2023年07月28日 (金)
ゲーム初心者の2年目職員が見た「ゲームゲノム」大学セミナー
NHK大学セミナー「ゲームゲノム」コンティニューin大阪大学
日時 :6月23日(金)大阪大学吹田キャンパス
ゲスト:竹内潤氏(ゲームクリエイター/株式会社カプコン専務執行役員)
登壇者:平元慎一郎氏(NHK「ゲームゲノム」総合演出)
佐藤圭介氏 (NHK「ゲームゲノム」ディレクター)
▼突然の記事担当決定
とある日の昼下がり、会議資料を用意しているところに、先輩職員から
「ね、今度ゲームクリエイターの方を招いて大学でセミナーやるから担当して」
とポンッと言われた。
「(人生でゲームをほぼやってこなかったのですが…)先輩、なぜ私に…?」
そう言いかけて、思い出した。
去年NHKに入局して、「コンテンツ制作に心血を注ぐ、他業種のクリエイターさんといつか仕事をしてみたい」と無邪気に語ったことを。
今回のセミナーは、私の提案ではないけれど、その言葉を覚えていた先輩の厚意により、2年目の私が光栄にも記事を担当することになった。
▼番組『ゲームゲノム』初のセミナー
今回、大阪大学と共催として吹田キャンパスで行ったセミナーは、SNSを中心に反響を呼んだ『ゲームゲノム』の『バイオハザード』回(初回放送2022年11月2日)を深掘りすべく、多数の『バイオハザード』シリーズ作品の制作に参加し、現在はシリーズの総責任者を務める竹内潤氏にご登壇いただいた。
竹内氏は、『バイオハザード』シリーズを始めとした世界中で愛されるゲームを世に送り続けるゲームクリエイター界の超有名人だ。平日17時に関わらず約100名の聴衆が集まった。
※『ゲームゲノム』とは
テレビゲームを“文化”として捉え、名作の魅力を深堀りするNHK初の教養番組。古今東西の作品を取り上げ、MCの本田翼さんや三浦大知さん、そして作品愛あふれる様々なゲストたちが奥深さに迫る。何がおもしろいのか、なぜ語り継がれるのか、開発者が作品に込めた思いについても紐解き、”文化としてのゲーム”について語り合う内容になっている。
番組ホームページはこちら
▼「怖いのにやりたい」…?
竹内氏と一緒に登壇した『ゲームゲノム』ディレクターの佐藤は、『バイオハザード』の印象を
「なんなんだ。このゲームは…」
「怖いのに、やりたくなる」と述べた。
「え…怖いならやらない方が…」
文化祭レベルのお化け屋敷さえ苦手な私には、正直、その気持ちが理解できなかった。
しかし、セミナーの話を聞いたいま、
『バイオハザード』の魅力を端的に表現している言葉だと思っている。
▼「怖いのに…」の正体
『バイオハザード』はいかにして恐怖で世界を魅了したのか?
セミナーでは2つのキーワードが紹介されていた。
① 謎がいざなう恐怖の扉
『バイオハザード7 レジデント イービル』では、「行方不明の妻を探し出す」というのが主人公の目的である。「迎えに来て」というメッセージを受け取り、プレーヤーは懐中電灯の明かりを頼りに薄暗い屋敷を探索する。
プレーヤーが触れられるアイテムが多く用意されており、没入感を増大させる。電子レンジを開けるとカラスの死骸が出てくるなど、敵が出てこない状態でも恐怖を煽り続ける。そしてビデオを発見し再生すると、まるで自分の行く末を想像させるようなショッキングな映像が流れる。
一方で、ビデオには今後の手がかりになりそうな隠し扉も映し出される。
ビデオの衝撃的な映像が脳裏をよぎるが、隠し扉の存在を知ってしまったプレーヤーは「その先に何があるのか知りたい」という思いで手を進めてしまう。
『バイオハザード』は、この「行く末への恐怖心」と「謎解きへの好奇心」のバランスを非常に工夫しているのだと知った。ただ恐怖を煽りすぎては、ゲーム自体を放棄してしまいかねない。あくまでも“恐怖心と好奇心で揺れ動くシーソー”のような不安定さに身を置かせ、プレーヤーを『バイオハザード』の世界へのめり込ませていく。
② 息つかせぬ敵との距離感
ストーリーを進めていくと、プレーヤーはついに「敵」に遭遇する。『バイオハザード7』では狂気じみた家族に追い回され、屋敷の中を逃げ惑う。敵キャラは迷路のように入り組んだ屋敷の曲がり角などに突然現れ、急に詰められた距離感にプレーヤーはパニックに陥る。
この敵が迫りくる演出こそがシリーズ第1作からの「伝統」とされている。
常に恐怖が襲い掛かる『バイオハザード』だが、唯一「セーフルーム」とよばれるひと息つける場所がある。“敵は入れず、和やかな音楽が流れるなか、アイテムの整理などを行うことができる。このセーフルームによって、プレーヤーは次の戦略を考えられる”と言われている。
ここで竹内氏は、
セーフルームも『さらなる恐怖を掻き立てる重要な役割』だと述べている。
「人間の恐怖には『天井』がある。“怖い”が上がり切らなくなってくる。
何が必要かといえば、“怖い”を下げること。下がっているところからどれだけ上がったかで、人は恐怖の高まりを感じる。なので『上がったら下げる、下がったら上げる』をうまく作るように計算している」と語った。番組内でもこの意図的な感情の落差を“ジェットコースター”と表現なさっていた。
(文化祭レベルのお化け屋敷で、恐怖の『天井』に到達する私としては、「何たる所業!!」と思わず言いたくなった)
「怖いけどやりたくなってしまう」仕掛けとして紹介された
2つのキーワードに共通しているのは、“緩急”だと思う。
この“緩急”は、『逃げ惑う瞬間』にも仕組まれている。
竹内氏は『バイオハザード』の通路について、「人の手がギリギリ届く距離」に設定するようにこだわっていると述べた。
狭すぎると諦めてしまうが、ギリギリだと切り抜けるまでは恐怖心と闘いながらプレイし、切り抜けたときには安心感を味わえる。その差を生み出すために主人公や敵キャラによって道幅を変えており、実際に『バイオハザード2』と『バイオハザード4』では微妙に道幅が違うと語っていた。
つまり、
1つ目の仕掛けを、
“恐怖心と好奇心のシーソー”とするならば、
2つ目は竹内氏の表現をお借りすると
“恐怖と安堵のジェットコースター“
なのだと思った。
上下があるのはシーソーもジェットコースターも変わりないが、全体構成はシーソーのような絶妙なバランスで世界観に入り込むよう誘導し、敵との対じはジェットコースターの勢いで絶望的な恐怖を味わわせるのだと感じた。
人の恐怖について考え続けて見出した塩梅と、手間を惜しまず再現させる気の遠くなるような試行錯誤の繰り返しがあったからこそ、『バイオハザード』はプレーヤー一人ひとりの心をわしづかみにし「怖いけどやりたい」と世界を魅了し続けているのだ。(※個人の意見です)
▼「克服」こそが『バイオハザード』
竹内氏への質疑応答コーナーでは、参加した学生を中心にクリエイターの『こだわり』についての質問が多かった。
なかでも印象的だった質問は、
「求めるプレーヤー体験は何か」という問いに対し、竹内氏が
「クリエイターとしては、敵は倒せないまま終わる方が怖い存在でいられる。実際にそういった作品も多い。しかし、『バイオハザード』については恐怖を乗り越えてもらいたい、克服してもらいたい、その先に進んでもらいたいという思いがある。」と語ったことだ。
プレーヤーに求めていたのは「恐怖体験」ではなく、
その先にある「克服」であったことに私は驚いた。
怖いけれど、“挑戦したら勝てるかもしれない”という可能性のちらつきが
プレーヤーを没頭させるのだ。その仕掛け作りにプロフェッショナル魂を感じた。
▼業界のご法度?!ネタバレ番組『ゲームゲノム』をクリエイターはどう思う?
『ゲームゲノム』について感想を求められた竹内氏は、
「“こういう番組”ってなかったと思った。こうやってゲームをちゃんと紹介してもらえるのはありがたいし、次の世代のクリエイターへの橋渡しになるものではないかと思う。ゲームが、映画や小説や演劇とも違うエンターテインメントの形であることを世の中に知ってほしい」と語った。
また、総合演出者である平元が、
番組内で「ネタバレ」ともいえるゲームへの詳細な解説を求めたことについては、
「それは大丈夫です。手の内を知った上で遊んでいただいても、怖がってもらえると思う。
同じゲームをプレイしても、プレイした結果は全員違う。だからネタが分かっていたとしても、みなさんが同じプレイになることは絶対にない。一人ひとりの“怖い”を体験できるのがゲームのいいところだと思っている。」と述べた。
竹内氏のご返答の速さと力強さに、苦悩を乗り越えて世に出て行った作品への愛と誇りを感じた、そんなセミナーだった。
▼セミナーを通して伝えたかったこと
入局時に「コンテンツ制作に心血を注ぐ、他業種のクリエイターの方といつか仕事をしてみたい」と夢を語った私も、就職活動の時は「自分がしたいこと」がわからなくなった。
希望しているはずの業界から不採用通知を受け取り続け、次第に自信をなくした。様々な業界を受けていく中でやっと、「モノ作りをする場に身を置きたい」「たくさんの人の日常を支えたい」と自分の根底にある価値観に気づけた。
そのような経験からこのセミナーについては、希望する職種でない場合でも「自分は何に共感するのか、ひかれるのか」を知るきっかけとして使ってもらえたらと思う。
今回参加してくださった学生みなさんが少しでも将来へのヒントにしてくれたら、運営担当としてはこの上なくうれしい。
▼就活生のみなさまへ
手前みそではありますが、NHKでは、今回のようなセミナー、番組、インターネットサービス等で、第一線で活躍する研究者やクリエイターの方々を取り上げている。
若き日の不安や挫折を含め、「なぜ今、輝き続けられるのか」「何を大事にしているのか」などのお話を伺っている。
情報源の一つとして存在を知ってもらえたら…と数年前に就活をしていた身として思う。
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▼後記 ゲームなんて…?!
既述のとおり、私はろくにゲームをプレイしたことがないし、ホラーも苦手だ。
しかし、「制作者がかける熱量、ファンが思う面白さ」を肌で感じたいま、
たまに耳にする「ゲームなんて…」論に対して以下のような意見を述べたい。
ゲームは「そんな」存在ではないと思う。
文学や音楽などその他の娯楽に比べたら歴史は浅いが、制作者はストーリーにメッセージを込め、技術的なトライを繰り返し、最高の体験を生み出そうと身を削る思いで取り組んでいるのだと言葉の端々から感じた。そして商品を手にしたプレーヤーたちは、年代も国境も越えて、作品の面白さや各々の体験について盛り上がる。
実際に執筆中、周りの職員に『バイオハザード』をやったことがあるかと尋ねてみた。
先輩は「学生時代に集まって騒ぎながらやったのが楽しかった。最近の画質すごいね!」と、
後輩は「ゲーム実況を見て高校生の時に始めました。『バイオハザード』は金字塔だしやってみたいと思ったんです」と答えてくれた。
ゲーム名を出しただけで職場では知りえない、過去の思い出と結びついた姿を垣間見られた。年代も違うし、先輩と後輩では「プレイ体験」自体は全く異なるはずだ。けれどこのシリーズが引き継いできた遺伝子的部分「怖いけどやりたくなってしまう」については、きっと共感しあうのではないかと思う。
最後に、それぞれのソフト、シリーズを「作品」と捉え、“文化としてのゲーム”を熱く語り合う、番組『ゲームゲノム』。
今後も注目していただけたら嬉しい。
今回の大学セミナーや放送番組は皆さまにお支払いいただいている受信料によって制作されております。今後とも受信料制度へのご理解とご協力をどうぞよろしくお願いいたします。