歴史秘話ヒストリア

2016年09月16日 (金)

今回のヒストリビア:「その芳醇なる香りよ、陶酔せん程の甘さよ。」

 たぐいまれな才能を持ちながら、その内面は幼く、弱い面が多分にあった石川啄木。愛妻 節子さんと娘の京子ちゃんをほったらかしにしての美酒美食にもずいぶん溺れたと思います。が、世を去るまぎわ、口にしたのは節子さんが食べさせる“イチゴジャム”でした。

 

『何とかして生きたいと云ふ念は充分ありました。いちごのヂャムを食べましてねー、あまりあまいから田舎に住んで自分で作てもつとよくこしらへようね等と云ひますのでこう云ふ事を云はれますとたゞ(ただ)たゞ私なき(泣き)なき致しましたよ』(節子の手紙)

 

 私001の私的感想ですが、イチゴの、それもジャムってこれだけお菓子類にあふれる現代に食べても、自然の果実由来というより、入念に作り込まれた香り、甘さの食べ物という感じがずっとしていました。江戸時代が終わってすぐの明治の人たちがコレに遭遇したら、その芳香と甘美さに即座にKOされたと思うのです。pan_logo.jpg

001は、親が好きだったものでトーストではよくバターの上にジャムを塗って食べてました。食べながら、金持ち食いだなーって思ってました。

 

 

ジャム製造食品メーカーによると、ジャムの起源は1万年あまり前の旧石器時代(!)

ハチミツで果実を煮たものが始まりとか。さらに、砂糖の発明でジャムは世に広まるようになりました。あの予言者ノストラダムスもジャムの作り方の本を出したりしています(ちょっと横道にそれますが、ノストラダムスは貧しい人たちのために砂糖を使わないジャムを考えたって中学生のころテレビで見た気がするんですが、各種資料ではむしろ砂糖を大量に用いたジャムの製法を記す、とあります。ここらへんの事情におくわしい方、ぜひご教示ください)。

 

日本にもたらされたのは戦国時代の終わりともいわれています。輸入が本格化したのは明治時代。国産も開始されますが、やはり輸入物がほとんどだったようです。啄木が亡くなった時期よりちょっと前には、東京のパン販売 中村屋で“御飯に味噌汁、パンにジャム”の宣伝文句でジャムの量り売りが始まっています。その同じころ発表され、明治のジャム(?)といったらよく引用されるのがこちらの小説、

 

『「<略>御食べになつたり、ジヤムを御舐め(おなめ)になるものですから」「元来ジヤムを何缶舐めたのかい」「今月は八つ入(い)りましたよ」「八つ?そんなに舐めた覚えはない」』(夏目漱石「吾輩ハ猫デアル」)

 

 あくまで小説中の登場人物・苦沙弥センセイの嗜好ではありますが、食い意地の張った、特に甘味が大好きだった漱石もジャム好きだったに相違ないと考えられています(同じく食いしん坊の悪友 正岡子規もそうだったかも…)。漱石のジャムとの出会いは、英国ロンドン留学時との推測もあります。異国の都で苦悩しノイローゼになっていた漱石にとって、ジャムの味が数少ない慰めであり、そのことで自身の初めての小説にも小道具として織り込んだ―なんて想像もしてしまいます。文学者たちの生命や精神の危機の時、ジャムの甘い甘い味は弱り切った心にちょうど沁みるものだったのかもしれません。

 

 昭和になってしまいますが、近代日本人のジャム観をもう一つ。山本有三の小説「路傍の石」より、社会の理不尽に苦しみながらも進んでいく主人公の少年とジャムとの一節です。

『「この中にはいっているあんこみたいなものは、なんですか。」

「それかい。それ、ジャムだよ。」

「へえ、ジャムってんですか。うまくって、舌がとけちゃいそうですね。」

<略>暗いへやの中で、ジャムをなめていたら、ある時、ふいに目がしらがあつくなってきた。』

■ コメント(6)
  • アベタク

    2016年09月16日 20時50分

    あさひさん こんばんは。
    今日の啄木回のあさひさんのナレーション、とてもドラマにあっていました。
    溝端さんや川島さんの熱演もありますが、きょうはあさひさんのナレーションに引きこまれました。

    あさひさん、始めの頃は探り探りだった感がありますが、もうわたなべさんに負けないヒストリアの案内人ですね。
    これからも楽しみにしています!

  • たにちゃん

    2016年09月16日 21時20分

    今日放送の石川啄木と妻・節子の物語、溝端淳平さんと川島海荷さんの熱演とそして、今まであまり知らなかった石川啄木という人物へのアプローチ、とても楽しく、興味深く、拝見しました!
    あさひさんの石川啄木にまつわる記念館などの紹介と、ドラマのお二人のお芝居がリンクして、あの詩には、こんな気持ちがあったのか!とよりわかりやすかったです!

    石川啄木の傲慢ぶり、ろくでなしっぷりを淳平君がしっかりと演じられているのですが、でも、詩を詠む声がとても素敵で、そこのギャップに、ドキドキしてしまいました!
    来週の再放送が大相撲でないのが残念です!
    また、再放送もあるといいのですが、、。

  • ひなノミクス

    2016年09月17日 20時53分

    あさひさん。毎回楽しみに見ています。今回の啄木記念館での笑顔がとても素敵でした!ほのぼのしてきます~

  • さつきの風

    2016年09月18日 11時42分

    苺ジャムは、私が年に二三回作ります。ジャム専用のホーロー鍋に苺を入れ、砂糖をいれ、一晩置いて、煮詰め、シナモン、レモンを最後に入れて終わりです。大変なのは、鍋から目を離せないことです。砂糖の量で色々な味わいのジャムができます。昔、子供の頃母から教えてもらった料理の一つで、苺ジャムを作る時、亡くなった母のことがふと思い出されます。

  • 呉下阿蒙

    2016年09月24日 16時52分

     石川啄木、嫌いになっちゃいます。海荷さんをあんな目に!でも24までしか生きられないと、もし本人が分かっていたとしたら、もっと作品を残して行ったのではないかと。そう思うと残念でなりません。
     それはそうとジャム、缶詰で2、3個空けて食べる位好きですよね。漱石さん。家定もお菓子作りが好きだったと伝わっています。
     所でいよいよその漱石ドラマが始まりますね。「なかねきょうこ」さんと「よしねきょうこ」さん、どことなく音の並びが似ていますね。その中根鏡子を演じるのはカーネーションの糸子さんこと、尾野さん。そして夏目漱石と正岡子規とは同じ帝大の英文と国文で同期、後に松山で一時期を過ごしていた事もあったようですね。そしてその正岡子規の妹さんである律さんを、ドラマ「坂の上の雲」で演じていたのは…(*^_^*)
     べっぴんさん、のお母さん、菅野さんですね。糸が繋がっていらっしゃいますね。

  • 門田順史

    2016年10月30日 19時08分

    文中に「江戸時代が終わってからすぐの明治の人たちがコレに遭遇したら、その芳香と甘美さに即座にKOされたと思うのです。」

    と、ありますが・・・・・

    当方はあさひさんに即座にKOされました。