高校野球NEXT

2017年11月01日 (水)

【高校野球NEXT】第2回 太田幸司が語る甲子園

高校野球の果たす役割やその未来をみつめるシリーズ「高校野球NEXT」。第2回は、青森の三沢高校のエースとして活躍した太田幸司さんです。昭和44年、夏の甲子園の決勝で初めて、延長18回の引き分け、そして再試合を1人で投げ抜いた太田さんにあの熱戦の裏話、そして、未来に向けた提言を聞きました。

 

Q 初めて甲子園に足を踏み入れた時は?
鮮明に覚えています。青森にはあんな大きなスタンドがある球場はなかったですから、目の当たりにして、「うわー」という感じでした。そして、スパイクをはいてグラウンドに入ると、青森の球場はガリガリという感触のグラウンドなんですが、甲子園球場は、土がさくっという感じで、今でも足の感触が忘れられないですね。マウンドも、ホームベースから後ろのバックネットまでの距離がめちゃくちゃあるでしょ。なんかすごく遠く感じました。でも投げたら、すごく投げやすかったです。

 

Q 甲子園で一番印象に残っている試合は?
3年夏の決勝もありますけど、やっぱり2年夏に出場した最初の試合ですね。熊本の鎮西高校とやった試合が最後の夏につながっている。あのとき、もし、ボコボコに打たれていたら、最後の夏も違う状況になっていたと思います。というのも、マウンドに立った時に、膝ががくがく震えているんですよ。口は乾くしね。でも、ボールを投げたら、ビューンっていくんですよ。火事場の馬鹿力か分からないですけどね。


結局、その試合は1安打完封勝ちだったんですよ。自分の力以上のものを出せたんですね。それがあとあとに、ずっと続いていったのかな。最初に、もし、やられていたら、トラウマになっていた。だから、最後の夏の決勝の原点はやっぱり初出場のときのピッチングだったのかな。

Q 延長18回、引き分け再試合となった3年夏の決勝の思い出は?
1試合目はなかなか点が入らなくて、ベンチからマウンドに行くときの足取りの重さをすごく覚えていますね。延長18回で終わるというのを知らなかったので、決着つくまでいくもんだと思っていたんです。どうやって自分の耳に入ったのか、思い出せないんですけど、15回か16回あたりに、18回で決着がつかなかったら引き分け再試合と聞いて、逆にそれがプレッシャーになりました。とりあえず18回まではいかなくちゃいけないっていうね。

体はどんどんしんどくなるんですよ。回を追うごとに。でも、マウンドで球を投げたらね、球がビュンビュンいくんですよ。そのときは力を入れようにも、体がしんどくて、力が入らないので、本当によいしょって投げているんだけど、球だけがブーンといくんですよ。だから、最高のバランスで投げていたんでしょうね。無駄な力が抜けて。その後もプロ野球でやらせていただいたんですけど、あんな力の抜けたピッチングは1回もなかったですよね。
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Q 18回を投げて再試合になりましたが、試合後、体の状態はどうだった?
試合後は夕食ものどを通らなくて、朝までほとんど眠れなかったですね。地獄だったのは、次の日の朝です。体がばりばりで起きられなかった。這いずって起きて、顔を洗おうと思ったら手が上がらないのでね。ご飯食べようと思っても顔を箸にもっていって食べる状態だったので、試合よりも、マウンドにあがって投げられるのかなっていうのが実感でしたね。

次の日、試合前にブルペンで投げるじゃないですか。ばんと投げて、ぱっと顔をあげたらミットにバーンって入っているでしょ。そのときは顔を上げたら、まだボールがミットについてない。本当にそのぐらい、いつもと違っていた。あのときのまっすぐはひどかったですね。
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Q 再試合に負けた時の気持ちは?
野球をやっていて負けて悔しくなかった試合というのはあれ1試合だけ。もうこれ以上、頑張れと言われても、やることすべてやり尽くしたなっていうね。ですから、松山商業の校歌をベンチの前で整列して聞いている時に、横にいたみんなは泣きじゃくっていたんですけど、僕は1滴も涙が出なかった。すごくさわやかな。今でもね、あの時の青空が脳裏に焼きついています。ピントが合ってないんだけど、青い空だけを見て、すがすがしい、やった感というかな。

歴史のある学校と違って本当に片田舎の普通の公立高校で、高校入った時には、甲子園に出るなんて夢のまた夢でしょ。その高校が甲子園に出るだけでもいいという状況で、決勝まで行った。決勝は全然プレッシャーがなかったですよ。ここまで来たら、とにかくおもしろく楽しくやろうっていうね。普通だったら、優勝しますって気合いを入れていますけど、意外と1回戦が一番、しんどいぐらいだった。野球自体のレベルは、7―3ぐらいで松山商業が上でしたよ。でも、向こうは優勝経験がある伝統校。青森の田舎のチームには負けるわけにはいかない。ここまで来たら絶対優勝するぞという思いがあったんですね。我々は最後、思いっきりいこうということで、精神的には意外と開き直った。今考えても、あのチームがどうして決勝までいってね、あんな試合ができたか、説明がつかないですね。これがまた高校野球の面白いところでしょうね。

  

 

Q 今の高校野球を見ていて感じることは。
根本に流れているものっていうのは一緒だと思いますよ。やっぱり負けて悔し涙を流すというものはね。ことしの夏の甲子園でホームランの大会記録が出たりとか、技術的な進歩は自分たちの時代と比べたら、雲泥の差があると思うけど、やっぱり脈々と流れているものは変わっていないと思います。

高校野球はこのままでいいんじゃないですか。95回大会に息子が甲子園に出させてもらって、初めてアルプススタンドで父兄として応援したんですよ。まあ、暑くてね。グラウンドで投げている方が楽だと思うぐらい。自分がプレーしたときも、これだけ熱い応援してもらっていたんだなって改めて感じました。いろんな人の思いが集まって、高校野球になるんです。時代とともにモデルチェンジはしていくんでしょうけども、でも、昔から受け継がれている高校野球の基本はなくしてほしくないなという気はします。

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風潮として、「古いものはだめ、新しいものはいい」という感じになっているんじゃないですか。でも、高校野球って100年の歴史を積み重ねてきているわけでしょ。僕はある程度、厳しいところも伝統として受け継いでいってほしい。しっかりした選手の健康管理はやったらいいんですけど、厳しさもなくなるというのは、僕は違うと思う。厳しいところは残しつつ、これから100年の歴史を作っていってほしいなと思いますけどもね。

最近、子どもたちの野球離れはあります。野球の人気が低下しているという声もありますが、僕は違うと思うんです。これだけいろんな選択肢が増えてきたらね、当然、減ります。少子化とともに生徒も減ってきています。でも、その中でも高校野球をやりたいという子どもたちですから、中身は以前よりも濃いと思うんですよ。そういう時代の中で、野球をやる子がまだこれだけいるんですよ。別に僕は悲観することないと思う。


Q 太田さんは女子の硬式野球の普及に取り組んでいるんですよね。
正直言って、女子の硬式野球というのは全く知りませんでした。ある大会を見に行って、そのときに目から鱗が落ちました。引退してプロ野球の解説をしていると、何か流されて野球の本質を忘れかけていたところがありました。女子野球を見て、自分が子どものころに、野球が好きで朝から晩まで一生懸命やっていた頃の野球に対する思いをね、思い出したんですね。野球が好きだという思いがひしひしと伝わったんですよ。野球ができる喜びがグラウンドに満ちあふれていました。技術がどうこうよりも、まず、こういう思いを育てていかなくちゃいけないなと思いました。
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野球が国技といってもいいぐらいなのに、なぜ男子があって女子の硬式野球がないのって。じゃあ、目標になるものとして女子のプロ野球を作って、今年で8年目になりました。9年前は全国で女子の硬式野球チームは5チームしかなかったんですよ。ことしの夏の大会は26の女子の硬式野球部チームができました。ここ数年で間違いなく、30チームは超えてくると思う。僕は女子の大会も甲子園でやらせてあげたい。甲子園は、野球をやる女の子にとってもあこがれの場所なんでね。せめて女子の決勝だけでも甲子園でやらせてあげたいなと。
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野球は男子だけのものじゃない。例えば、今、プロ野球でもカープ女子とか、女性の応援もすごく増えているじゃないですか。野球が好きな女性たちが結婚して、子どもに野球をやらせたいとか、いろんな広がりが出てくると思う。女子野球が活発になれば、男子にも波及してくると思うしね、そういう意味では女子がこれからどれだけ頑張れるかということが、キーポイントになるのかもしれませんよね。

 

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