でもその合間に甦ってくる記憶や拭いきれない悲しみや痛みがあったりするでしょう。そんな彼の苦しみようをしっかり描くべきでした。そして兄を慕っていてくれた人に出会って、弟は兄の死を乗り越える。なぜそうなるのか。そして彼はなぜ大工になろうとするのか。ここに作者なりの「理屈」をつけることで、ようやくこの作品はドラマの体裁を持つのです。なんでそうなるの? という観客の疑問に作者は答えねばなりません。ちなみに、これは作者だけに通じることですが、出産を控えた紅葉はギタリストの兄の大ファンだった、となると、紅葉のお腹の子は実は「兄が父親」だった……と思ってしまいましたが、そうではないのですね?

『いつもの待ち合わせの駅での奇跡』

 今年の佳作入賞作。ひとつの駅の構内での人間模様を描くワンシチュエーションもの。舞台は、以前小説を原作にした映画にも登場した私鉄の駅。実際の駅の様子を思い出してニヤニヤしながら読みました。こういう設定、こういう作りの作品は好きです。面白いと思いました。しかしながら話が小さすぎる、ドラマがない。些細なことで危機を迎えたカップルが特に何という変化の過程もないのに、結局最後に「やっぱり好きよ」「俺も好き」で仲直りしてめでたしめでたしでは、さすがにがっかりです。いや、ラストが「やっぱり好き」「俺も好き」でもいいのです。それならもっとそこへ行き着くまでの過程を膨らますことです。駅の中ですれ違う二人にもっと大きな障害を作り、「好き」というたった一言が言えなくて散々苦労するというような。彼らはその一言を言いたい、いや何としても言わねばならぬ、そのために立ちはだかる障害や危機を乗り越えていくのです。そこにドラマが生まれるのではないでしょうか。そこで観客を楽しませ、満足させてほしいのです。
 現状では、まだまだ実際の駅のイメージに縛られているように思えます。展開のどこかの時期から、自由に想像力を膨らませて、もっと大きな出来事を用意できたらよかったかもしれません。また、出てくる人物もそれぞれ面白味はあるのですが、ただ上辺を描くだけでなく、彼らそれぞれの「事情」が見えてくると、ぐっと深みが出てきたことでしょう。ほかの候補作にはない独創的な作品です。その挑戦的な姿勢は大いに評価します。あとはその中身の充実ですね。これからの作者の頑張りに期待します。

『父を棄てる』

 タイトルを見て「父を棄てる話」なのだなと思い、「最後は情にほだされて父を棄てられずに終わるんだろう」と思っていたら、本当に「父を棄てて」あげくに棄てた娘は「逮捕」されてしまう、というところが面白かったです。
 題材は中高年の世代には切実な問題です。認知症の父の言動に悩まされたり怒りを感じたりするのは人情としてわかります。しかし「棄てる」に至る心理が「なんでそうなるの?」と短絡的だと思いました。逃亡先が「バンコク」というのも微妙なところ。新天地として行きたい場所に、主人公の果たせなかった夢をうかがうことができれば、多少なりとも「共感」が生まれたかもしれません。
 主人公が父を棄てようと右往左往する様子に、これは滑稽さを描こうとしているのか真面目に描いているのかがよくわからず、中途半端さを感じました。この話はシリアスなのかコメディなのかをはっきり見定めて、その世界の中でとことん描いてほしかったです。

『六甲おろしの子守唄』

 佳作入賞作。最初に書いたように関西=阪神タイガースというベタな要素、タイトルからしてその雰囲気満々なところに、私としては抵抗がありました。しかしながら、順当な題材をしっかりと描いており、そこは評価すべきです。斬新な作品を求めはしますが、地味でも現代性のあるリアルな題材にしっかり向き合って追求していくこともまた大事なことです。実は、あらすじがちゃんと書けていて話がよくわかる、というのが私には好印象でした。
 ただ、モノローグで多くを説明しすぎているのが難でした。特に父が亡くなった後にやたら長いモノローグが目立ちます。その多くは、冷静にモノローグで語るのではなく、その場の芝居にして主人公の感情の盛り上がりをしっかり描くべきだった思います。また、ラジオドラマでは表現に無理があるSEも目立ちました。例えば「足早に病室から出てくる人、鉢合わせそうになり避ける」ここで聞こえてくる音は「足音」だけです。多少の足音の工夫があっても、それだけでは「誰が」歩いてきたのかも「病室から出てきた」こともわからないし、「鉢合わせしそう」になったことも、それを「避けた」こともわかりません。SEはそれだけでは情報を伝えにくい場合が多々あります。ここはやはり「人の声」が必要になります。主人公の「病室から人が出てくる」ということを思わせるセリフがあり、「おっとっと!」「あ、すみません」「危なかった、もうちょっとでぶつかるとこだった」もちろんこんな説明的なセリフを書けというのではありませんが、つまりそんな「人の声」があってこそ、その場での「人が動く絵」が見えてくるものなのです。作者のこれからの頑張りに期待します。

『うぉんと』

 スマホのSNSをめぐる小学6年生の少女たちの話。その少女の冒頭のセリフ「なんや、辛気くさい顔して」にひっかかりました。どうも小6の少女とは思えない。読み進むと、少女というより全体的に「おばちゃんの会話」を思わせ、あちこちに興味深いセリフが見受けられました。「東京から来たストレンジャー」「まーたネガティブなこと言うて」「原始人みたいやな」「教室は戦場だ」「りこちゃんだんまりやけど」「便所女ども」「あんたも心底便所女や!」など。最後のセリフはむしろ「心底」のほうです。最初の印象が影響しているのかもしれませんが、どうも小学生のセリフとは思えない言葉があちこちに出てきます。さすがにこんな言葉は使わないだろうし、時代も一昔前の感じがします。子どもの人間関係のドラマを書こうとしたなら、「今の大阪の子ども」はどんな話し言葉なのかにもっと注意を払うべきだったでしょう。
 そうはいっても、しかし、少女ばかりの世界の出来事で50分のドラマを書こうとしたその意欲は評価します。これは今後、作者の独自の世界になり得るかもしれません。どうぞ自分の世界を切りひらいていってください。

『僕はなんでやねんが言えない』

 生まれも育ちも大阪だが、心は生まれつき東京人という「県民性同一性障害」をもった高校生が主人公。アイデアは秀逸です。どんな話が展開するのか楽しみになります。しかし、またもや阪神タイガースにお好み焼きというベタな関西設定と、それをネタにした展開で、いささか面白味に欠けました。大阪と東京の対比が阪神ファンと巨人ファン、お好み焼きともんじゃ焼きでは、類型の域を出ないし、表面をなぞっているだけで話に深みもありません。お好み焼き屋の父親がもんじゃ焼きを美味いと思ったからって、それで大阪人が東京を受け入れたというのも乱暴な話でしょう。また、主人公が心は東京人だからといって、東京へ移り住んで大学に通うというのも、それで解決していいものかと疑問です。県民性というなら、地域ごとの人々の気質や価値観など、もっとほかに拾い出せる「違い」があったはずです。「○○あるある」ではありませんが、そういわれれば「その違いは確かにある」といえる何かがほしい。そのための取材や調査をすべきだったと思います。
 また、このアイデアがあれば、主人公が悩むなかで、自分とは何者か、自分と地域・社会など、普遍的なテーマに発展させることは可能だったでしょう。せっかくのアイデアがもったいないと思いました。ただ、主人公と友達の女子高生の2人の会話は、柔らかい、いかにも大阪のよい子の言葉づかいで、私にはとても心地よかったです。

『家鳴り』

 今年の入選作。空き家の処分問題という極めて現代的な題材。今まであってもよさそうなのになかった題材の応募作で、新鮮でもありました。地味で抑えた調子ながら、確かな筆力を感じます。主人公の妻と実家との関係性や、隣りの住人の人物像など、リアリティがあってニヤリとさせられます。この抑えて淡々と話を進めるところが良いという審査員の意見が多かったのですが、私としては、それならそれで、どこかでホロッとさせる場面が欲しかったです。例えば後半、家が取り壊される前夜の姉との「最後の晩餐」の場面。楽しげな思い出話が続くそのうちに、ふと何かのきっかけしんみりとなり、楽しい会話の奥に隠された悲しみがかいま見えるというような。「涙は笑いすぎたせいだ」とモノローグにありますが、もう少し踏み込んでもよかったのではないか。或いは、最後に家が壊される光景を見ながらの主人公のもう一押し何かの気持ちがあれば。抑制して進めてきたからこそ、最後に観客の「心の琴線」に触れる瞬間があれば、この作品はより一層素晴らしいものになったように思います。とにかくも完成度が高く、多くの審査員票を集めて堂々の入選です。作者のこれからの活躍に期待します。

『浪花のパンプキンヒーロー』

 いくら大事なボクシングの試合前に逃げたからといって、全大阪人から臆病者呼ばわりされるなんてあんまりやろ、と思いますが、まあそれはいいとしましょう。とにかくそんな人物なのですが、けっこうまともなことを言うし、顔はごついけど心は優しい近所のオッチャンといったふうで、いまいち魅力に乏しい。もっと自由奔放で迷惑な人物ぐらいのほうがよかったのではないか。そんな彼の常識はずれの言動のなかに、普通では思いもよらない発見や学びとるべき何かがあったりするとか。この話は、ひとえに菊田という元ボクサーの人物に魅力を感じるかどうかにかかっていると思いました。
 とにかく菊田に影響を受けて、主人公の少年は逃げていたテニスの試合に出ることを決心します。後半のそのテニスの試合場面にはいろいろ疑問点があります。試合の最中に菊田と女性アナウンサーの会話、少年の両親の会話、そして少年のモノローグが混在しますが、それが長くて理屈っぽく、テニスの試合のリズムに合っていないようです。また、試合する少年と、見ている菊田、両親の位置関係がまったくわかりません。誰がどこにいるのか。距離があるはずなのに、全員が同じ場所で喋っているように思えます。ラジオドラマでカットバックの手法を使うなら工夫が必要です。書いているうちに、いつのまにか作者がラジオドラマであることを忘れてしまったかのように見えて、そこが残念でした。

『信仰告白』

 琵琶湖のブラックバスとブルーギルが、駆除されるのを恐れて、人間の頭に直接語りかけて、自分たちはペペロ教の信者だと「信仰告白」をはじめる。信者となると「駆除」ではなく「信者の大量虐殺」となり……という奇想天外な発想の作品。これも展開を期待しましたが、ストーリーにはなっていてもドラマとしては弱いと思いました。主人公の井野のモノローグはその場の状況の説明が中心で、まるで小説の地の文のようです。モノローグでいくら説明しても、人間対人間の芝居で表現してくれないと、その場の人の感情は伝ってきません。主人公の感情の変遷、積み重ねがドラマの大きな要素となっていくのであって、そこをしっかり描いて欲しかったです。ラストの3ページは全部がモノローグになって、もはや小説と化しています。ラジオドラマはモノローグ(語り)で表現するものだという考えがあるとしたら、それは改めたほうがいいでしょう。むしろ極力モノローグを減らして、人物間のセリフでどこまで表現できるか、そこに力を注ぐべきだと思います。

『FAM777』

 読み終えての感想は、「乗客を乗せて飛んでいる飛行機の中で、家族でいったい何やってんだ!」でした。機長の兄も副操縦士の妹もいいかげんで、よくこれで操縦士になれたなと呆れるのはもちろん、乗り合わせた父も母も、こんなところで家族の和解なんかやってる場合か。飛行機が無事に着陸できたのはよかったけれど、とてもめでたしめでたしとはいかない。この家族はもう全員タイホでいいくらいの迷惑な一家ではありませんか。これでハッピーエンドとする作者の感覚に疑問を感じます。
 また、ト書きが映像的で、ラジオドラマのかたちを成していません。まずラジオドラマとはどういうものかを、今一度確認してみてください。
 そうはいっても、作者のこの恐いもの知らずのとんでもなさは、それはそれで面白くもあります。今後の成長に期待するとしましょう。

森下 直(もりした ただし)

脚本家。大阪出身。映画の新人シナリオコンクールの第21回城戸賞を受賞し、脚本家デビュー。主な映画作品は「誘拐」「13階段」「バッテリー」。主なテレビドラマ作品は「新部長刑事~アーバンポリス24」「相棒」「フルスイング」(放送文化基金賞受賞)、「夕凪の街・桜の国2018」「模倣犯 前編・後編」(菊島隆三賞受賞)「琥珀の夢」など。

 全体的に「家族再生」のストーリーが多かったように思います。結末としては後味よく和解するものが多く、読みやすかった半面、もう少し冒険したものがあってもよい気がしました。例えば、恋愛もの、SFもの、ミステリー、時代ものなど、ホームドラマ以外へのチャレンジも、やってみる価値はあると思います。とはいえ、ある程度のクオリティがなければ、最終選考には残らないので、筆力を高める努力は、全てのジャンルで必要不可欠ではあります。
 また、資料をあたったり、誰かに取材して書いている作品が少ない、という印象も受けました。「身の丈サイズ」のドラマは共感を呼びやすい反面、同じようなネタばかりが並び、没個性の危険があります。なので、まだあまり知られていない事柄や知識、事件を掘り下げ、個性的な面白さをアピールするのもよいかと。コンクールは、筆力は勿論ですが、作品の個性と可能性、思いがけない切り口も重要ですから、今後、応募される方々は、ネタ選びと下調べにぜひ、時間を割いていただければと思います。
 以下に、最終選考に残った作品の、私なりの印象などを述べてまいります。

『浪速のパンプキンヒーロー』

 スポーツものは、読んでいて楽しいです。ただ、台詞が予想の範囲内、ストーリーの展開も予想通りであること。また、少年とダメおやじのバディーもの、というのは割と普通であり、新鮮味は少ない気がしました。主人公である少年のキャラクターが弱く、だとしたらパンプキンを主役に立てて、人生から逃げ続けてきたダメボクサーが、ひょんなことから純粋な少年と一日行動をすることで、逃げない選択肢を手に入れた…、というリターンマッチドラマにしたら良いのでは?と感じました。少年の目線ではなく、パンプキンを主役にして、パンプキンの目線で全体を組み直す、という提案です。何度も構成を推敲すれば、面白い作品になるのでは?と思わせる力作でした。

『信仰告白』

 端緒のアイデアが秀逸で個人的にはとても面白いと感じました。駆除対象の外来種が人間の言葉を持ち、信仰(心)すら持っているというシチュエーションは、実世界にある虐殺事件や、民族紛争にも思いをはせることができ、一体このとんでもない物語はどんなふうに展開するのだろうと、ワクワクしながら読み進めました。しかし、結末としては「世にも奇妙な物語」的というか、綺麗にまとまってしまっていて、そこが残念というか…。もっと文学的なワケのわからなさ、不条理さ、シュールさを追求していけば、(そしてそれが成功すれば)とても個性的な作品になったのではないかという印象です。
 台詞やキャラクターの書き分けは、手慣れた感じでお見事でした。次はテーマの切り口をどうするか、だと思います。

『FAM777』

 ラジオドラマの脚本というよりも、映像的な脚本でした。あるいは、審査員のどなたかがおっしゃっていたのですが、小演劇の舞台の脚本としては、有りなのかもと感じました。狭い空間に閉じ込められてのパニックもの――熱量は高いのですが、問題としては、展開が早々に読めてしまったことでしょうか。読み手の想像を裏切っていく、思いがけないストーリー展開というのを心がけて、次の作品に臨んでいただければと思います。そして、登場人物のキャラクターの掘り下げとリアリティにも、心を配っていただければと感じました。

『六甲おろしの子守唄』

東京と大阪の距離感、別れた父と娘の距離感、主人公と患者の距離感、再婚した母と娘の距離感…この作品には、縮まりそうで縮まらず、広がりそうで広がらず、冷たすぎず、温かすぎない、「絶妙な距離感」がたくさん語られており、個人的に好きな作品でした。特に、実の父親を見舞ってからの一連の流れがとてもよく、父親のキャラクターも素敵でした。ただ、モノローグが多用されており、このあたりは一考が必要だと思われます。主人公が、亡くなった父親のエンゼルケアをする場面などは、本当に泣けます。ただ、そこをモノローグで処理せず、芝居(台詞)で処理できたら、更に良かったのになぁ…と感じました。

『うぉんと』

 子供同士のいじめがどんなきっかけで始まるのか。また、そのいじめのエゲツなさもビシバシと伝わってきて面白い作品でした。ただ、ラインの文面、日常の会話、モノローグなどが入り乱れており、音だけで構成されるラジオドラマにおいては、放送された時、リスナーが混乱するのでは?という危惧を持ちました。
 りこと清子という二人が物語の中心なのですが、この二人のキャラクターが、正反対のようでいて、実は似ているのももったいない気がしました。また、清子が超打たれ強い感じなので、イジメにあってもハラハラ感がイマイチ生まれなかったのは、再考する余地があるように思います。ハッピーエンドではなく、もしバッドエンドで終わる展開だと、どうなったのかなぁとも感じました。温かい後味か、恐ろしい後味かは好みの別れるところですが…。イジメのテーマは一筋縄ではいきませんが、そこに取り組んだ作者の姿勢は素晴らしいと思います。

『僕はなんでやねんが言えない』

 導入はとても面白いです。しかし、アイデアだけで押し切ってしまい、「大阪VS東京」の小ネタ競争になってしまった感が否めません。個人的にはそれも好きなのですが、ドラマとしては再考の余地があると思います。
 ヒロインのカナエのキャラクターがとても素敵なのですが、四面楚歌な主人公の「味方」として早々に登場しているので、それが逆に、主人公の「追い詰められ感」を殺いでしまっている気がします。カナエの登場のタイミングや立ち位置を再チェックしてみてはいかがでしょう。また、作品のテーマが、「自分探し」なのか「マイノリティーの孤独」なのか、多少ブレてしまっている印象がありました。この作品も、テーマをしっかり決めて推敲を重ねていくと、思いがけない発見ができる、可能性を秘めた良作だと思います。

『家鳴り』

 タイトルのセンスがとても良いと感じました。静かで堂々と、かつ民俗学的な予感もして。その中身が、空き家問題という現代風なところも評価が高いです。さらに個人的に好きなのは、隣家の池田氏。冷静なようで、内心はかなりキレており、しかし社会人としての節度を必死に守ってクレームをつけてくる感じが、リアリティーと同時におかしみを感じさせます。主人公の家族のキャラクターも、短いエピソードで的確に語られ、作者の筆力を感じました。寂しさとおかしみが、人生を美味しくする調味料だと感じられる作品で、素晴らしかったと思います。強いてマイナス点を挙げるなら、アタマの状況説明は、もう少しテンポ感が欲しかった気がしました。

『ばんめしできたで』

 ホスピスを舞台に行われている毒殺、というデストピアものは、アイデアは面白いのですが、そんな中で主人公と患者が恋に落ちるのなら、その出会いと過程、葛藤、展開と結末をもっと丁寧に掘り込み、もっと大胆に展開させてほしいと感じました。つまり、もっと初期の段階で毒殺のネタバレをやり、その上で出会った二人はどうするか、というハラハラ感で、物語を引っ張ることが出来たら…と。施設を去ることでエンド、ではなく、去るけれど実は追手がひそかに放たれる、とか、生きる方を選んだけれど、それはそれで想像以上に大変で、とか、結局は死んでいく運命なのに、なぜあの時、生きる方を選んでしまったのか後悔する、とか…それらを描くことで、人生の意味や生きることの意味、食べること、食べさせることの意味などが、もっとエンタメ的に胸に迫る気がしました。

『うぶごえ』

 モノローグの言葉のセンスは素敵なのですが、全体的にすべてを語りすぎているのが惜しいと感じました。主役が心情を語りすぎず、このドラマを聞いているリスナーに「想像する余地を与える」ということも心がけて貰えればと思います。一方で、登場人物はそれぞれに魅力的なのですが、紅葉の相手の男は誰か。小夏の置かれている状況など、よくわからない部分もある気がします。何を説明し、何を想像させるか。この線引きは作者の計算によってしか成り立ちません。エピソードが多い気がするので、まずそれらを絞って、誰について書くのかを整理すると、語ることと想像させることの線引きができて、素敵な物語になるのでは、と感じました。

『いつもの待ち合わせの駅での奇跡』

 手慣れた方の作品だと感じました。登場人物の名前がそれぞれ、実在の駅名になっているのも、面白いくすぐりだと思います。ただ、それをくすぐりにするのであれば、各人の名前を台詞の中でも呼び、リスナーにも面白がってもらう手間と工夫は必要ではないかと感じました。豪雨に閉じ込められた駅が舞台、というアイデアは秀逸で、台詞も面白いのですが、それだけにすらすらと楽しく読めてしまう…読後のざらついた手触りというか、尖った何かが感じられなかったのが惜しい気がしました。

『父を棄てる』

 ドラマが始まってからメインタイトルまでのやり取り(オープニング)が、とてもよいと感じました。オープニングは、リスナーに興味を持たせることと同時に、テーマが何であるか、また、主人公の置かれた状況をテンポよく伝えるのがベストだと思っているのですが、このオープニングは秀逸だと思います。その後の展開もテンポがあり、主人公の心情の変化もエッジが立ってその都度よくわかり、心中未遂を加えることで、少し毒のある――ともすれば自分勝手に見える主人公をギリギリのところで救っている(リスナーから完全に嫌われないようにしている)のもお見事でした。ただ、ラストは少し感傷的過ぎたかもしれません。毒があってどこかユーモラスで深刻で…というテイストは、大阪的で面白かったです。