歴史秘話ヒストリア

2018年12月12日 (水)

【井上あさひ】"天皇の先生"になった男 小泉信三

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初めて知った“先生”の存在

 今夜は「“天皇の先生”になった男 小泉信三」をお届けいたしました。ご覧いただいたみなさまは、心がほのかに温かくなるような気持ちを感じていただけたのではないでしょうか。終戦直後の苦難の時代、新しい皇室のあり方を模索し続けた小泉と陛下の信頼関係の深さに、私もじんわり心が温まる思いがしました。

 

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“平成流”につながっていった日々

 “先生”役の小泉の厳格な姿勢が印象に残りました。小泉は若き日の陛下に、「覚悟」をお伝えしようとしたのだと思います。

ときに涙を流すほどだったという小泉の真剣な思いは、きっと陛下の心に刻み込まれていったのではないでしょうか。

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『忠恕』の精神

 小泉は“万年の春”という福沢諭吉の言葉を、新しい皇室のあり方を考えるヒントにしました。

 そしてそれは、自分の良心に忠実で、他人のことを思いやる精神『忠恕(ちゅうじょ)』という言葉に結実し、新時代の皇室のあり方に大きな影響を与えたように、私は思いました。

 

小泉の願い

 陛下が、西日本豪雨や北海道での地震などの被災者の方に寄り添うお姿を私もニュースでお伝えしていますが、そこに「苦しむ人のそばに」という陛下の強いお気持ちがあったことを知ると、伝え手として一段と気持ちが引き締まる思いがします。

 国民のことを思いやり、国民と共にあろうとする陛下のお姿は、『忠恕』の言葉を陛下にお伝えした小泉が願っていた姿なのではないかと感じます。


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■ コメント(6)
  • 八束 磨里

    2018年12月12日 23時34分

    こんばんは。いつも、年内最後番は深い感銘を頂くのですけど、本当に……、何度もハンカチを出しました(恥)。昭和天皇は、終戦を境にお立場が激変されたということ、いつも思うのですけど、新しい『象徴』という立ち位置を、きちんと定義され、昭和天皇にも、皇太子さまにも徹底して諭されたこの小泉氏がいたから、あの『皇室アルバム』で拝見した、天皇ご一家というスタイルもでき上がったのですね。まさに、新皇室の立役者だった方だと、感じ入りました次第です。
    陛下が仰せの、『忠恕』の心、昔の日本人には割合内包されていた、ある種、司馬遼太郎さんの仰った『この国のかたち』に通じるものかも知れない……。そんなことを考えながら、わが心にも灯して行けたらと、思いました。
    ああ、だけど……、今年はもう終わりなんですね。

  • ぶるちゃん

    2018年12月13日 02時30分

    小泉信三の今回も拝見しました。
    久々に涙を流しました。どこのシーンかというと、小泉信三が正田さんを説得するところでした。なんででしょうか。小泉信三の優しさが温かったからでしょうか。。現天皇陛下のため、真摯に皇太子の良いところを伝えていました。深い繋がりのある人のために、頭を下げ、知的で無駄のない言葉を選び、きっと必死だったんだろうと感じました。
    井上さんの書いた通り、心が温かくなりました。それを予見していた井上さんも、なんか凄いと思いました。。
    平成も終わりますね。疾苦を感じとり、忠恕に生きる。まさに今の天皇陛下は体現していると思います。小泉信三も天国で喜んでいるのではないでしょうか。そんな気がします。

    さて、今年の放送はこれで終わってしまいました。とてもさみしいです。とても勉強になりました。今の生活の中では、唯一の勉強の場かもしれません。なので、真剣に見ています。時折、無知で発想力のなさを見せつけていると思いますが、来年もどうぞ宜しくお願い致します(^^)

    そして、今年一年お疲れ様でした!!まだ今年は終わっていませんが、来年はもっともっと成長できるように、学んでいきましょう!!あと、ニュース7の方も頑張っていますね(^^)無茶だけはしないよう、全てを成長の糧にすればいいですよ!
    それでは、また来年!!?

  • 歴史の旅人

    2018年12月13日 17時06分

    ヒストリア、今年もお疲れ様でした。。来年の事を言えば鬼が笑いますが、来年のヒストリア楽しみにしてますです。。。ちょっと早いけど、良いお年を。。。

  • ピピ

    2018年12月14日 11時43分

     天皇は日本の象徴と習いましたが、いざ象徴とは何かと聞かれるとはっきり答えられません。政治には関わらないとゆう漠然としたことくらいしでしょうか。
     私は昭和天皇の印象も強く残っているのですが、30年位前までは戦争のこともあり、皇室のことに触れにくい、何とも言えないピリピリした緊張感がありました。明仁親王が天皇に即位され平成の世が進むにつれ、その緊張感が少しづつ和らいできていることを実感しています。
     福沢諭吉の帝室論の中に、天皇は政治から距離を置くべきで、春のような常に穏やかな存在であるべきだと書かれているようですが、明治時代初期には政治、軍事に利用しようとゆう考えは無く、こんなに純粋な考えであったのだなと今回気付かされました。小泉信三は、戦争で息子や学生を亡くし多くの人が傷ついた経験を生かし、明治維新の頃の思惑のない原点に戻そうとしたのでしょう。皇太子様は、戦争や天皇がどうあるべきかを学ばれ、それを理解されていったことがよく分かりました。
     天皇皇后陛下が積極的に被災地を訪問されたり、戦没者の慰霊に行かれている姿を何度もテレビで観てきましたが、その度に戦争や被災地のことを忘れてはいけないと思いますし、陛下に対する尊敬の念は深くなってきました。小泉信三の伝えた「疾苦」「忠恕」の言葉を行動で示されてきたのだと今回分かり、とても温かく、清々しい気持ちになりました。

  • 井上あさり

    2018年12月16日 17時41分

    あさひさん、こんにちは。
    今回は一転して街のおかみさんといった感じのお召し物ですね。
     
     神保町の古本屋街でよく『小泉信三全集』を見ますが、放送前まで“実際何した人なのだろう?”というのが正直なところです。新憲法下での天皇の在り方について、理論&実践両観点から“帝王学”を確立された方だったのですね。天皇皇后両陛下の御発言&国民対する接し方は、小泉さんから教えをうけた“帝王学”に大きく影響を受けられたのだなとジ~ン感じるものがありました。
     父君であらせられる昭和天皇が、皇太子時代に大英帝国のジョージ5世に謁見された時、直接“君臨するが統治せず”というお言葉を賜り、英国式立憲君主制に大いに感銘&影響を受けたと読んだことがあります。戦後の昭和天皇も国民と多く接することで幼い皇太子殿下に身をもって模範を示されたのかと思います。しかし、実の親子とは申せ、自由に会うこともできないお立場。やはり小泉さんの影響が大きかったのでしょうか。小泉さんは武家政治の“守役”という、やさしさの中にも時には命を懸けて厳しく主君をおいさめする侍を連想させる人物でした。
     今年の放送も終わりなのですね。少し寂しいです。来年も、“あっ”と言わせる放送をお願いします。よいお年を。

  • makowara2

    2018年12月25日 13時01分

    平成最後の年も暮れようとしています。先の敗戦から日本の方向は大きく変わり、”皇室の在り方”も変わりました。しかし平成時代の特筆すべきは日本が参戦することがなかったことです。焦土と化した国土からの奇跡の復興を遂げたことにも不戦は大きな影響があったと思います。交代のある首相とはまた違った日本の顔であり、その品格は対外的に大きな印象を与えると思います。ヨーロッパの王室で英語とフランス語の両方に堪能であっただけで国民の統合を象徴する、と言われたお妃がいたような。知識と違って身につけるのが難しい品格を義務付けられる。指導役の方から皮膚感覚で影響されたことでしょう。亡くなった息子さんの面影を見ていたところもあったのかもしれません。生まれながらに偉大である者もいるが、強いられて偉大になる者もいる、とか。しかしご本人の選択なくして偉大にはなれないと思います。あさひさんも一年おつかれさま。