プロ野球

2018年10月16日 (火)

"ドキュメント 急転直下の5日間"

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金本知憲監督が今シーズンかぎりでの辞任を発表した今月11日から、矢野燿大新監督が決定した15日までの急転直下の5日間。担当記者の目線からドキュメントでお伝えする。(大阪放送局 今野朋寿)

11日


11日午前中、通勤途中に携帯電話がなった。午後から兵庫県西宮市の球団事務所で緊急記者会見が行われるという連絡。8日に17年ぶりのリーグ最下位が決まり、前日に甲子園の最終戦が終わったばかりのタイミング。「監督の去就しかない…」と冷や汗が流れた。

事務所に向かうと、すでに数人の記者がいた。誰かの電話が鳴るたびに、事務所から出て内緒の話をする。自分も取材先に電話やメールをしたが、なかなか確認がとれない。

「金本監督が辞任へ」

NHKとして確認がとれたのは正午ごろだ。
事務所に姿を現した金本監督は、吹っ切れたような表情だった。

「最下位が決まった頃から考えていた。手をかけた若手には大きく育って欲しい」

親しい記者の中には、顔を真っ赤にして必死に感情を抑えようとしている人もいた。
一方で、顔をこわばらせたのは揚塩健治球団社長だ。シーズン終了間際の電撃的な辞任の発表。プロ野球のドラフト会議も迫るなか、球団関係者は「ひょっとしたら、くじを引く人がいない、なんて事態もありえる」と話した。

新監督人事はどうなるのか。厳しい取材が続くことを覚悟した。

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12日の全体練習。谷本球団本部長による事態の説明が選手に行われた。

sports_1016_2_logo.jpg13日の最終戦で試合後、花束を受け取る金本監督。

13日


事態が大きく動いたのは2日後。揚塩球団社長が、後任の最有力候補に挙げられ、宮崎遠征中だった矢野燿大2軍監督のもとを単身で訪れたのだ。新監督への就任要請だった。ナゴヤドームで金本監督が率いて最後の試合が行われている裏での出来事だ。

しかし、この情報は事前にマスコミに漏れ、ほぼ全社がチーム宿舎に陣取っていた。

「きょうは何も話すことがない」と球団を通じて伝え、無言を貫いた2人。要請を受けたのか、受けなかったのか。関係者に夜、取材を重ねたうえで、この日は結論を持ち越しにしたと判断し、翌日に備えた。


14日


この日は早朝から宮崎空港に向かった。揚塩球団社長が大阪に戻る可能性があると考えたからだ。

しかし午前7時、空港に姿を現したのは、なんと、この日も若手の教育リーグで指揮をとる予定だった矢野2軍監督だ。まったく想定していなかった事態。恥ずかしながら最初は気づかず、他の記者の動きを見て、自分も追いかけた。

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大阪空港での矢野監督

「答えられない。申し訳ない」と矢野2軍監督。このあと、家族と相談するために大阪に戻ったことが分かった。急きょ、大阪にいる記者に連絡して大阪空港に向かってもらう。

そこで取材に応えた矢野2軍監督は「時間がほしい」と述べ、午後には再び球団事務所で揚塩球団社長と会談したうえで、「本来は1軍のヘッドコーチをやるということになっていたのだから。考えれば考えるほど難しいが、時間もないので期限を決めたい」と翌日までに結論を出す考えを示した。

午後の便で大阪に戻ったあとも、取材を続けた。球団関係者は「本来はもっと時間が必要。本当に申し訳ない。熱意を示すしかない」と話した。仮に、矢野2軍監督が要請を断ったらどうなってしまうのだろうかと不安に思った。

15日


 そして金本監督の辞任表明からわずか4日、矢野2軍監督は要請を受諾した。理由については「逃げてやらない後悔より、やるべきだと思った」と語った。その表情からは重責を担う緊張感が伝わった。その直後の揚塩球団社長の言葉が印象に残るものだった。

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「矢野2軍監督には、このような状況の中で要請を受けていただいた。本来は指導者としてのステップというものが頭の中にあったと思う。そういうプランとは別に、阪神タイガース、ファンのためにいろんなことをかみ切って受諾していただいた。感謝しています」

なんとか決定した来シーズンの新監督。しかし、矢野新監督の胸中はきっと期待と不安が入り交じった複雑なものだろう。5日間続いた急転直下の出来事に、来シーズンのチームの厳しい船出を感じずにはいられない。

 

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