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2020年1月17日(金)

再開発の経験 被災地復興の教訓に

6,434人が亡くなった阪神・淡路大震災から25年。
神戸市などでは、復興に向けてさまざまな再開発が行われてきましたが、大規模再開発事業がほぼ完了した新長田地区では、地元の大正筋商店街で店舗の撤退が相次ぎ、にぎわいが戻らないという課題が浮き彫りになっています。
こうした再開発での経験が、いま、東日本大震災の被災地復興の教訓として生かされています。

再開発で見えた課題 東北 復興の教訓に

大正筋商店街でお茶の販売店を経営する伊東正和さん(71)は、再開発のあと、商店街に戻って来たものの経営が苦しく店を閉めた仲間を数多く見てきました。

新長田地区での再開発は、その壊滅的な被害を受けて始まりましたが、壁となったのが2,000人を超える地権者の数でした。
そこで、神戸市は、再建を急ぐため、徹底した行政主導を打ち出しました。
市が土地を買収し、ビルを建設、分譲することにしたのです。

大正筋商店街も耐震性を備えた鉄筋コンクリート製のアーケード街に生まれ変わりました。
伊東さんは、この一角のテナントを約4,000万円で買い戻し、営業を再開しました。
しかし、近くにショッピングセンターができた影響などで、客足は年々、遠のいていったといいます。
さらに追い打ちをかけたのがローンの返済、管理費や維持経費でした。
建物が立派になったことで資産価値が上がり、固定資産税だけでも震災前の2倍になりました。
さらに、15年以上が経過したビルは大規模な修繕も必要になり出費がかさみます。

伊東正和さん
「僕たちの場合は、こういうお金のかかるビルになってしまっている以上(大きな資金負担から)逃げられないわけですね。
(復興する商店街を)身の丈以上の構えにしたり、大きくしたりする必要はないと僕は思いますね。
無理して身の丈以上のものをつくると10年、15年後に大きな負担として乗ってくる。」

伊東さんは、東日本大震災をきっかけに、みずからの経験を伝え始めました。
ほかの被災地が新長田地区のようになって欲しくないという思いからです。
東北に赴いたり、視察を受け入れたりして、古くからの住民や商店を大切にして欲しいと訴えてきました。

伊東さんが訴える新長田地区の教訓をまちづくりに生かそうとしてきた人がいます。
津波で壊滅的な被害を受けた宮城県女川町の役場で、まちの再建に取り組んできた土井英貴さん(43)です。
東日本大震災から2年半後、新長田地区を視察し、伊東さんに出会いました。

土井英貴さん
「女川町が新しいまちを作るときには、身の丈にあったまちを作って下さいね、と伊東さんに言われまして。
それが私たちの胸の中に深く刻まれています。」

女川町に帰った土井さんは、再開発にあたって、まずは住民の声を聞きました。
その結果、初期費用が安く済むように、新長田地区のような分譲方式ではなく、賃貸にすることを決めます。
さらに、維持費が安い平屋のコンパクトな作りとし、賃料も1平方メートルあたり1,200円に抑えました。
また、にぎわいを生み出せるよう、会社の事務所などは受け入れず、入居できるのは商店だけに限りました。
今でも月に1度、入居するテナントの人たちが集まって、地域作りを考えています。

土井英貴さん
「多くの町民や事業者が、まちづくりに参画してくれます。
それによって、20年後、30年後の持続する町につながっていくんじゃないか。
新長田に行かせていただいたなかで、さまざまなことを学びました。」

新長田地区の経験から見えてきたのは、そこで暮らし、働く人たち自身が積極的に参加し、長期間を見据えてまちを作っていく「身の丈にあった」町の復興が重要だという教訓です。
各地で大規模な災害が相次ぐなか、神戸には今でも全国から数多くの自治体が視察に訪れています。

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