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2019年10月23日(水)

アメリカ人が見た 福島の“いま”

9月中旬、廃炉作業が続く東京電力福島第一原子力発電所をアメリカからの団体客が訪れました。
福島の現状が知りたいと、県の観光協会に依頼。
原発事故や津波の被災地をめぐるためにやってきたのです。

アメリカ人が見た 福島の“いま”

震災から8年半が過ぎました。
彼らは何を見て、何を感じ取るのか、同行させてもらいました。

旅に参加したのは、毎年、ロサンゼルスで、東日本大震災の追悼式を行っているNPOのメンバーなど、約20人。

これから5日間。
福島第一原発や、津波と原発事故に見舞われた浪江町などをバスでまわります。

初日。
まず、原発事故の被災地をめぐることへの率直な気持ちを聞いてみました。

ロサンゼルス在住の女性
「原発や福島の食べ物・飲み水が 少し不安。」

車窓から見える風景を熱心に撮影している人がいました。

オースティン・オーガーさん。
ロサンゼルスで、映像作家として活動しています。

8年半前、原発が爆発する映像を見てショックを受けたというオーガーさん。
今も当時のままの姿なのか自分の目で確かめたいと、今回、参加したそうです。

オースティン・オーガーさん
「アメリカ人は今も福島に来るのは非常に危険だと 思っている。
当時の情報しか知らないから。
百聞は一見にしかずなので、今の福島を自分の目で見てみたい。」

バスは、福島県の太平洋岸、国道6号線を北上。
「帰還困難区域」に入っていきました。

今も住民の立ち入りが厳しく制限されている地域です。

目にするのは崩れかけた建物。
あの日以来、人々の営みは消えたままです。
そんな町に、除染廃棄物を入れたフレコンバッグが積み上げられています。

にぎやかだったバスの車内がしだいに静かになります。

東京電力福島第一原発に到着しました。
8年半前、水素爆発で大量の放射性物質が周囲に飛び散りました。

世界最悪の原発事故を起こした「福島第一原発」。
今、破損した原発を解体し、周辺を安全な状態に戻そうという「廃炉」に向けた作業が続けられています。

参加者が最も関心を寄せていた場所です。
バスの中から構内を見学します。

立ち並ぶタンク。
汚染水を処理したあとの水がためられていて、その数は増え続けています。

1号機の原子炉建屋が見えてきました。
バスの中に驚きの声が上がります。

水素爆発を起こした、あのときの状況を今も思い起こさせます。
手元の線量計の値も大きく変化しました。

やはり、ここは原発事故とのたたかいの最前線なのです。

原発の周辺に暮らしていた人たちは、津波で親しい人を失い、原発事故で故郷を追われました。
避難指示は徐々に解除されてきましたが、ふるさとに戻らない決断をした人も数多くいます。

この8年半、どんな思いで過ごしてきたのでしょうか。

今回の旅では、そうした思いに耳を傾ける機会が設けられました。

この日、一行を出迎えたのは、浪江町で暮らしていた岡洋子さん。
2017年、浪江町は8割の人が暮らしていた地域で避難指示が解除されました。
今、岡さんは福島市に暮らし、町の再生のために力になりたいと、定期的に浪江町に通っています。

岡さんはまず、仲間と制作したアニメーションを見せました。

タイトルは「無念」。
原発事故が起きて、行方不明者を捜すこともできずに避難を強いられた悲しみ・悔しさが込められています。

しかし、岡さんが伝えたかったのは、今の自分の思いでした。

町ににぎわいを取り戻したいと、去年、かつての自宅をカフェに改装。
この場所を、ふるさとを離れた人たちの憩いの場にしたいと考えているそうです。

岡洋子さん
「(カフェは)みんなが元気になる場所かな、自分も含めて。
泣いてばかりいたら前に進めないので。」

親しい人を失った「悲しみ」。
故郷を追われた「悔しさ」。
戻らない決断を下すまでの「葛藤」。
そんな8年半を過ごしてたどりついた「前向きな気持ち」。

オーガーさんは、真剣な表情で岡さんを見つめ、話に聞き入っていました。

オースティン・オーガーさん
「つらい経験をしたのに、みんなの涙を消し去るために、すばらしい場を作れるなんて本当にすごいことだと思う。
地域の再生を目の当たりにした。」

一行は、福島県内の各地で、地元の人たちと多くの交流をもちました。

日を重ねるごとに、福島に対する印象が変わっていったようです。 

ロサンゼルス在住の女性
「福島に対して大いに誤解があるとわかった。
みんなに福島に直接来て、自分たちの目で見るよう勧めたい。」

原発事故の被災地をめぐり、「福島のいま」を直接確かめる。
震災・原発事故を忘れないために。
取材にあたった私たちも、その大切さを実感しました。

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