2020年12月21日 (月)
大阪発 "生きる教育"
かつて多いときで年間100件を超えていた子どもどうしの暴力が激減し、学力も向上したことで、全国から注目を集めている小学校が大阪市にあります。
行われているのは「生きる教育」という独自の授業で、「自分の心と体」そして「人とのつながり方」を中心に教えています。
子どもたちがどのように変わったのかを取材するため、学校を訪ねました。
(大阪放送局 泉谷圭保)
■生野南小学校オリジナル“生きる教育”
秋の初め、大阪市生野(いくの)区にある生野南小学校を訪ねると、この日は5年生への「生きる教育」が行われていました。
テーマは「人を支配する言動を受けたときにどうすればよいか」。
架空のカップルの「問題のある会話」を題材に、どう対応すればいいかを話し合います。
先生:スマホのメッセージで即座に返事を求められたらどうする?
児童:「怖い!相手の気持ち考えて」
先生:ほかの男としゃべるな!って言われたら「分かった」と言う?
児童たち:「言わない」
授業では現実に起きうる場面を想定して、人を支配する態度は許されないこと。
嫌なことは嫌と言い、周りに助けを求める大切さを学びます。
この「生きる教育」の柱となっているのは「自分の心と体を大切にすること」そして「人とのつながり方」です。
■“自分は大切な存在”と気づいてほしい
大阪市立生野南小学校 木村 幹彦 校長
なぜこのような教育を始めたのか。
生野南小学校の木村幹彦校長が語ったのは、かつて学校で相次いだ子どもどうしの暴力についでです。
10年前の平成22年度には学校内で子どもの暴力が104件に上っていました。
「胸ぐらをつかまれ 壁に頭を打ちつけられた」
「シャープペンシルで刺された」
(生野南小学校 平成22年度の記録より)
当時は教員の目の前で子どもが暴力を振るう状態で、中学校で生徒指導の経験が豊富だった木村校長も驚くほどでした。
中には赴任して1週間で教員がやめたケースもあったということです。
こうした子どもたちの中に、脈絡なしに突然暴れて激しい暴力を振るう1人の男子児童がいました。
生野南小学校 木村 幹彦 校長:
「コンパスやはさみのような先のとがったものを人に向けて投げてしまったり、これ以上はやめておこうというような心のブレーキがきかないんです。まだ10歳ちょっとの子どもですよ。何がこの子をここまでさせるのか。一体今までどんな目に遭ってきたんだろうと」
小野 太恵子 教諭
当時、この児童を担任した小野太恵子教諭は、どう接すれば心を開いてくれるのか、これまでの経験が全く通用せずに悩んだと振り返ります。
「これまでずっと周りから否定され続けてきたのかなと。自分を認めてほしいというか、生きている価値を問うていたのかもしれない。生きづらさ、どうせ自分なんて、というような思いをこの子の態度から感じました」
その後、小野先生は男の子が親からの虐待を受け心に深い傷を負っていたことを知ります。
心と体を大切にされたことがない子どもに、暴力を振るうなと言うだけでは通じない。
自分が大切な存在だと思える気持ちをもってもらうことから始めようと考えました。
そこで、小野先生たちが考案したのが「生きる教育」でした。
発達段階に応じた6年間の教育プログラムで、まず1年生には自分の「からだ」に着目してもらい、プライベートゾーンを人に見せないことを教えます。
その後、2年生で「人とのちょうどよい距離」とは何か、3年生では「社会で守られるべき子どもの権利」。そして、4年生では「生い立ちと将来の夢」を互いに話し合うようにしました。4年間かけて「自分を大切にする視点」を養うのがねらいです。
そして、高学年では「他人との関係」を学びます。親しい関係が時に支配に変わる危うさを見抜いたうえで、互いを尊重しながら「つながる力」をつけるためです。
「生きる教育」では、こうした内容を受け身ではなく、子どもどうしの対話を重視しながら重ねていくようにしました。
小野 太恵子 教諭:
「悩みを抱えている子が、友達にぽろっと話せるようになるには、話をしっかり聞くことができる聞き手を育てないと話せないと思うんです。だから、周りにも知識を持たせないといけないなと考えました」
平成27年に「生きる教育」を導入してから6年。
当初は、校内での暴力で年間30件ほど子どもが病院に行くケースがありましたが、令和元年度、初めてゼロになりました。
代わって増えたのが、子どもたちが自分の生い立ちや心の傷について互いに打ち明ける姿でした。
加えて変化が現れたのが学力です。昨年度の全国学力学習状況調査で、初めて国語と算数の点数が全国平均を上回りました。
■人でついた心の傷、癒やすのも人
11月、全国から視察が訪れる中、6年生最後の「生きる教育」が行われました。
この日のテーマは「心の傷について」です。
小野先生は、命の危険に関わるような心の傷「トラウマ」について取り上げ、暴力的な犯罪などの被害に遭うと自分の力では癒やせない深い心の傷ができることを説明しました。
子どもたちは、「暴力的な犯罪の被害」「親からの暴言暴力」「いじめ」などの出来事が、どれくらいの深さで心に傷を負わせるのかをグループごとに検討。そのうえで、深い傷を受けた人に自分なら何ができるか、一人一人考えて発表しました。
児童:「自分を追い込まない」
児童:「友達と関係を築いて、いつでも助けてもらえるようにする」
授業の最後、小野先生はいちばん伝えたかった思いを言葉にしました。
心を傷つけるのは「人」、その傷を癒やすのもまた「人」だということでした。
「人は人で傷つくけど人で癒やされる。だからつながることを恐れないで」
「生きる教育」を1年生から受けてきた初めての学年であることしの6年生たち。
小野先生の言葉をかみしめるようにゆっくりとうなずいていました。
6年間を振り返ってどう感じたかを聞いてみると、こんな思いを語ってくれました。
6年生女子児童:
「授業を受ける前は自分の気持ちを打ち明けることが大変だった。私には無理だと、自分を追い込んでしまっていたけど、やっぱり打ち明けるってすごいいいことだなと思いました」
6年生男子児童:
「クラスの仲間には親に話せないこととかをいっぱい言える。そういう関係になれて良かった。みんなが落ち込んでいたら支えられる人になりたい」。
生野南小学校は近隣の中学校とも連携を進めていて、今年度初めて中学生向けの授業が行われ、小中一貫9年分のカリキュラムが完成しました。
こうした動きに国も注目しています。子どもを性暴力などから守るための新たな教育を来年度から全国で段階的に導入するにあたり「生きる教育」の一部を取り入れる方向で検討が進んでいるのです。
先の見えない今の時代、心に傷を抱えることはいつ自分事になってもおかしくありません。
自分の存在を受け入れ、周りと思いを分かち合いながら「つながり」の中で生きる力を育もうという「生きる教育」。
励ましに満ちたその教えには普遍的な力を感じました。
小野 太恵子 教諭:
「子どもたちには人とつながる力、人を思う力、助けてもらう力、助ける力をつけて、今を幸せに生きてほしいです。今が幸せに変化して、過去と未来も変わっていけばいいかなと思います」
かんさい深掘り
ニュースほっと関西 特集・リポート
ほっと関西ブログ
関西 NEWS WEB
京都 NEWS WEB
兵庫 NEWS WEB
和歌山 NEWS WEB
滋賀 NEWS WEB
奈良 NEWS WEB