

「残された十字架」(H24年 5月号)
先日、沖縄で最も古い歴史を持つ首里の教会の十字架を取材しました。この十字架は67年前の沖縄戦に巻き込まれ、ぼろぼろになりながらも残ったものです。
戦前から教会のすぐ隣に住んでいた比嘉文子さんは疎開先の熊本県から戻った後、自宅が焼け野原となった首里の様子を目の当たりにし、「何か悪い夢でも見ているような、見たこともないようなところに帰ってきたのだと感じた」と振り返っていました。可愛がってもらった教会関係者たちの多くも、本島南部に逃げる途中に亡くなったと聞いたそうです。
カメラの前で淡々と話しながらも、当時10歳の少女が感じた深い悲しみは、今も心の奥底に強く残ったままなのだと実感しました。
教会はその後新しく建て替えられましたが、戦火をくぐり抜けた十字架は今でも礼拝堂の片隅に残されています。沖縄戦から67年。記者として、改めて沖縄戦の実相と向き合い続けなければならないと強く感じました。
【記者 浜田朋】
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「ファインダーから見つめた40年」(H24年 4月号)
本土復帰40年の特集で、復帰前から40年以上、沖縄を撮り続けてきた報道カメラマンを取材しました。
新聞社のカメラマンだった國吉和夫さんは1970年に入社。まだフラッシの使い方もままならなかった新人時代、コザ事件に遭遇し、報道カメラマンとして基地問題を真正面から撮り続けていく覚悟を決めたといいます。
復帰当時に國吉さんが撮った1枚。それは、日本とアメリカの国旗の下にたたずむ一人の少年の写真でした。國吉さんは言います。「この旗のために翻弄されて来たのが我々であり、そういう写真を撮りたいと思った」と。
あれから40年。いまだに広大な基地が残る沖縄の姿をファインダー越しに見るたびに歯がゆさを感じるといいます。
私自身は、前任地の和歌山から赴任してきて半年が経ちました。國吉さんを含め、これまで先輩のカメラマンたちが映像や写真で記録してきた想いを胸に、真摯に沖縄の今を見つめ、記録していきたいと思います。
【記者 川阜h也】
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「壕に迫る劣化の危機」(H24年 3月号)
67年前、沖縄戦に巻き込まれた住民たちが逃げ込み、多くの方がその中で命を落とした壕。長い年月を経て壕にせまる劣化の問題を取材しました。
取材を通して見えてきたのは、壕が「戦争体験を継承するための貴重な場」として認識されている一方、「壕そのものをどう保存していくか」という視点が欠落しているという実態でした。ほとんどの壕は十分管理されておらず、劣化の状況把握すらされていません。
こうした状況に強い危機感を抱いているのが、壕での壮絶な戦争体験をもつ方々です。若い世代に戦争の記憶を伝えることのできる語り部が減る中、自分たちの体験を裏付ける壕という「物言わぬ語り部」に、歴史の継承という使命を託したいと考えているのです。取材した元ひめゆり学徒の宮城喜久子さんが語ってくれました。「人は消えても、物は残る」と。しかし、壕の劣化は、その「物」でさえ永遠の存在ではないという事実を示しています。
語り部の高齢化とともにすすむ壕の劣化は、「沖縄戦の悲劇と教訓をどう受け継いでいくか」という根本的な課題をつきつけているだけに、対策は待ったなしだと感じました。
【記者 西牟田慧】
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「復帰の原点を見つめる」(H24年 2月号)
本土復帰から40年の今年。1月から夕方のニュースで始まった特集のシリーズの1回目として、復帰運動に関わった青年団をテーマに選びました。
夏の風物詩エイサーの担い手として知られる沖縄の青年団は、戦後史の中で一大民衆運動とされる復帰運動の中心的な役割を果たしました。
リポートでは、その青年団活動を、残された資料と当事者たちの証言を集めている研究者の姿を追いました。「時代と真正面から向き合った青年たちを突き動かしていたものは何だったのか。復帰の原点とも言えるその思いを解き明かし、今の世代につなげることが自分の役割だ」と言う研究者。
その取材を通し、広大な米軍基地を残しながらの本土復帰への、若者たちの忸怩(じくじ)たる思い、そして、40年の節目に復帰当時の状況に光をあてることで見えてくる今の沖縄の姿があると感じました。
なぜ基地が集中しているのか、沖縄の振興は何を目指していくのか、40年後の今、真剣に考えていくための材料を提供していきたいと考えています。
復帰の原点を見つめるリポートの今後の放送にも是非、注目してください。
【記者 池島弘樹】
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「起訴をもたらした遺族の執念」(H24年 1月号)
去年1月、沖縄市で交通死亡事故を起こし不起訴となっていたアメリカ軍の軍属が、11月、事故から10か月以上がたって、起訴されました。
一転起訴となったのは、日米両政府が地位協定の運用改善で合意したのを受けたものでしたが、亡くなった会社員の母親や親友をはじめとする人たちの執念がもたらしたものでした。
無謀な運転で家族の命を奪った軍属を裁くことすらできないという理不尽な現実に対して異議申し立てをした母親の訴えが支援団体に引き継がれ、軍属の起訴と地位協定の改定を求める署名は、県内外から7万3千人を超えました。
日米両政府は、軍属が公務中に起こした事件事故のうち、死亡事故などの重大なケースについては実質的に日本側で裁判ができるよう、地位協定の運用を改善することで合意。那覇地方検察庁は起訴について「遺族の感情なども考慮し、このような決定に至ったことをうれしく思っている」という見解を示しました。
今回の運用改善が、一定の前進といえることは確かです。しかし、沖縄の民意が求めるのはあくまで“地位協定の抜本的な改定”です。改定にむけた議論が今後すすむのかどうか、注意深く見つめていきたいと思います。
【記者 西牟田慧】
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