歴史秘話ヒストリア

2019年07月31日 (水)

運命の御前会議 昭和天皇 戦争回避への苦闘

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日米開戦から、78年。あの時、なぜ日本は戦争への道を歩み出したのか。1941年9月6日に開かれた「御前会議」での昭和天皇。開戦か否かを話し合う重要な会議で、異例にも歌を読みました。「よもの海 みなはらからと思う世に など波風のたちさわぐらん」(四方の海は みな兄弟だと思っているのに なぜ余計な波が騒がしくなるのだろう) 日露戦争の開戦にあたり、明治天皇が戦争回避の願いを込めて詠んだという歌でした。戦争を避けよというメッセージを、日本の指導者たちに暗に伝えたにもかかわらず、開戦に向かう現実。のちに300万もの死者を出すことになるとは、あの会議に出席していた誰も予想できなかったのでしょうか。

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昭和天皇は、19歳の皇太子時代にヨーロッパを訪れ、パリに立ち寄りました。その際「エッフェル塔に上った」とありましたが、この時、案内したのは、塔を設計したエッフェルさん自身だったそうです!また、生涯大切にしていたという、初めて乗った地下鉄の切符。崩御後、侍従が昭和天皇の居間の引き出しを整理した時に、なんと、子どもや孫たちからの手紙ともに出てきたそうです。

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今回の番組を提案・制作したのは、長谷川明ディレクターです。以前、同じく太平洋戦争を取り上げ「なぜ戦争は終わらなかったのか」をテーマに、長谷川ディレクターが制作した番組に、私は案内役として出演しました。陸軍参謀本部戦争指導課の松谷誠を主人公に、終戦工作を掘り下げた番組です。それに対して今回は「なぜ戦争は始まったのか」。近代日本の歴史の大きな分岐点を見つめ、同じ過ちを繰り返さないためにどういうメッセージを込められるのか、番組を通じてともに考えてきました。現在は、特攻隊をテーマにした番組に向けて取材真っ最中です。ご期待ください。

 

 

 

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■ コメント(1)
  • 匿名

    2019年08月03日 14時57分

    こんにちは。昭和天皇というと、敗戦後に身を賭して、マッカーサーに一人で会いに行ったことや、戦争責任について、晩年までご心痛の思いだったことなど、歴代天皇の中では一番苦労をされた方だという印象が私には強いのですが、御前会議の中身を知って、びっくりしたのと同時に、官僚からは祀り上げられて、自分の主張を伝えることもできない中、歌でそれを表したという試みなどされたというエピソードを拝見し、やはり考えに考え抜かれる方だったに違いないと、思った次第です。勝てるわけがない戦争に走ろうとする軍部を牽制したことなど、真に国のことを考えていたのですが、立憲君主として、最終的に開戦を了承してしまう……。それを禍根だと思っていたが故の、敗戦後の行動だったのかも知れません。
    軍部も政府も、どうしようもない組織だったことは、今回でも充分感じられましたけど、今の政府も、大丈夫でしょうかね……?