
富士山のふもと、市街地から離れた森の中にある「国立駿河療養所」。
東京ドーム8個分の敷地には、住居や病院、集会所などがあり、49人が暮らしています。
目の治療を受けることが
入所者のひとり、小鹿美佐雄さんです。
8歳でハンセン病と診断され、70年近くここで暮らしてきました。
小鹿さんは、6年前から目の病を患っています。
しかし、眼科の医師はおらず、療養所内では専門的な目の治療を受けることができません。
いま、療養所は深刻な医師不足に陥っています。

明治時代の終わりから平成8年まで国が続けてきた「隔離政策」。
患者たちは、全国13か所の療養所に収容されました。
外に出ることを許されなかったため、身体の不調には療養所内の医師たちが対応してきました。
しかし、時間と共に高齢化が進み、およそ1万2,000人いた入所者は1,200人にまで減少。
それに伴い、医師たちの数も減らされてきたのです。
こうした中で、入所者たちは厚生労働省に要請書を提出し、窮状を訴え続けてきました。
“医師・看護師の欠員補充が遅々として進まず、入所者の『いのち』に対する不安は募るばかり。”
しかし、状況は改善されず、駿河療養所の医師は10年前の半数ほど。
医師がいない科も目立っています。
国は療養所の外への通院を勧めていますが、長年、偏見や差別に苦しんできた入所者たちにとって、地域の病院へ通うのは容易ではありません。
入所者 小鹿美佐雄さん
「それなら、なぜ今まで自由に出してくれなかったのか。
だからいま例えば、ここよりいいところがあるよって言っていまさら言われても、じゃあ行こうかっていう気にはなかなかならない。」
外での治療をみずから諦め、亡くなっていく人たちもいます。

駿河療養所 石井則久所長
「療養所の中で医療を完結していただきたいという希望が強いということもありますが、なかなかその希望に添えていない。
いろいろと手探りでやっていますが、医師を集めることは非常に難しいのが現状です。」