歴史秘話ヒストリア

2016年10月07日 (金)

今回のヒストリビア:「"日本語"を切り開いた"マンネン"な人びと」 

 ヒストリビア“001”です。番組でご覧いただいたように、日本では江戸時代の終わりまで長らく“日本語”が無く、無数の“お国言葉”“階層・職業等で異なる言葉”がある状態でした。そこに、明治近代化の激流に押されながらとはいえ、短期間で全国共通のひとつの言葉―「標準語」をつくろうという試み、それはそれは大変なコトだったと思います。

 

 これに重要な役割を果たしたのが、やはり番組に出てきた言語学者・上田万年(うえだかずとし)、マンネン先生でした。徳川御三家・尾張藩(名古屋)の武士の家に生まれましたが、江戸詰め=東京常駐の藩士だったため、マンネン先生自身は東京育ち。日本における「博言学」、今の言語学を確立すべくヨーロッパに留学派遣され、帰国後は東京帝国大学教授となり、文部省における国語政策の重職を歴任…とくると、いかにも日本語近代化、標準語推進派の首領(ドン)という感じですが、マンネン先生のもう一面として、きわめて多くの、多彩な知己、弟子がいたということがあります。

 

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 まずは、国語の名探偵?日本を代表する言語研究家の金田一京助(石川啄木回でもチョコっと出てきました)。今回は孫の金田一秀穂先生にご出演いただきましたが、金田一は帝大言語学科でマンネン先生の生徒でした。学科の遠足や宴会などで何かと幹事になってしまったそうですが、いつもマンネン先生は、会費の足しにと、今で何万円ものポケットマネーを出してくれて、それでも足りないとさらに出してくれたとか。夜、自宅を訪ねるとビールや鮭(?)をご馳走してくれて遅くまで引き止められた、と懐かしそうに語っています。

 

 マンネン先生の弟子といえばこの人も欠かせません。新村 出(しんむらいずる)。私たちにとってもっとも身近な新村さんの仕事は国語辞典「広辞苑」。NHKでも頻用しているこの大著の草創の編著者が新村です。この新村が言語研究を本格的に志したのは、高校生の頃マンネン先生の講演「言語学者としての新井白石」を聞いた時だったと回顧しています。帝大時代はノートに先生の写真の切り抜きを貼っていたという心酔ぶりでした。

 

〽折角たのしい此の世の中を 堅い理屈で無が無にきざむ 野暮ぢゃ先生 ちょと振り向いて こちらの花をも見やしゃんせ 

 

 先生がよくうなっていたこの都々逸(どどいつ:くだけた節回しの短い歌)が新村には強く印象に残っていたそうです。

 

 とにかくマンネン先生の感化を受けた言語学者のタマゴたちは、その後おのおのが極める言葉の分野の“泰斗”となっていきます。琉球語の伊波普猷(いは ふゆう)、ロシア語の八杉貞利(やすぎさだとし)、中国語の後藤朝太郎(あさたろう)、朝鮮語の金沢庄三郎(かなざわしょうざぶろう)・小倉進平(おぐらしんぺい)、満州語研究の藤岡勝二(かつじ)、古い日本の言葉の音韻(読み方)を追究した橋本進吉(しんきち)、マンネン先生の後継的役割を担い現代の当用漢字・現代かなづかいにつながる国語政策に尽力した保科孝一(ほしなこういいち)…これでもまだ一部です。

 

 最初に紹介した金田一京助の専門、というより金田一が学問として創始したのはアイヌ語・文学の研究です。しかしそれを勧めたのは、実はマンネン先生でした。標準語に力を注いだ東京っ子マンネン先生ですが、その姿勢は他の言語を排除したり、黙殺したりするものではありません。日本語研究のためには諸言語の研究が必要という持論のもと、若き才能を見出してそれを託したのです。それが“日本語”ひいては“ことば”を広くひもとき、より良くしてゆこうとする一大研究群をつくり多くの花を開かせた、といえると思います。

 

 日本の言語に多くの人材をつないだマンネン先生ゆかりの人として、もうひとり触れておかなくてはなりません。それは先生の2番目の娘さんである円地文子です。戦後活躍した小説家・劇作家で「源氏物語」の現代語訳者として与謝野晶子、谷崎潤一郎とならぶ格調高い名訳を世に送りました。マンネン先生、実は元々演劇学志望だったそうで、そうした部分が円地源氏を産む源になった、というと強弁に過ぎるでしょうか?

 

 ちなみに、いちばん上の娘さんは“宇野千代子”さん。えっ「生きて行く私」の作家 宇野千代?円地文子と宇野千代って姉妹だったの!?とここ最近でいちばん驚倒しましたが、調べるとやはり“千代子”さんであってまったくの別人でした。千代子さんいわく、マンネン先生は家では、書斎での読書も執筆も見たことがなく学者っぽくない人、女性を非常に大事にしてくれる人、だったそうです。

■ コメント(3)
  • アベタク

    2016年10月07日 20時51分

    今日のヒストリアを見て、現代日本語の成り立ちに素直に感動しました。私は生まれが千葉県でなんの疑問もなく標準語を話していましたが、「なぜ東京弁が標準語なの?地方は標準ではないということか?」と10年も疑問をいだいていました。しかし、今日の放送を見て、東京で話されていたことがそのまま標準語ではなく、万年先生の努力で「日本全国で誰にでも通じる日本語」が普及していったんだと考えると、疑問も吹き飛びました。
    まさに目からウロコが落ちた回でした。

    万年先生がいなかったら、現代日本語はどうなったんでしょうね。
    明治にローマ字化計画が実現しなくても、戦後GHQのローマ字化計画が押し通されていたのかもしれないですね。

    それはそうと厚切りジェイソンさんに「かみしめる」の意味を説明したのでしょうか。ジェイソンさんがわかってくれたのかも楽しみですね。

  • さつきの風

    2016年10月11日 01時54分

    標準語は、おかあさんが始まりとは知りません出した。確かに優しく、気品のある言葉ですね。いまだに、広島を しろしま と発声する私は、小学校の国語先生に発音を何度も直されたのを覚えています。英語教育も国際化に必要ですが、標準語の教育は、今日でも重要性は変わらないと思いました。

  • 崎山言世

    2016年11月22日 21時22分

    ローマ字化英語化のあたりの展開がたいへん面白かったです。『日本語を作った男』の著者山口謠司さんがコメンテーターとして登場したあたりが種明かしっぽくて……ん……。特に最後に唱歌「春の小川」が登場する場面。万年さんが文部省の作詞委員というのは厳密にいうと史実と違うと思いますが、許容範囲ですね。そこで出てくる山口謠司さんのコメントがちょっとハラハラしました、かつてご自身が不安視されていた領域なので。でもこれならとりあえずOKです。唱歌まで取り上げるのならほんらいは盟友芳賀矢一先生が出てこないとしっくりこないと思います。いずれにしても『辞書になった男』よりは無理がなく楽しめる番組でした。