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2018年7月4日(水) NEW

九州北部豪雨から1年 酒蔵復活に地域の底力

高瀬
「被災地では、いまだ不安を抱えている人がいる一方で、住民の希望とも言える動きも出てきました。」

和久田
「こちらは大きな被害を受けた朝倉市で200年以上続く酒蔵です。
地元住民の後押しを受け、復活を目指した1年を追いました。」

地区で200年以上続く酒蔵「篠崎」

川が氾濫し、大きな被害が出た朝倉市比良松地区。
「篠崎」は地区唯一の酒蔵です。
私たちがここを初めて訪れたのは被災から2週間後。
まだ大量の土砂が残っていました。

酒蔵の8代目、篠崎倫明さんです。

篠崎倫明さん
「わたしのこのあたりまできた。」

あの日、酒蔵を襲った猛烈な濁流。
従業員70人は無事でしたが、1階部分にあった酒造りの設備はそのほとんどが使えなくなりました。

篠崎倫明さん
「(再開まで)どれくらい日にちがかかるのか、想像もできないというのが一番きつかった。」

 

篠崎はこの場所で、200年以上酒造りを続けて来ました。
創業以来変わらない銘柄の「国菊」。
そして「比良松」。
地域の人に愛される酒になって欲しいと、地区の名前がつけられました。
篠崎の酒は地域の人々の暮らしの中で欠かせないものでした。

「(酒を)必ず仏様にあげます。
こうしてあげたりですな。
よか酒ですよ、冷やがうまいとですよ。」

“篠崎の復活が地域の復興につながる”

地元の酒蔵を守りたい。
復旧のために立ち上がったのは地域の人たちでした。
中には被災した人もいましたが、“篠崎の復活が地域の復興につながる”と泥をかき出し、復旧を後押ししたのです。

篠崎倫明さん
「本当に町ぐるみで『うちの会社を盛り上げるんだ』みたいな。
何も言わずに手を差し伸べて下さった。」

しかし酒造りは思うように進みませんでした。
仕込みを始める9月になっても機械の交換が間に合わず、十分な準備ができないままだったからです。

篠崎倫明さん
「今年は正直、日本酒を製造するのは難しいかなと。
やっぱりいろんなことも踏まえて、今年はやめようかなと。」

酒造りを諦めかけた篠崎さんに、地元の人たちは声をかけ続けていました。

道の駅館長
「自分たちの親が子どもの頃から、比良松というか朝倉というと、篠崎さんのお酒。
水害くらいで終わりになってもらったのでは困りますから。
何とかやっぱり頑張ってもらいたい。」

仕出し屋 店主
「酒はここが、やっぱり(おいしい)。
他のは飲みませんもん。
(酒が)地域をつないでいる。
あなたたちの人格もやけど、お酒もあなたたちに縁を与えている。
頑張ってちょうだい。」


酒造りを諦めるわけにはいかない。

土地の人に飲んでもらうことが幸せ

被災から4か月が過ぎた11月。
篠崎さんは1つの決断をしました。
例年より2か月遅れで事前の仕込みも不十分でしたが、機械もなんとかそろったことから、酒造りに挑むことにしたのです。

篠崎倫明さん
「ぶっつけ本番みたいな形で、不安も正直ありました。
誇りや思いがあるので、一生懸命つくっていきたい。」


そして…。
今年も仕上がった「比良松」。

先月(6月)開かれた世界的な日本酒のコンテストでは、上から2番目のシルバー賞を獲得しました。
先週、その受賞の報告と支援への感謝を込めて、篠崎さんは地元の人たちにお酒をふるまいました。

篠崎倫明さん
「必死になって私たちもお酒造りをさせていただきました。
土地の人に飲んでいただくということが、やっぱり私たちにとって幸せなことだなというふうに思っております。」

一度はあきらめかけた酒造り。
ふるさとになじみの酒が戻ってきました。

「本当においしい酒です。
『比良松』ができたってことは、われわれ地元にしてはやっぱりうれしい。」

「篠崎さんが頑張るから俺らも頑張れる。
力をもらえるみたいな。
やっぱありますね。」

篠崎倫明さん
「地元の人たちと笑顔で卓を囲めてお酒を飲めるっていうのができたので、本当にうれしいです。
まだまだこれからなんだっていうことも、皆さんの中で話もいっぱい出てきた。
手と手をとりあって地元で頑張っていきたいなと、そういうふうな気持ちになりました。」

地域の活力 地域の底力

和久田
「地元住民の方がおっしゃっていた『酒が地域をつないでいる』という言葉に象徴されていますね。
この“はげまし・はげまされる”という皆さんの関係が、いかに地域の活力になっているかということを感じました。」

高瀬
「災害の時にはまさにに、地域がどれだけつながっているか、まとまっているか、底力が試されると思いますが、この『平松地区の皆さんの力』というものを非常に感じました。」

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