ウイークエンド関西

2021年01月09日 (土)

ウイークエンド関西  「 ニシヨドスタン 編集後記」

 

西日本の旅 大阪・西淀川 ~“ニシヨドスタン”を訪ねて~

 

今回訪れたのは、大阪市西淀川区です。

淀川の河口にあり、古くから「工場のまち」として知られています。

西淀川区の製造業従業者数は1万2000人と市内で最も多く、事業所の数も市内では3番目です。

その西淀川区の一角には、パキスタンの人々が多く集まる“ニシヨドスタン”と呼ばれる場所があります。

異国の地で新型コロナに負けることなく懸命に生きる人々との出会いがありました。

 取材:佐々木祐輔ディレクター(NHK大阪)

 

モスク開設以降 パキスタン人が集まる“ニシヨドスタン“に

大阪・梅田から阪神電車でおよそ10分。阪神千船駅から住宅地へ向かうと、ハラール対応のレストランやムスリムのための雑貨店が立ち並ぶ一角があります。店のオーナーの多くがパキスタン人であることから、この一帯を“ニシヨドスタン”と呼ぶ人もいます。

その中心には、パキスタン人などのイスラム教徒が礼拝に訪れるモスクがありました。

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 このモスクは「大阪マスジッド」と呼ばれています。マスジッドとはアラビア語でモスクという意味です。

10年前までは、関西一帯には、大きなモスクは神戸にしかありませんでした。そのためこのモスクは“大阪市内で礼拝できる場所がほしい”と願うイスラム教徒たちの寄付によって作られました。

今では金曜日の大事な礼拝には、関西一円からおよそ200人が続々と集まってきます。

 バングラデシュ人

「イスラムの人の大きな祭りみたい。イスラム教徒は、1日5回お祈りがありますが、金曜日のお祈りは特別です」

パキスタン人

「金曜の礼拝だけでなく1日2~3回は来ています。お祈りもできて家から近いしハラールの店もいっぱいあるしレストランもありますので、便利ですね」

 

モスクを訪れる人の中には、経営するインドネシア料理店を休んでお祈りに来る人もいます。

インドネシア人

「第1と第3金曜日はお祈りするために店を休んで来ます。同じムスリムは家族みたい、どこでも家族。“みんな仲よく”です」

 

西淀川区ってどんな場所? 近年はパキスタン人が急増

モスクがあるこの地域(西淀川区大和田)はどのような歴史があるのでしょうか?

地域の歴史を長年調査している大和田郷土史会によりますと、海に近い特性を生かし、鯉掴み漁が盛んだったようです。

明治以降、工場が建ち始め、人口も増加。戦前までは区内屈指の商業地として栄え、現在の心斎橋を思わせる繁華街だったといいます。映画館が3館、芝居小屋が1館、市場が3か所もあり、休日になると、大勢の人でごった返していました。

しかし、戦争が激しくなるとともに日本は統制経済となり、同時に町は次第に衰退していきます。さらに太平洋戦争末期には空襲に遭い、壊滅的打撃を受けます。

終戦後、焼け野原から復興し再び「工場のまち」として労働者が集まるようになりました。

そんな西淀川区では、ここ数年、パキスタン人の数が急増しています。およそ10年前に比べると3倍以上に増えました。

彼らに「なぜ西淀川区に住んでいるのか」と尋ねてみると、返ってきた答えは皆さん同じ、「モスクが近いから」でした。

あるムスリムによりますと、モスクでの礼拝は家での礼拝より価値があるそうで、1日5回の礼拝をモスクで行うには、ここ西淀川区に住んだほうが便利だということです。

 

西淀川区で生まれ育った意志さん 5年前イスラム教に改宗

ニシヨドスタンのモスクでお手伝いをしている意志一(いし はじめ)さん。

当初、意志さんは、イスラム教のイの字も知らなかったといいます。

しかし、西淀川区内を散歩していたところ、イスラム教徒が着ていた服装を見て、興味を持ったことがきっかけで、次第にイスラム教の教えに惹かれたそうです。そして5年前にはイスラム教に改宗しました。

西淀川区で生まれ育ったという意志さんは、ここ数年の町の移り変わりを見守ってきました。

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意志一さん

「イスラム教徒の多さは昔に比べたら月とすっぽんくらいですね。今,西淀川で石を投げたら誰かムスリムにあたるいうくらい、たくさん住んでます」

 

“ニシヨドスタン”で本場パキスタン料理を堪能!

wek202101091.jpg意志さんが、お勧めのレストランに案内してくれました。

モスクの目の前にあり、イスラム教で禁じられている食材を使わない本場パキスタン料理を味わうことができるレストランです。

私たちが訪れた日はちょうど金曜日。礼拝の後には、多くの外国人で賑わっていました。

こちらが、パキスタン料理です。

wek202101095.jpg ナンに似たロティやカレーがありますが、中でもお勧めなのが画面左下の黄色の御飯の「ビリヤニ」です。 

意志一さん

「定番としたらビリヤニ。ビリヤニといいますのは焼き飯にスパイスを入れる、いろいろな調味料を入れてつくったものです」

大石真弘アナウンサーがこのビリヤニを食べてみました。

大石真弘アナ

 「スパイシーですね。だんだん後から辛みが来ますね。うまみもあっておいしいです」

 

お客さんの話では、ニシヨドスタンにあるこのお店では、インドやネパールのカレーとは違ったパキスタンのカレーが楽しめる、関西でも数少ない店だということでした。日本人にも人気があり毎週のように食べに来るリピーターもいるそうです。

 

モスクの1階にある売店で本場の歯磨き体験!

続いて、意志さんに紹介してもらった売店に向かいました。この売店は、モスクの1階にあり、ハラール対応の食料品や雑貨を販売しています。

ここで気になった商品はマスワーグという歯ブラシ。

私たちが普段イメージする歯ブラシとは違います。

中東を中心に生えている木の棒の先端を歯でかんでつぶし、ブラシ状にして歯を磨きます。歯磨き粉は使いません。

お店にいたパキスタンの人が本場の磨き方を教えてくれました。これでゴシゴシ磨きます。

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マスワーグを体験した大石アナウンサーによると「歯間ブラシ」のような感じだそうです。 

 

“ニシヨドスタンの力で夫を元気にしたい” コロナで来日 上島さん夫婦

この店でよく買い物をするという夫婦がいます。

 シェザード・ムハンマドさんと上島アムナ(うえしま あむな)さんです。wek2021010911.jpg

パキスタンで観光の仕事をしていた上島アムナさんは、シェザードさんと出会い、結婚し現地で暮らしていました。

しかし、去年5月、新型コロナの影響で日本に帰国しました。

夫のシェザードさんは、日本についてほとんど知らず、今まで海外で暮らした経験もありませんでした。

そのため日本での生活に慣れず、1人で部屋で過ごす日々が続きました。

さらに、シェザードさんにとって悲しい出来事が起こります。自宅近くでスマートフォンを操作していただけで不審がられ、警察に通報されたといいます。

 

異国での慣れない生活が続く中、シェザードさんは、ニシヨドスタンを訪れ、パキスタンの雑貨を扱う店で買ったパキスタンの食材を使い、自宅で祖国パキスタンの料理を食べるときが、心休まるひと時だといいます。

 私も、ご自宅にお邪魔させてもらい、夫婦2人で作った特製のカレーをいただきました。

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数種類の香辛料が入っており、様々な辛さが徐々にきます。日本のカレーと比べるととろみが少なく、スープカレーのようでした。これをフライパンで焼いたチャパティにつけて食べます。クレープのような食感でした。パキスタンの家庭では一般的に食べられているそうです。

 2人は夕食の時はランプの灯の下で食事をとります。

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シェザードさんが生まれ育ったパキスタンの街は頻繁に停電があったこともあり、食事の際、ランプをつけて食べていたそうです。

上島さん

「こんな感じで(部屋を暗くして)食べています。なんかこれが落ち着くって言うんです」

 

来日して半年余り。シェザードさんは、なかなか日本での暮らしに慣れません。

シェザードさん

「1人で日本で住むのは非常に難しいです。日本の人はパキスタンの人と違うし、生活全体がパキスタンの生活と違います」

上島アムナさん

「買い物も一人で行くとやっぱりじろじろ見られるというんです。イスラム、イスラムの文化を理解するのは、日本の方なかなかできないかもしれませんが、もう少しちょっと温かい気持ちで見守っていただけたらと」

 

“夫に早く元気になってほしい”。

ふたりは、できる限り祖国パキスタンを体験できる“ニシヨドスタン”を訪れています。

 

シェザードさん

「ニシヨドスタンにあるモスクにはパキスタン人がいるので、挨拶を交わしたり話したりできます。そのあとお祈りをすると少し心が落ち着きます。心配事が少しなくなります」

 

中古車貿易商のパキスタン人マジッドさん “ニシヨドスタン”が心の支え

シェザードさんと同じようにパキスタンから来日し、毎日のように“ニシヨドスタン”に来るという

一人のパキスタン人と知り合いました。来日12年目のイクバール・ムハンマド・マジッドさんです。

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マジッドさんはパキスタンでは病院に勤務して臨床検査の仕事をしていました。そこでJICAのボランティアで派遣された日本人の看護師と知り合い結婚し、その後来日しました。

マジッドさんは、これまで日本語を勉強したことがなく、日本についての知識が全くないため日本には行きたくなかったそうです。そのため、来日当初はホームシックに陥ったといいます。

しかし、今では日本の生活に慣れ友人も増えました。ネイティブ顔負けの流暢な大阪弁を話します。

マジッドさん

「街もきれいし、国もこういう平和な国やし、人も優しい。今は自分の国よりも日本が好き、好きなってもうた。大阪生まれみたいなもの。私、関西弁好きや」

 

マジッドさんは、中古車オークションで仕入れた中古車をパキスタンやケニア・ウガンダなどアフリカ諸国に輸出する仕事をしており、ビジネスは順調でした。現在は個人でビジネスを行っていますが、事業拡大のため、株式会社を作り従業員も雇用する予定でした。

 マジッドさん

「日本車、メードインジャパン。それ(人気)が全然違う。(他国の車より)日本は信用できますからね」

 

ところが、去年状況が一変。海外からの注文が激減しました。新型コロナの影響だといいます。いつも一日あたり20~50台の注文が入ってきますが、この日は3台しか注文がなかったそうです。注文が急激に減少したため会社の規模を拡大する計画もしばらく延期せざるをえないと考えています。

思わぬ事態に直面したマジッドさんですが、祖国の人に悩みを打ち明けられる“ニシヨドスタン”が心の支えです。

マジッドさん

「こっち来たら自分の街みたい。自分の国の人に会ったり話したりすることができます。こっち来たらやっぱりリラックスできる」

 

大阪市西淀川区にある“ニシヨドスタン”。異国の地で様々な壁に直面しながらも懸命に生きる人々が“心のよりどころ”とする場所でした。

 

(取材を終えて)
wek2021010914.jpg学生時代、海外旅行が好きだった私はよく中東を訪れていました。しかし新型コロナで状況は一変。気軽に海外に行くことは難しくなり、近場で楽しめるスポットを探していたところ見つけたのが“ニシヨドスタン”でした。今回の取材を通して、外国で暮らすことの大変さを知った一方、ムスリムコミュニティの寛容さや奥深さを知ることができました。日本にいながらパキスタンの雰囲気を味わえる “ニシヨドスタン”。今後も定期的に訪れようと思います。