歴史秘話ヒストリア

2018年05月23日 (水)

【井上あさひ】愛され実業家 五代友厚

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 幕末の薩摩藩といえば、真っ先に西郷隆盛や大久保利通を思い浮かべる方も多いと思いますが、今夜のヒストリアは薩摩から生まれたもう一人の逸材・五代友厚でした。“朝ドラ”でも一躍人気を集めた五代ですが、そのスマートなイメージだけでない別の一面を知ることができて、いっそう魅力を感じられたのは私だけでないのでは…?

 

 語学が堪能で役人としても実業家としても超一流、しかも情に厚くて多くの人から慕われた五代。穏やかで、知的で、多くの人をまとめあげる姿は、今考えてもカッコイイですが、当時の人にしてみたら、とてつもなく魅力的なリーダーに見えたことでしょう。そんな一見完ぺきな五代にも、過去には大変な失敗があるし、人を支えるだけでなく支えられてきた部分もありました。そういう人間的な所も含めて、五代の人物像がより立体的に豊かに感じられたのが今回のヒストリアだったと思います。

 

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 事業家ならば利益を出さなければなりませんが、五代はその中で豊かな人間関係も築き上げています。もめごとや競争だけではいけない、しっかり協力もし合って大阪を大きく発展させようという五代の思いは、大阪商人たちにもちゃんと伝わっていきました。そして商人たちも互いに競い、磨き合うことで活気が生まれ、現代の大阪につながる礎がつくられた―このように人々をめざすべき方向へ引っ張っていける五代の人間力は、けっして西郷や大久保にもひけをとりません。

 

 一方、仕事ができて誰からも愛されるりっぱな「五代さま」の陰で、奥様が懸命に支えられていたことも忘れられません。昼も夜も東奔西走の五代の妻として生きることは、どれほど大変だったでしょう。しかも、ケタはずれな「世話焼き」の五代のことですから、表には出ない、考えられないさまざまなご苦労もずいぶんあったと思います…。

 

 五代が49歳で亡くなると、その死を悼む人々の列は4㎞にもなり、大阪の都市機能がストップするほどだったとか。その光景をご覧になったご家族の方々が何を思われたのかわかりませんが、きっと「大大阪」の恩人となった五代を心底誇りに思われたのではないか、と想像しています。私も出張でよく大阪にうかがいますが、この大阪が今あるのも、五代がいたからかも…と思うと、100年以上前のことでもちょっぴり身近に感じられますよね。愛され実業家・五代友厚は、現代でもやはり愛されている、そんな気がしています。

 

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■ コメント(4)
  • 八束 磨里

    2018年05月24日 00時17分

    こんばんは。何だか……、関西への里心を呼び起こされてしまった気分かも知れません。大証、大阪商工会議所の生みの親……。五代友厚氏というと、まずそう思っておりました。大大阪、日本の商都という、あの街の佳き姿を、佳き人心を文化にした要人。その人が、西郷どんや大久保さと共に、近代日本の黎明を担っていた、しかも豪腕が仇となり、一度は失脚寸前に陥るも、盟友のおかげで立ち直れたというの、薩摩の偉人ならではかも知れませんね。
    でも……、奥様は大変だったかも。それ故、彼の晩年は、画を教えて寄り添いながら、緩やかに手綱を引いていらっしゃった、のかしら?
    学生時代は、しばしば上六辺りから、法円坂の難波宮にBKの側を通って、天満橋付近より土佐堀通りに抜け、北浜の大証前を眺めて中之島を越えて梅田……という、お散歩ルートをおバカにも歩いておりました。そんな昔の大阪を回顧しつつ、拝見した次第です。

  • ぶるちゃん

    2018年05月25日 00時25分

    五代友厚はイケメンでエリートなんですね。羨ましい限りです。失敗してしまった五代友厚ですが、小松帯刀の手紙で立ち直りました。島津久光は以前にも出てきました。確かキレ者でしたが、多少冷酷なところもある人でした。まぁその久光が惜しい人物と評したのだから、謝罪兼提案文は大したものだったのですね。
    日本が侵略されなかったのは運がよかっただけかもしれないと言われた事がありました。五代友厚と諸外国の交渉があったから、侵略されなかった、、、というのも一つあるだろうと今回感じました。
    硬貨を統一化したり、商工会議所などを建てて、泥沼の大阪を立て直すという。見事の一言ですね。また、明治政府の危機に、関係者を集めて、蟠りを解いてしまう辺り、人間同士の交渉を得意としていた五代友厚らしいです。
    女房さんは大変ですよね。いくら小松帯刀の親族だからって。。文句を言わず?五代友厚を支えた奥さんはえらい!
    重い糖尿病の時も・・・。
    五代友厚は現代の大阪の人々にも愛されているんですね!大阪いや日本の発展に尽力した薩摩藩士さんに感謝です。。

  • 歴史の旅人

    2018年05月26日 12時58分

    今回の五代さん、放送では実業家となっておりましたが、経済財政のテクノクラートですね。役人として大阪に赴任すれば、どうしても中央政府の、規制がありますから自由に行動力を発揮できないので役人を辞めて民間人として、大阪経済の再生発展のプランナーになったのでしょう。また、この男なら大阪をたち直せる、大阪の再生なくして、日本の経済的な発展はないと判断して送った大久保利通の政治家として判断、洞察力も凄い、政治家としてリアリストに徹した大久保利通、政治より人間をえらんだ西郷、どちらも大切にした五代さん 、三者三様の生き様其々魅力的ですね。またその三人を、重用し育てた斉彬久光も凄い。これから大河も佳境にむかってきますが、これから登場する人達と深く関わりのある人物を取り上げて欲しいですね。幕府側の人物も。。。慶喜、勝海舟、榎本だけではありませんからね。歴史の旅人となっていろんな時代に行きたいと思う時がありますが、あさひさんはありますか?あるとしたら、どの時代?。。因みに私は明智光秀の本能寺の変に至る一日ですね

  • 井上あさり

    2018年05月28日 08時57分

    あさひさん、こんにちは。

     まず今回の目から鱗は、五代が薩摩藩政で重要なポジションにいた事&小松帯刀と盟友であったことです。五代も陰ながら明治維新に貢献していたのですね。
     ヒストリアで紹介された五代のエピソード、ほのぼのとさせられました。ただ、彼のお人よしの性格は、番組が紹介した以上に奥さんにとってはストレスだったでしょうね。自分の家族に五代のような人物がいたら・・・・やはり気苦労の連続でしょうか。
     番組の最後に紹介された御子孫のロケット開発のエピソードも感動的でした。友厚の人を引き付ける能力はDNAに着実の引き継がれていたのだと。
     番組終了全後での五代のイメージはそれほど変わらなかったのですが、あさひさんはどうですか?女性の観点から見た五代のヒストリーと、男性が感じるの五代のイメージとは違うのではと個人的には思うのですが・・・