歴史秘話ヒストリア

2018年08月01日 (水)

【井上あさひ】野球ができる幸せ


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高校野球の魅力

 私、実は野球を見るのが大好きなんです。

 高校生のころは野球部のマネージャーをしていましたし、広島局時代からカープファン。もちろん高校野球も、季節になるとワクワクします。

 しかし、高校野球の存在は球児や応援する人たちだけのものではなく、みんなにとって特別なものかもしれない。野球好きの私がそんなことを考えさせられる、今夜のヒストリアでした。

 

野球に託された思い

 番組では終戦直後の高校野球の秘話をお届けいたしました。戦争の時代に球児たちが直面した過酷すぎる運命と、戦争の悲しみから立ち上がり、あすへの希望を野球に託した人々のドラマはいかがでしたでしょうか。焼け野原からの復興の思いを背に受けた戦後最初の高校野球は、球児やそれを見守る人々にとって単なる遊びではありませんでした。

 

 それは終戦後のことだけではなく、大震災のあとであったり、豪雨災害のあとであったり、球児たちの胸の中には「こんなときに野球をやっていていいのか」という自問があったかもしれません。その一方で、高校野球に情熱をそそぐ球児の姿に励まされる人たちが少なからずいることも事実です。高校野球にはそれだけの魅力があるからです。私も純粋に「高校野球っていいなぁ」と思います。

 

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平和だからこその野球

 戦争の時、大災害の時、野球はできません。試合に勝つ、負ける、よりも、野球ができる、ことのほうが意味が大きくなる場合があります。戦後最初の高校野球で、負けたチームの選手が、相手選手に対して惜しみないエールを送ったというエピソードを紹介しました。

 

 生きて野球ができる喜びにあふれていた球児たちにとって、またそれを見て大歓声を送った人たちにとって、野球とは平和そのものだったのだろうと思います。当時を振り返った方の「負けて悔しいという問題じゃない。好きな野球ができて、幸せだった」という言葉が、私の胸を打ちました。

 

 戦時中、「なんの役にも立たない遊び」と非難された野球だからこそ、戦後多くの方の思いを集めたのかもしれません。

 8月は・・・戦争と平和について考える月です。私もこの季節が来た時は、戦争によって奪われた野球と、野球によってかみしめられる平和の尊さについて考えてみたいと思います。

 

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■ コメント(10)
  • スミ

    2018年08月01日 23時13分

    ヒストリアの、さきほどの、井上さんの、最後の詩の朗読に、涙でました

  • ぶるちゃん

    2018年08月01日 23時39分

    野球が出来る時代は幸せですよね。野球だけではなく、スポーツが出来る時代は幸せです。戦争で死んでいった人達のお陰で平和な時代にいる。それは幸せな事だと改めて感じますし、戦死してしまった人に敬意を表したいと思います。
    草薙球場には沢村賞の沢村栄治投手の銅像があります。彼もプロ野球の投手でありながら、戦争に駆り出された一人で、手榴弾を投げて肩を壊してしまったと番組で見ました。引退後に戦死してしまったようです。
    今では考えられないことが起こっていたんですね。番組内のエピソードも含め、悲惨な出来事にとても心が痛みました。
    うちの母が、戦死した人が今のコギャルみたら泣くぞ!なんて真面目な顔で昔言っていました(笑)平和なのはいいですが、平和ボケはいけないと考えさせられました。。

  • 八束 磨里

    2018年08月02日 00時32分

    こんばんは。終戦と、先の大戦がクロスオーバーする気がして、涙もろい私は多分……と、思ったらやっぱり(涙)(涙)でした。平和というものは、本当に尊いもの、ですね。戦時下で、役に立たないと中止させられるなんて、当時の学生にすれば、理不尽極まりなかったろうと思います。
    それ故に、戦後初の大会で完全燃焼し、野球ができることの幸せを、精一杯かみしめたであろう球児たちは、とにかく勝っても負けても、嬉しかった……。少しニュアンスは違うかも知れませんが、『治に居て乱を忘れじ』を、思われたかも……。
    私は弱い人なので(笑)、負けてる方を応援しちゃう癖があるというか……。今日京都の帰りに、昔見たある試合で、大差のコールド負けを喫した学校のことを思い出していました。悔恨の情も出さず、『闘志の土』を袋に入れて、また来ます……と去って行った彼等。私も、そんな風にありたい、と思い……ながらも、ドラゴンズは弱いですわね……(苦笑)。

  • ピピ

    2018年08月02日 19時10分

    高校野球は勝っても負けても爽やかで感動しますよね。負けた球児が号泣しているのを見ると、ついもらい泣きしてしまいます。
     太平洋戦争とか日中戦争と聞くと、つい目を背けてしまいがちですが、高校野球を通して戦争と平和について考えることができて良かったです。

  • makowara2

    2018年08月03日 00時18分

    シンプルなコメントですね。そしてその通りだと思います。餓死する人も少なくない時代。畦の道草をどちらが食べるか喧嘩までしたなんて時代に見知らぬ球児に食べ物をあげる人々。負けても命をとられず、健闘を称えあう。平和こそ尊い。なんかほろっ、としてしまいました。サッカーワールドカップで全力で闘って惜敗する、でも潔く負ける。プロなんだから勝つべきと思うべきなのか。穢れを知らぬ?高校球児だから負けても潔くか。その答えは人の数だけあるのでしょう。以前ニュース7で野球のを聞いたとき、白球が飛んだかのように跡を追って思わず立ち上がりました。生放送ではなかったですが。天分がありますよ、アナウンサーの。

  • のり

    2018年08月04日 12時38分

    こんにちは、毎回楽しく拝見しています。いや~、今回もめちゃめちゃ良かったです!『高校野球秘話ヒストリア』ありがとうございました。歴史好きで高校野球ファンの私にはたまらない贅沢な内容でした。本放送と再放送を2回ともかじりつきで鑑賞し、2回とも涙してしまいました…。
    100回という長い歴史の中で、戦時中に中止期間があったことは知っていましたが、その中で数々の隠れたエピソードがあったことは知りませんでした。あの沢村栄治のように、阿部正投手もまた戦争の犠牲になってしまったことは本当に残念に思いました。その他にも、多くの大変貴重な逸材たちが戦争の犠牲で失われたことは、今考えても心底悔しくてたまりません!!
    私が高校野球を好きな理由は、野球そのものが好きであることはもちろんですが、それ以上に高校野球全体の持つ雰囲気が好きだからです。一生懸命プレーする選手たち、大会を支える関係者や高校生の方々、スタンドで応援する応援団のみなさん、温かい声援や惜しみない拍手を贈る観客のみなさん、そして、球場には足を運べないけれど、テレビやラジオの前で球児たちを見守る全国の高校野球ファンのみなさん。これら全てが一体となって大会を作り上げている雰囲気が、何か人間本来の持つ素晴らしさを思い出させてくれるようで、たまらなく魂を揺さぶられるとともに、背筋がピンと伸び、そして心が癒やされます。息子のために大切な琴を売ってグローブを買った母親、自分の食べる分を我慢してまで球児たちに食べ物を差し出した方々。これらもまさにそういった、「人を思う心」から生まれた行動だと思います。
    『アウトだろうがセーフだろうが、そんなことはどうでもいい。野球ができることが幸せだった』として、勝った相手投手をたたえた石原投手も素晴らしいですね。スポーツの良さを思い出させてくれます。高校野球が戦後の人々の希望になったということをたくさん感じることができました。
    ただ一方で、番組では取り上げられていませんでしたが、高校野球が「戦意高揚」のために使われたこともありました。1942年に行われた大会は、朝日新聞社ではなく文部省や軍の主導で行われたためカウントされず、「幻の大会」と言われています。ルールも「デッドボールは避けてはいけない」などめちゃくちゃなものでした。優勝した徳島商の選手にも笑顔はなく、バックスクリーンには「勝って兜の緒をしめよ!」など掲げられていました。こういったことを考えると、なおさら今こうして平和に野球ができることは幸せなのだなあと感じます。

    明日からいよいよ第100回大会の高校野球が始まります。
    ただ、「本当は101回大会なのだ」ということを心の片隅に置きながら、私は観戦したいと思います…。

  • 新田

    2018年08月07日 12時42分

    戦後高校野球が復活し、野球ができる幸せを噛みしめている高校生の姿に胸が熱くなりました。しかし、沖縄から来た選手達は砂を持ち帰る事ができなかったと言う、まだ戦争を引きずっていた事実も伝えて欲しかったです。

  • 浦川清一

    2018年08月10日 10時11分

    まさか出身校の関中野球部(現一関一高野球部)がepisode1で取り上げられるとは思ってませんでした。出ていた田村さんは3年先輩で近所でしたのでキャッチボールとかノックをしてもらいました。当時父は一関中学の教師をしてましたので、暑い中寄付集めに奔走していた記憶があります。今と違ってあの時代ですから寄付集めはものすごく大変だったのではと思います。
     あと番組では触れられていませんでしたが、初戦で負けたので集めて持参したお米を対戦相手の鹿児島商業に頑張ってほしいと贈ったということがありました。野球部OBのひとがそのことを伏せていて、しばらくして鹿児島商業のOBからお礼を言われてわかったと聞いてます。
    昭和50年8月15日甲子園大会の際NHKテレビで紹介されました。あの時の全国大会にこそ
    平和の原点、高校野球の初心があったと思うと1年先輩の作家及川和男さんが書いてます。

  • 四国犬

    2018年08月10日 11時18分

    井上あさひ様

    "8月15日のプレーボール 高校野球 戦火の中の青春"拝見しました。
    母親が嫁入り道具のお箏を闇市に売るエピソードは感慨深いものがあり、
    息子への愛の為であるとは言え私的にはどちらかと言うとNGでモヤモヤしました。
    しかし、それも吹き飛びました!
    エンディングのあさひさんの阿久悠さんの詩の身魂の朗読、感涙にむせびました!今回のタイトルと繋がりましたね。

  • 2018年08月14日 01時09分

    高校野球も今年で100年目
    だけど、
    宝塚歌劇団や
    日本(徳島)にベートーベンの第九が、
    伝わって100年目です。
    歴史ヒストリアで放送できるくらいのこと
    だと思うので、
    リクエストだけでもしたいです。