高校野球NEXT

2017年09月29日 (金)

【高校野球NEXT】第1回 桑田真澄が語る甲子園

荒木大輔さんをナビゲーターに、高校野球の果たす役割やその未来をみつめるシリーズ「高校野球NEXT」。第1回は、PL学園のエースとして活躍した桑田真澄さんに、甲子園の思い出や、その未来に向けた提言を聞きました。

 

Q.甲子園で思い出に残っている試合は?
初めて甲子園のマウンドに立ったのは1年夏の1回戦、所沢商業戦でした。初めて甲子園で勝ったときはうれしかったんですが、なんといっても、その夏の準決勝、池田高校戦ですかね。

 まず、試合前に先輩に「桑田10点以内に抑えろ」っていわれて、「えっ」となりました。「どうせ負けるんだけど、9点までにしておけ。大阪代表として出ているから10点以上取られたら恥ずかしいだろ。9点以内にしろよ、頑張れ」と言われたのが、すごく印象に残っています。また、池田の選手を球場で見たらみんな大きくて、びっくりしたのも印象に残っていますね。

投げる方では1回、ツーアウトまで簡単に取ったんですけど3番、4番に火の出るような打球を打たれてピンチになりました。続く5番バッターもまた会心のピッチャーゴロが来たんですけど、ぱっとグラブを出したら、ボールが入ったんですね。あれがもし、センター前に抜けていたら今の自分はなかったと思いますね。

 投げるので精いっぱいだったので、打つのはもう全部、三振でいいと思っていました。好きなインコース高めだけ狙っておこうと。そこに来たら思いっきり振ろうと思っていたら、偶然、そこに1打席目にボールが来たので打ったらホームランになったんです。バットに当たってボールがスタンドに向かっていく、ぽんって上がったときの絵が今も脳裏から離れないですね。あの1打が野球を変えてくれた、人生をね。あの試合はいろんなシーンが印象に残っていますね。

 まさか勝てるとは思っていませんでしたから、勝たせて頂いたことによって自分の人生、野球人生が、がらっと変わったんですよね。あの試合に勝たせてもらってメディアとファンの対応が変わりましたね。高校野球の流れですよね。荒木さんから、バトンタッチして池田の水野さん江上さんの時代に入って、PLにバトンが渡ったという大事なターニングポイントになったのが、池田との試合だったんじゃないかなと思いますね。

PL.png  Q. そして、3年の夏に2回目の優勝を果たしましたね。
高校1年で優勝して何回、優勝できるかなって感じで偉そうに思っていたんですけど、優勝できなくて、これがもう最後の夏だと。でも、悔いのないようにやりたいなと思っていて、センバツ終わってから夏に向けて準備していたんですよね。長く感じた3年間、ようやく最後に優勝で終われてやっと一息つけたという感じです。

 

Q.3年の夏で印象に残っている試合は?
当然、優勝を決めた決勝も印象に残っているんですが、優勝に近づくことができたのが準々決勝の高知商業戦ですね。中山(裕章)君っていうすごいピッチャーがいて、彼を倒さないと優勝できないと思っていました。その高知商業に勝てたのが優勝につながったんじゃないかなと思いますね。

 

Q.高知商業に勝てた要因は?
中山君も素晴らしかったですし、打撃もすごかったです。高知商業に勝たないと優勝はないと、みんなで情報共有していたんですよね。ですから清原(和博)君がレフトにすごい大きなホームランを打って、続くバッターの僕がライトにホームランを打ったんです。なんとかここでホームラン打ちたいと思って、打席に入ったのが印象に残っていますね。

清原君は引っ張ってホームランを打ったので、僕に対してはおそらく外角に来るだろうと思って、外の高めしか狙っていなかったですね。外に来たボールを狙い通り、ライトに打ちましたが、今でもよく勝てたなと思います。中山君がすごいボール投げていたんで。

 

Q.甲子園ってどんな場所?
高校時代は甲子園を試験場だと思っていたんですよ。甲子園で100点を取るためにはどういう練習をすればいいのか必要か。どういう実力、スタミナをつけないといけないかとか。そんなイメージでいつも甲子園に行っていたんですよね。

今考えると、恐ろしいことなんですけど、大阪大会で優勝するということは頭になかったんですね。甲子園という試験場で100点満点を取るにはどうすればいいかって逆算だったんです。かえって大きな目標を掲げていたからこそ、大阪大会で優勝するとか近畿大会で優勝するという目標はこだわらなかったですね。

もっと上を目指していたのでそこはすっとクリアできたのかと思いますね。1年生の時に準優勝ですよね?僕はそのときに運良く優勝させてもらったのでもう一回これを味わいたいというのが自然と目標になったんでしょうね。

 

Q.高校野球の3年間で学んだことは?
高校野球を通じて学ばせてもらったのは根性とか気合いではなくて、効率的、合理的な練習が大事だということを1番、学ばせてもらったかなと思いますね。運良く1年夏に優勝させてもらって、また来年もここで優勝したいと思いました。そのために何が必要かと考えたときに、猛練習ということは頭に浮かばなかった。効率的、合理的に練習して、試合でも効率的、合理的に打者を抑えていかないといけない。そうしないと体力が持たないじゃないですか。それを1番学びました。

 

Q.甲子園で勝つ抜くためには「考えるピッチング」が何より大切だと学んだ?
甲子園に出るときに相手チームのビデオを研究していたんです。全国には、いいピッチャーがいっぱいいますし、いいバッターも多い。自分よりも、体格が良くてパワーもあって技術がある選手を見て、「ああ俺なんかダメだな」って最初に思うんですよ。でも、何か勝てる方法はないかと考えるんですよ。それで、「もしかしたら、このバッターはこういう振りをしているからインコースは打てないんじゃないか」「このバッターはまっすぐは強いけど変化球は打てないんじゃないか」とかですね、そういう傾向や癖を勉強する気づきがあったんですよね。すごい選手がたくさんいたからこそ、その上をいくには、どうしたらいいかというのを気づかせてもらった。3年春のセンバツの準決勝で対戦した高知の伊野商業の渡辺(智男)君とかも、速いボールを投げていて、「こういう人がプロに行くんだ」と思いましたね。そういう選手を超えていきたいと思って、どうしたら超えていけるか、何か方法はあるのかというのを学ばせてもらったのがよかったんじゃないかなと思いますね。

 

Q.公式戦ではストレートとカーブしか投げなかったと聞きましたが?
僕は甲子園で優勝する、全国制覇したいという目標もあったんですけど、その先にプロ野球でエースになりたいという目標もあった。高校時代にまっすぐとカーブで抑えられないようなピッチャーは、プロではエースになれないって自分に言い聞かせたんですね。当然、紅白戦とか練習では、スライダーを投げたり、フォークを投げたりしていたんですけど、面白いように空振りとか取れるわけですよね。でも、大会では一切使わない。

僕は球速が150キロはないもんですから、135キロ前後ですから真ん中周辺にいったら打たれるわけです。ですから、コントロールを磨こうという練習にシフトしました。相手バッターの癖、このバッターはここは打てないとか、この振りはここに投げたら全部ファウルになるとか、2球ここに投げたらツーストライクは稼げる、ここに投げたら絶対に振るとか。そういうことをよく観察するようになった。

あと甲子園では連投になるので、いかに球数を減らして勝つか。そうするには2、3球でアウト取りたい。三振よりも初球か2球目に内野ゴロかフライがいいわけですよね。あと風向きを見て、レフトに風が吹いているからライトに打たせればHRはないとか、高めに伸びるボールを投げたらフライが上がるなと思ったらちょっと上に投げるんですね。1球でアウトを取る。スライダーとかフォークを投げていたら、そこまで考えられなかった。初球のストレートは8割くらいで投げるんです。追い込んだら全力で投げて、緩急をつけていた。
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Q.2年夏の甲子園の決勝で敗れたあと、優勝した茨城の取手二高の練習を見学された理由は?
なんで負けたんだろうって。理由がわからなかったんですよね。ミスしてもエラーしても打てなくても笑顔でね。なんで、こんなに笑顔なんだろうって。それまで僕たちの時代は歯を見せるなとか、笑ったら怒られる時代でした。それが「のびのび野球」で、笑顔で笑いながら楽しそうにやっているんですよね。なんでこんなチームに負けたんだろうって。その答え探しをしたかったんですよね。どういうところで練習して、どんな雰囲気で練習しているのか。それを自分の目で確かめたかったんですよね。

見学に行ってから野球感が変わりましたね。目標、目的は同じでも、それに対するプロセスがいろんな方法があるんだなっていうのを学びましたね。ウォーミングアップの時に音楽を流すとか、おそらく、その時代、どこもしていなかったと思うんですよね。いろんな方法があるので、いろいろなことを取り入れていこうというヒントになったんですよね。取手二高を見学させてもらってから。あとは、肩を冷やすアイシングとか。当時は冷やすなと言われた時代だけど、始めてみたり。あと投げない日、ノースローデーを作ったりとか、取り入れましたね。自分の知っている世界というのは限られた世界なので。いろんなことを自分らで見ていくことでこういうこといいんじゃないかと気づきになっていったと思うんですよね。 

 

Q.これからの高校野球の発展に必要なものは?
高校野球は日本のすばらしい文化だと思うんですね。でも、何事も時代に合ったものに変えていかないといけない。これからの時代は当然、野球の戦術も道具も進化していく。トレーニング方法も進化する。高校野球も時代に合ったものに進化させないといけないと思いますね。まずは、選手のけがを未然に防ぐ取り組みをしなければいけない。

僕も40歳で現役を引退してから指導者の勉強をしました。指導者ってやらせることが大事だと思いがちじゃないですか。でも、何が一番難しいかというと、けがを防ぐために、選手のプレーを止めることが一番難しいと思うんです。みんな、勝ちたいんです。エースに投げてもらいたいんです。ちょっと肉離れしているけど、4番バッターに打ってもらいたいんです。それをやめさせる、止めるのが指導者にとって一番難しいことじゃないかなと痛感しましたね。そのために、今の時代に合わせてルールを変えていくことが大事だと思いますね。早い段階で取り入れてもらいたいと思います。

今、タイブレーク制とかいわれているじゃないですか。でも、タイブレーク制を取り入れても、じゃあタイブレークに入る試合が何試合あるのか。数えられるほどの試合数しかない。僕はやっぱり連投禁止とか、球数制限を導入しない限り、何も始まらないんじゃないかと思います。監督、コーチ、学校、選手もみんな、勝ちたいじゃないですか。試合になれば、勝負ごとですから、勝ちたいんですよ、誰でも。その勝ちたい気持ちを抑えてあげるには「球数制限」を設けるのが1番だと思います。ルールがあれば、守らなければいけない。そういうルールを設けることによって未然にけがを防げると思うんですよね。それをしない限り、ピッチャーは守れないですね。

プロ野球の選手は連投しようが200球投げようが僕はいいと思っているんです。勝利至上主義でいいんです。なぜなら体もできあがっていますし、仕事ですから。自己責任です。
学生野球で成長過程の子どもに無理をさせちゃいけないんです。これからの時代、高校野球は球数制限を取り入れて、けがを未然に防ぐ、そして、子どもを大事に育ててあげる。やはり学生野球は育成が大事だと思うんですよね。

 

Q.さらに桑田さんはけがで選手生命を断たれた選手を何人も見てきた。
同じ時代にすごい選手が連投、連戦することによってみんな消えていったんですね。

「あいつがけがしていなかったら、すごいプロ野球選手になっていたのに」「こいつがいたら、俺なんて絶対に優勝できなかったのに」という選手がいっぱい消えていった。
それは野球界にとって、本当にあってはいけないことだと思うんですよ。球数制限などを導入すると、高校野球が盛り上がらないという人もいますけど、絶対にそんなことないです。なぜなら必死に野球に取り組む高校生の姿は誰が見ても、どんなにルールが変わっても感動します。それが本当の高校野球なんです。そこにみんなが感動するから、あれだけの人が応援したくなるんです。メディアも取り上げたくなるんです。1日でも早く、球数制限をしてほしい。

あと夏の甲子園の日程ですよね。僕は8月の1か月間は甲子園を借り切って、高校野球のためにやるべきだと思いますね。その理由は選手の連戦、連投を防ぐためですよね。当然、ピッチャーだけでなく、キャッチャーもかなり投げますからね。野手も大変です。炎天下の中でね、3連投、4連投を経験していますけど、大変ですし。未然にけがを防ぐためにもまず球数制限、そして日程の確保ですよね。

長期ロードになるから、阪神の選手が大変になるのではないかという人もいます。荒木さんも経験あると思いますけど、プロ野球選手にとって、8月の甲子園ってしんどいんですよ。今は大阪にもドーム球場があって、阪神の選手も自宅から通えますし、野球界全体で8月は甲子園を高校野球のために使わせてあげることにしたらどうですか。空いた日は女子野球を組み込んでいく。女子野球の発展にも取り組んでいって。野球人口の減少を食い止められると思うんですよ。なぜ大切かというと、彼女たちは大人になって結婚して、子どもが生まれたら、おそらくキャッチボールをしてくれると思うんです。そうやって野球人口を増やしていくのも一つの方法だと思います。

「桑田は何を言っているのか」と言われますけど、日本の高校野球が発展していくために、時代に合ったやり方を考えていかないといけない時代だと思いますね。

 

 

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