2021年07月07日 (水)
虎番のつぶやき ~ "変則ピッチャー"の誇りを胸に~
子どものころに憧れていた西武の松坂大輔投手のような「本格派」にはなれなかった。
それでも「人と違うことが取り柄」「自分だけの武器」と呼ぶ“変則フォーム”で、野球の日本代表に内定し、東京オリンピックで金メダルに挑むピッチャーがいます。
阪神の青柳晃洋投手(27)です。
(※記録は7月5日時点)
【“雨柳さん”が驚きの代表内定】
青柳投手は今シーズン、ここまでチームトップの7勝をあげ、防御率はリーグトップの2.02と、抜群の安定感でチームを支えています。
球界屈指の“雨男”で知られ、“雨柳さん”というニックネームで呼ばれるなど、ファンからも愛される選手です。
ただ、プロ6年目でふた桁勝利をマークしたことはなく、タイトルなどの実績もありません。
ほかの内定メンバーは、楽天の田中将大投手、ソフトバンクの千賀滉大投手など、そうそうたる面々で、実績や知名度で劣ると感じる青柳にとって驚きの代表内定でした。
<青柳晃洋投手>
「阪神ファンの中ではある程度、知名度はありましたけど、日本代表のピッチャー陣の中では、いちばん下だと思う。日本全国で見たら、ぼくなんかまだまだだなと。」
【武器は“クオータースロー”】
控えめなことばの一方で、「自分だけの武器」と自信を持つのが、“下手気味のサイドスロー”という自身の変則フォーム。
150キロ近いストレートやツーシームを独特の球筋で投げ込み、詰まらせて打ち取るピッチングが持ち味です。
青柳投手のフォームは「クオーター(4分の1)スロー」と呼ばれています。
オーバースローとサイドスローの中間から投げるのが「スリークオータ-(4分の3)」。
これに対し、サイドスローとアンダースローの中間から投げるということで、大学時代の友人に名付けられたそうです。
青柳投手自身は「ぼくは呼んだことはないです」と笑います。
「クオータースロー」が生まれたのは、野球を始めて間もない小学6年生。
地元、横浜高校卒のヒーロー、松坂大輔投手に憧れていた青柳少年がピッチャーとして練習を始めたときでした。
<青柳晃洋投手>
「野球を始めたころに松坂投手をずっと見ていたので、ぼくも上から思い切り、すごいボールを投げたかった。」
しかし、松坂のように投げようと思っても、なぜか腕が斜めから出てしまう。
理由も分からず、練習してもまったく直らなかったといいます。
それであればと、当時のコーチが教えてくれたのがサイドスロー。これが運命の瞬間となりました。
<青柳晃洋投手>
「1球目から今の投げ方のようにきれいにできました。中学生までは好きな投げ方ではなかったけど、サイドスローの中でも球速が出るほうだったので高校のころから通用するようになり、だんだん“嫌”から“自分だけの武器”に変わりました。」
【“魔球”との出会い】
“クオータースロー”をひっさげてプロ入りした青柳でしたが、先発の一角として初めて起用されたおととし、壁にぶつかりました。
右バッターは被打率1割台と抑え込んだ一方、左バッターには3割3分2厘と打ち込まれたのです。
一般的に右投げのサイドスローは、左バッターからボールの出どころが分かりやすく、タイミングが取りやすいと言われます。
その弱点につけ込むように、対戦相手が左バッターを9人そろえた試合もありました。
「このままでは先発ピッチャーとして1年間活躍することができない。」
青柳投手はこの年の秋のキャンプで臨時コーチとして来ていた山本昌氏に指導を仰ぎました。
「シンカーってどうやって投げるんですか。」
シンカーは、左バッターのアウトコースへ逃げる変化球。
青柳投手が試合で最も投げるツーシームも、同じような変化をしますが、シンカーはツーシームに比べて曲がり幅が大きく、球速も遅いため、緩急をつける効果がありました。
臨時コーチの山本氏から教わったのは2人のピッチャーのシンカーの握りでした。
ヤクルトの抑えとして活躍した高津臣吾さん、それに西武の黄金期を支えた潮崎哲也さん。
2人とも右の変則ピッチャーとして活躍し、“魔球” “伝家の宝刀”と呼ばれるシンカーでバッターを手玉に取りました。
握りを教わった青柳投手は、キャッチボールからシンカーを投げる感覚や体の使い方を意識するなど習得に励みました。
<青柳晃洋投手>
「ぼくとレベルが違いすぎるので、あそこまですごいシンカーには到達できてないけど、目標として頑張っています。本当にうまくいったときは左ピッチャーが投げるカーブくらいきれいに斜めに曲がります。」
【1つ秀でたものがあれば・・・】
山本氏に教わってから1年半、そのシンカーが今、効果を発揮しています。
コントロールが抜群に上がり、ストライクゾーンで勝負できるようになったこともあり、ツーシームにタイミングを合わせてくる左バッターに対して、シンカーでタイミングを外すシーンが増えました。
対戦成績にもはっきりと表れていて、今シーズンは左打者の被打率は2割1分2厘と大幅に向上しました。
日本代表監督の稲葉篤紀氏も変則フォームから投げるシンカーに期待しています。
「豪快に振ってくる外国のバッターにとっては、シンカーという特殊なボールは初見では打ちづらい。」
中学校では控えピッチャー。神奈川の川崎工科高校では甲子園の出場経験もなく、野球エリートだったわけではない。
そんな青柳投手が変則フォームを持ち味に日本代表でプレーすることを通じて伝えたいことがあるといいます。
<青柳晃洋投手>
「人と違うことが取り柄だし、1つでも秀でたものがあれば見てくれている人がいる。自分の得意なものをしっかり伸ばせば、大舞台まで来られるということを見てほしい。金メダルを取るために、与えられたポジションで全力で頑張りたい。」
(虎番記者:足立隆門)