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2018年7月22日(日)

福島 相馬 特別な思いで迎える海開き

小郷
「東日本大震災で被害を受けた福島県相馬市で、震災後、初めての海開きを迎えました。
復旧工事や安全対策に時間がかかり、8年ぶりの海開きです。
中継が出ています。」

後藤駿介記者(NHK福島)
「ビーチといえばかき氷。
そして地元でとれたトウモロコシに、カレイなどの魚。
いずれも特産の商品です。

こちらは、福島県相馬市の原釜尾浜海水浴場です。
昨日(21日)、海開きを迎え、8年ぶりに海の家が並びました。
相馬の皆さんはこの日を待ち望んでいました。
といいますのも、津波で被害を受けた防潮堤などの工事で、安全対策が必要でした。
また、福島第一原発からの距離はおよそ50キロ。
避難指示は出されませんでしたが、放射線量などの検査も必要でした。
震災以降の検査では、一度も基準を超えることはなかったということです。
けさも6時から、地元のボランティアの方々が集まり、ビーチの清掃を行っています。

相馬の人たち待望の海開き。
特別な思いで迎えた家族を取材しました。」

8年ぶりの海開き 特別な思いで迎える人々

相馬市で生まれ育った、会社員の草野太裕さん。
漁師の家に生まれ、海は子どものころからの遊び場でした。

草野太裕さん
「小さいときからこの浜で、自分の庭のように遊んでいた。」

しかし、震災後、海水浴場は遊泳禁止に。
3人の子どもたちを、海で遊ばせることができませんでした。
海開きを機に、海に入って存分に遊んでもらいたいと考えています。

草野太裕さん
「相馬の海っていうのは一番心の芯にある。
8年たって(子どもに)海開きを教えられるのは、すごくうれしい。」

その一方で、妻のあずみさんは、海開きに複雑な思いを抱いていました。

妻 あずみさん
「母の実家がこの辺でしたね。」

あずみさんの実家も漁業を営み、海のすぐそばにあった家が津波にのまれました。
祖父が亡くなり、祖母は今も行方が分からないままです。

妻 あずみさん
「一度は相馬の海は入りたくない、見たくもない(と思った)。
7年たちましたけど、思い出すと涙が出る日もある。
写真を見ると、震災当時のことは忘れられない。」

かつて、大勢の家族連れでにぎわった原釜尾浜海水浴場。
ひとシーズンに、5万人もの観光客が訪れました。
しかし、震災後、砂浜や防潮堤の復旧工事などに長い時間を要し、人の姿はほとんどなくなりました。

放射線への不安も拍車をかけました。
草野さん夫婦も、しばらくは海に近づくのを控えていたといいます。

妻 あずみさん
「海に行くなって言ったことあったよね。」

草野太裕さん
「俺は海が好きだから海に行きたい。」

妻 あずみさん
「行くなら1人で(息子の)壱太を連れて行かないでって。」

幼い頃から親しんだ海に以前のように行けなくなり、心を痛めていた草野さん。

草野太裕さん
「今の息子より、ちょっと大きいくらいの時の写真。」

漁師の父親に連れられて行った海には、たくさんの思い出がつまっています。
自分の子どもたちに、そうした思い出を作ってあげられないもどかしさを感じていました。

迎えた、海開き当日。
8年ぶりに、相馬の海に子どもたちの姿が戻ってきました。

草野さんら地元のメンバーたちが、子どもたちのために夏祭りを企画。
会場を盛り上げました。

草野さんの子どもたちも海に。
海開きに複雑な思いを抱えていた、妻のあずみさん。
気持ちに変化が生まれていました。

妻 あずみさん
「やっと震災前に戻った感じですね。
悲しい思いは消えないけど、こういう風景を見て、一歩ずつ前に進もうと前向きな気持ちになる。」

草野太裕さん
「太陽の下で遊ぶのが、子どもの笑顔が一番光るので、よかった。
自分たちが育った海、誇りを持って自分の海だと言える大人になってほしい。」

待望の海開き 大きな節目に

後藤記者
「さまざまな思いを抱えながら迎えた海開き。
この日を盛り上げようと、地元の若手がお祭りを開くなど奔走してきました。
実行委員会の副委員長を務めた、菅野貴拓さんです。」

小郷
「8年ぶりで待望の海開きとなったと思いますが、その様子をご覧になって、改めてどんな思いがこみ上げてこられましたか?」

そうま浜まつり実行委員会 副委員長 菅野貴拓さん
「震災直後は、原発の影響もありまして、とても観光でお客様を迎えるということは考えられなかったのですが、昨日、イベントを8年ぶりに開きまして、あの人出と笑顔を見たら、これからの相馬市の観光において、少し自信がついたというか、なんとかなるんじゃないかなという思い、気持ちがだんだんと盛り上がってきております。」

後藤記者
「今回取材をしていて、この海開きが菅野さんをはじめ、地元の人たちにとって大きな節目になっていると感じました。
この海が地元の人に愛され、そして大勢の人が訪れる場所になってほしいと思っております。」

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