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2018年6月27日(水)

小笠原諸島 海底に眠る戦跡

高瀬
「今年(2018年)は小笠原諸島がアメリカから日本に返還されて50年になります。
東京から南に、およそ1,000キロに位置し、太平洋戦争では、硫黄島やサイパンなど旧日本軍の前線基地へ物資を運ぶ拠点となっていました。」

和久田
「激しい攻撃を受けた小笠原諸島には、その痕跡が数多く残されています。
特に海底に沈む船などは、アメリカ軍と戦った交戦の様子を知る、貴重な手がかりになると指摘されていますが、これまで調査は行われていませんでした。
今回、NHKの潜水班が海底の船を確認したところ、戦闘の生々しい傷痕が手つかずの状態で残っていました。」

小笠原の海 沈没船は100隻以上

私たちが小笠原の海に入ったのは、今月上旬の波の穏やかな日でした。
水中での撮影は、1週間にわたりました。
このあたりの海底の地形は、岸から急に深くなり、水深は30メートルにもなります。
海底には、船の残骸がいくつもありました。
これは、軍の前線基地に弾薬や食料など、物資を運んでいた民間の輸送船とみられています。

こうした沈没船は100隻以上あるとみられています。
こちらは、沈んでいる場所から、「第五十号駆潜艇」ではないかとみられています。
全長およそ50メートルの軍艦で、輸送船の護衛を担ってきました。

戦闘の様子がうかがえる貴重な手がかり

南方での激戦を闘った第五十号駆潜艇。
サイパン陥落直後の、1944年7月にアメリカ軍の爆撃によって沈められました。
ほぼ原型をとどめた状態で残っていたため、当時の戦闘の様子を知る上では、貴重な手がかりがたくさんありました。
甲板には戦闘機を撃つための高角砲がそびえています。
敵の潜水艦を攻撃するための爆雷の装填台も確認できました。

後世に伝えたい 父の願い

船長の川副克己さんです。
長男の克哉さんが、父が戦後残してきた原稿用紙500枚近い手記や資料を、見せてくれました。

“グラマンの機銃弾はまさに雨あられである。
こちらも負けずに撃ちまくり高角砲は弾幕をはり、機関銃は曳光弾が華々しく尾を引くので、敵も攻撃することは容易ではない。”

“戦死された将兵、その他諸々の人の霊、安らかに鎮まりますように。
世間に知られざる行動状況を書き残すこともまた慰霊の一助となるものと思い筆を取る。”

南方の海で、人知れず多くの兵士や民間人が亡くなった事実を後世の人々に伝えたいという父の願いです。

川副克哉さん
「自分がそういう歩みをしてきたということを残したかった。
おやじが本を書いたりした念が、ひとつ入っているのかな。」

地上から確認できる戦跡も

戦後70年以上にわたって、手つかずの状態で海に残されてきた戦跡。
海底だけでなく、地上からその姿を確認できるものもあります。

「あれがエンジンです。」



島の人が紹介してくれたのは、民間の輸送船「濱江丸」の骨格です。

 

敵の攻撃の後、座礁しましたが、数十年間そのままの状態で残っていました。
しかし長年海にさらされる中、台風など強い風や潮に打たれ、徐々に海の中へ崩れ落ちていきました。
こうして、多くの船が放置された結果、船の特定が困難になってしまったのです。

水中の戦跡 どう調査を進めるのか

海に残された船を、放置することに限界を感じ始めたのが、地元の一部のガイドやダイバーたちです。

「沈船はそのまま墓標。
ある人にとっては。
そういう意味で同定(船の特定)を進めていきたい。」

「遺族が、自分のおじいちゃんがその船に乗っていて、そこで戦死したからお花をあげにきたけど、実は全然違うところに沈んでいる可能性もあったりするんじゃないか。」

しかし、小笠原村だけで調査を進めることは難しく、関心を高めることから始めるしかないと考えています。

小笠原村 副村長 渋谷副村長さん
「(調査を)できないというか、今何もできないというのが本音。
(返還50周年の)この機会に海底の沈没船のことが話題になり、あらためて今、資料でさえ収集されていない事実を知ってもらいたい。」

戦跡を研究している専門家も、国のサポートが必要だと指摘します。

東京海洋大学 大学院 岩淵聡文教授
「国が前面に出て、第二次世界大戦に関連した水中文化遺産を、どのように研究していくのか。
イニシアチブを取る必要がある。」

平和を願う遺産として

戦闘の生々しい傷痕や犠牲が刻まれている海底の戦跡。
悲劇を語り、平和を誓う遺産として、その価値の見直しが求められています。


和久田
「海の戦跡というと、戦艦大和や戦艦武蔵のような、軍艦には関心が集まり、研究も進んできました。
ただ、こうした護衛船や民間の漁船となると、コスト面や保全の難しさなどから、調査が進められず、見過ごされてきたのでしょうね。」

高瀬
「こうした戦跡の調査が進めば、戦況が悪化していく中で、軍がいかに民間人や漁船を巻き込んでいったのか、そして輸送作戦がどれほど無謀だったのかといった、歴史の知られざる一面が浮かび上がってくるかもしれません。」

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