大分県の戦争体験

太平洋戦争開戦から70年、大分県の戦争体験を語り継ぐためにこのサイトを開設しました。

大分県には、豊後水道を通過する艦艇の安全を確保するため、佐伯や宇佐に海軍航空基地があり、太平洋戦争末期の昭和20年4月には、宇佐基地から特攻機が出撃しました。また、基地と周辺の町は連合軍の空襲を何度も受けました。

また、大分市では、陸軍の48連隊と72連隊が編成され、大分出身の兵士たちは、満州や日中戦争、太平洋戦争の激戦地に送られ、南京攻略、武漢攻略、ノモンハン事件、ルソン島の戦いなどで、多くの兵士の命が失われています。

豊後水道に浮かぶ保戸島では、終戦間際の昭和20年7月、小学校(国民学校)が米艦載機の爆撃を受け、児童と教師合わせて127人が犠牲になる悲劇が起こりました。

このサイトでは、こうした戦争の体験をした方々の証言を聞くことができます。また、関連の番組も公開しています。

戦争の記憶を次の世代に伝えていくために、ぜひこのサイトをご活用ください。


保戸島国民学校(空襲前の姿)