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2020年1月20日(月)

震災遺児の25年 母の命日に生まれた娘と

阪神・淡路大震災から25年。400人以上の子どもが親を失ったとされています。
私たちはその中の1人、神戸市にお住まいの永尾奈津紀(ながお・なつき)さんを長年取材してきました。
奈津紀さんは、阪神・淡路大震災が起きた1月17日に母親を失い、その23年後の同じ日、長女、美月(みづき)ちゃんを授かりました。母の命日に生まれてきた娘とともに迎える今回の1月17日。実は奈津紀さんにとって節目となるものでした。災害で大切な家族を奪われた子どもが25年の歳月を経て、今、何を思うのか取材しました。

1月16日。
永尾さん一家が、フォトスタジオを訪れました。長女、美月ちゃんの2歳の誕生日を前にした記念撮影です。幸せいっぱいの永尾さん一家ですが、奈津紀さんには、美月ちゃんの誕生日に複雑な思いがあります。2年前の1月17日、出産を前にした奈津紀さんは病室にいました。

永尾奈津紀さん
「17日の出産は避けたかったんですよ。だって、生まれてくる赤ちゃんにとって、おばあちゃんがその日に震災で亡くなってるってなったら、切り離せない話題だなって思うし。」

さらに出産後、美月ちゃんのことをかわいく思えば思うほど、強い“不安”が奈津紀さんを襲いました。

永尾奈津紀さん
「この命がすごい重かったです。この子も死んだらどうしようとか、この子もいつか死ぬとか考えると、やっぱり私が守らないといけないという思いが強くて、それがすごい重くて。」

震災で母を失ったつらい記憶が、出産を機によみがえったのが不安の原因でした。自宅が全壊し、母、さつきさんが亡くなったのは、奈津紀さんが6歳の時のことです。いつも母親と一緒に寝ていましたが、その日に限って別の部屋で寝ていたため、奈津紀さんは一命を取りとめました。

永尾奈津紀さん
「常に毎日ずっと一緒にいたので、その存在が急になくなるっていうのが信じられないというか、嘘だと思っていました。」

震災後、祖父母に引き取られた奈津紀さんは、震災遺児を支援する施設に毎日通いました。11歳の時に、亡くなった母親に手紙を書きました。

“ママ、お元気ですか?なっちゃんは元気だよ。なっちゃんの貯金箱にお金がたまったら、一緒にディズニーランドに行こうねって言ったのに。ママ、帰ってきて。”

奈津紀さんは高校を卒業後、美容師を目指します。職業を選ぶ決め手になったのは、母の記憶でした。幼いころ母親に毎晩、髪をとかしてもらったことが忘れられなかったのです。震災から10年以上が経過し、被害が過去のものとされていくことに、奈津紀さんは戸惑いを感じることもありました。

永尾奈津紀さん(当時18歳)
「一番ショックだったのは、テレビで神戸もだいぶ元に戻りましたね、って言っていたことなんですよ。どこが?って思って。人の心の中とかは他人には見えないことだから、簡単には言ってほしくない。」

奈津紀さんにとって、母を奪った震災の記憶は何年たとうと、けっして過去のものになりませんでした。周囲の反対にあいながらも、20年以上、母、さつきさんの遺骨を手元に置き続けていたのです。ようやく納骨することができたのは、夫と出会い、美月ちゃんを授かってしばらく経った、去年(2019年)2月のことでした。

永尾奈津紀さん
「私の中で骨だけが母の生きた証しというか、生きた証拠って思っていました。25年たって納骨もして、なんかやっと“本当に死んだんだな”って思うようになりました。」

そして迎えた、ことし(2020年)の1月17日。
奈津紀さんは、母親のことを中学校時代からよく知る人から「会いたい」という連絡をもらっていました。母さつきさんの中学3年時の担任教師、飯原洋子さんです。卒業後も、さつきさんと連絡を取り合っていたといいます。

飯原洋子さん
「お手紙。」

永尾奈津紀さん
「ほんとだ、ママこんな字なんですね。」

さつきさんが出産を前に、かつて担任だった飯原さんにあてて書いた手紙には、母になる喜びが記されていました。

“頼りのない私が子どもを産むのですよ。先生、おかしいでしょう。”

飯原洋子さん
「お母さんのさつきさんから、ちゃんとね、あなたに、そしてさらに美月ちゃんに、命がちゃんとバトンタッチされてるんやなって。」

母の納骨を済ませて、初めて迎えた1月17日。変化してきた気持ちを、奈津紀さんは語ってくれました。

永尾奈津紀さん
「この子が生まれてきてくれて、ほんとによかったなって思うんです。母の死は悲しいのは悲しいんですけど、悲しかった分、楽しいことにももっと目を向けられるというか、日々の生きる楽しさをもっと大切にしようと思いました。」

阪神・淡路大震災で親を失った子どもは400人以上。NHKの調査でも、「震災から時間がたってから悲しみがさらに深まった」という人が、およそ半数(49%)に上っています。
今回の取材を通じて私たちは、災害で何が起きたかだけでなく、時間とともに変化していく被災した人の気持ちに寄り添って伝えていきたいとあらためて感じました。

取材:新井直之ディレクター 宮田峻伍カメラマン

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