歴史秘話ヒストリア

2019年02月20日 (水)

【井上あさひ】日本を変えた室町三大事件

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室町三大事件?

 今夜は「日本を変えた室町三大事件」をお届け致しました。室町三大事件と聞いても、私は正確な事件と順番を答えられませんでした。皆さんはどうでしたでしょうか?

 観応の擾乱があって、嘉吉の徳政令があって、応仁の乱があって、しかもそれらが、地続きに関係しているなんて。一つ一つの事件を学ぶ機会はあっても、それを俯瞰して流れで見ることはあまりありませんでしたので、ちょっとした発見でした。

 今夜のヒストリアは三回分の事件が詰まったお得感と、その歴史の潮流を学ぶことができる充実感のある、スペシャルな回だったと思います。

 

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 観応の擾乱のすごさと言えば、やはりそののち500年も続く武士の世を作ったという歴史的意義の深さでしょう。日本中に武士の数が急増し、武士がその階級を確立。その後の歴史に大きな影響を与えます。

 

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 また嘉吉の徳政令では、現代にまで通じる“お金のルール”の原型が誕生するという大事件が起こります。「借りた金は返さねばならない」という基本原則が、室町時代のこの時にできたというのは驚きです。

 

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 応仁の乱では、敵味方が複雑に入り乱れ、11年もの間戦乱が続くという中世史上もっとも有名な内乱となりました。畠山義就が対立と独立のすえに戦国大名のはしりとなり、戦国の世の扉を開けました。

 

歴史を動かすのは

 時代を見ていくと観応の擾乱は幕府の実権を握る兄と弟の争いですし、徳政令は幕府が出すものです。また応仁の乱も実力者同士の争いというように、権力者だけが歴史を動かしてきたように思える部分もあります。

 しかし、そこには権力者をも脅かす民衆の力があり、名もなき人たちの声がありました。飢饉や天災にあえぐ人、経済的に困窮していた人たちの怒りが背景にあって、一揆が起こり、乱につながっている。

 私は今回、歴史は決して権力者たちだけの物語ではない、ということをあらためて感じました。



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■ コメント(4)
  • 八束 磨里

    2019年02月20日 23時53分

    こんばんは。室町時代という高台から、現在までの日本を俯瞰するようなイメージで、拝見しました。観応の擾乱、応仁の乱は、以前にじっくり見たので、復習しながらでしたけど、嘉吉の徳政令は、ほとんど知らなかったため、目が熱くなるほどに(笑)、見ておりました次第です。いわば財政・金融政策の始まり、という点も去ることながら、農民たちが貧困に喘いだ末に決起し、国政を動かした大事件……。嘉吉の徳政令から数十年後には、あの山城の国一揆が起こり、ここで決起した農民たちは、かの畠山氏をも寄せ付けず、権力を追い払った後、8年余りに渡って自治圏を作り上げたとか。確かに武士の起こり……のみならず、農民や庶民の『怒り』が顕在化した始まりでもあったのでしょう。振り返って、今を生きる私たちも、消費者を見下したようなメーカーや、庶民のおかげになっていない行政などには、もっと意見を述べるべきなのかも知れない……。そんな、今に生きるヒントを、また頂いたような気が致しました。

  • ピピ

    2019年02月22日 20時45分

     室町時代が密かに盛り上がっているのですね。今まで室町時代前期は取り上げられる機会が少なかったですし地味な印象があります。以前放送された観応の擾乱や畠山義就は面白かったので何度も繰り返し観ました。
     観応の擾乱で一番気になるのは足利直義の行動です。かなり掟破りなことをしていますが、無視されてきた甥の直冬を養子にしてやったり、真面目に政務をこなしたりと、実直で優しい人だったのかなと思う所がありました。兄の尊氏は気前がよくて、人付き合いの上手い人だったと聞いたことがありますが、元々は北条氏方の武将で、正室も北条一族の娘で信頼も厚かったようですが、急に後醍醐天皇方に寝返り六波羅探題を攻め、鎌倉幕府が滅びるきっかけになりました。直義もそんな兄のことが信用できなかったのではないかと思います。なにかずいぶん性格が違うような気がします。しかし、天下を獲る人はけっこうズルいやり方で実権を手中にしてますけどね。それによって家臣が分かれていったのでしょう。
     そしで、クジ引き将軍ですが、日明貿易を復活させ強権的な政治を行い、幕府を立て直そうとしたいうのは聞いたことがありますが、将軍自らが裁判官になって借金の仲裁を行ったというのは驚きですね。庶民も安心感があり画期的なことだったでしょう。それにしても、10年経ったら借金が帳消しというのもすごい話ですね。
     室町時代の歴史を見ると、やたらと一揆とか徳政という言葉が出てきますが、私が思うには、鎌倉時代には物々交換が主流だったと聞いたことがあります。室町時代に入り民衆の間にも貨幣での取引が浸透したことで、金を借り過ぎた人達が首が回らなくなり、暴動を起こし借金の帳消しをするという、貨幣経済がもたらした混乱ではないかなと思います。そして、村社会の団結力が強まって幕府が対応出来なくなったのかなと思いました。
     それと、畠山義就の家督への執念は凄いですね。以前の放送で、義就の母親は家柄が良くなかったので、父の持国は弟に家督を譲るつもりだったのが、気が変わって義就に家督を継がせたということだったと思いますが、足利直冬も母親が身分が低かったという共通点があります。血筋が重視される時代でしたからその影響も大きかったかもしれません。
     義就に協力を求めた山名宗全は、足利義教を暗殺した赤松満祐を追討し、その後、赤松氏の守護を山名一族が引き継ぎ勢力を拡大しますが、義教が暗殺されなければ応仁の乱もなかったのではないかと思いますし、クジ引きが違う結果だったらと思うと歴史って恐いですね。
     山名氏と細川氏が退いた後も大内政弘の参戦で応仁の乱は延々と続きますが、血筋というのは中世の戦乱の大きななんだなと思いました。その血筋を無視したのが織田信長なんですよね。

  • ぶるちゃん

    2019年02月26日 01時21分

    録画を拝見しました。
    観応の擾乱、応仁の乱は以前の復習です!
    嘉吉の徳政令は義教が暗殺された後に出された。リーダーの義教が生きていれば、幕府の出す法律が完全に上になって成り立っていたかもしれない。そうしたら、お金のルールだけでなく、上位に幕府法を置いて、法による秩序も目指せたかもしれなかったなぁ。とイフを想像しました。
    民衆の声、不満は今もあるはずです。それを無視しては民主的とは言えないですよね。今の政治家は選挙で選んだのは庶民でしょ!?それって民意でしょ?という民衆を見下した姿勢がある気がします。一揆が出来ない今の時代、もどかしい想いをする人もいると思います。そんな想いが少しでもなくなるよう、政治家には動いてほしいものです。

  • makowara2

    2019年02月28日 23時05分

    お疲れさまでした。徐々に振り返りになっていくのでしょうか。以前観た記憶があり、あら、懐かし。室町幕府の将軍といえば初代、三代、八代と十五代ぐらいの印象。末期には最後の将軍以外は最後は皆、暗殺されて、といった程度しか印象がありませんでした。戦国乱世の始まりの理由がわかりました。何かと忙しいでしょうが、最後まで頑張ってください。個人的には信長が街道を逃げていくところに面白さがある、の朗読とか、富嶽のロケなどが懐かしいかな。