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2018年6月24日(日)

人生の転機で苦悩 “AYA世代”のがん

小郷
「若い世代のがん。
ほかの世代とは違う苦しみがあります。」



矢方美紀さん、25歳。
4月、乳がんになったことを公表しました。
去年(2017年)までSKE48のメンバーだった矢方さん。
がんが分かったのは、アイドルを卒業し、1人で芸能活動を始めた矢先でした。
つらい治療に加え、矢方さんを襲ったのは、将来への不安。
仕事を減らさざるを得ず、化学療法の影響で、今後10年、出産はできないと告げられました。

矢方美紀さん
「自分の中で思い描いていたことができなくなってしまい、すごい迷う。
この先、本当にどうしよう。」

矢方さんのような、10代後半から30代にかけてかかるがんは、思春期・若年成人の頭文字をとって、「AYA(アヤ)世代のがん」と呼ばれています。
先月(5月)その数が全国で2万人あまりいることが、調査で初めて明らかになりました。
AYA世代のガンをどう支えるのか、今問われています。

小郷
「乳がんで亡くなり、昨日(23日)が一周忌だった小林麻央さんも、34歳で「AYA世代」でした。
ツイッターなどのソーシャルメディアには、今もさまざまなコメントが寄せられています。」

新井
「このAYA世代のがん、何が問題になっているかといいますと、こちらなんです。
患者の数が他の世代に比べると少ないために、医療費の公的な支援ですとか、年代に寄り添ったケアが十分に行き届いていないということなんです。
しかも、こういった時期は、進学や就職、結婚、出産など、人生の大きな節目とも重なります。」

小郷
「AYA世代のがん患者は、何に悩み、どんな支援を必要としているのか、取材しました。」

“AYA世代”のがん 人生の転機で苦悩

11年前、高校生の時に、がんを発症した女性です。
手術と抗がん剤治療の結果、がんは治りましたが、将来について、深く思い悩んでいます。
「妊娠できないのではないか」という不安。
抗がん剤の後遺症で、生理不順が続いたためです。
現在28歳。
結婚を意識するようになりましたが、なかなか前向きになれないといいます。

高校生の時にがんを発症した女性
「子どもが欲しいって思うのは、女性だけじゃない。
夫の方が子どもが好きということもある。
私が子どもができないってなったら、嫌になる人もいるのかな。」

社会人としてこれからという時にがんになり、不安を抱える人もいます。

秋山誠さん、33歳。
4年前、のどにがんが見つかりました。
秋山さんは、アミューズメント施設で働く契約社員。
正社員も視野に入ってきたころでした。
ところが治療が長引き、1年半にわたって休職。
会社から、アルバイトに降格する可能性を告げられたのです。

秋山誠さん
「バイトになる(かもしれない)という電話が怖かった。
もしかしたら、そのまま辞めるかもしれない。
(転職先を)どこか探したほうがいいのかな。」

追い打ちをかけたのが、医療費です。
秋山さんのがんの場合、18歳以下は医療費の大部分が助成されますが、秋山さんは対象外。

毎月5万円近くが自己負担です。
当時の収入は、月10万円の傷病手当だけ。
相談できる人もおらず、追い詰められていきました。

秋山誠さん
「一番やばいときは、(手元に)数百円しかなくてどうしようって思ってたときもあった。
自分の力の範囲だけでできることをしようとしていた。」

悩みを深める秋山さんが頼ったのが、静岡がんセンターです。
3年前に、全国初となるAYA世代専門の病棟を新設。
看護師や臨床心理士、ソーシャルワーカーなどが医療的なケアだけでなく、患者のさまざまな悩みの相談に乗っています。

「最近困っていること、今後のこと、心配なこととか、今どう?
見守っていくから。」

ソーシャルワーカーのもとを訪ねた秋山さん。
自分は元の仕事に戻れるのか、会社とどう話せばいいのか相談しました。

秋山誠さん
「(会社に)どう切り出していいのか分からない。
分からないことだらけ。
普通の病気と違うので。
戻るにしても、元の部門に戻れるのか。」

ソーシャルワーカーのアドバイスは、会社側に回復の状況や、どんな仕事ができそうなのか伝えること。
メモにまとめるよう勧められました。

“3月末くらいには、治療は終了の予定。
できるだけ早く、以前のように働けるようになりたい。”

文字にすることで考えを整理でき、不安も軽くなったといいます。

ソーシャルワーカー
「入院して治療していると、どうしても社会から切り離されている感覚を持つ。
治療が終わって社会に戻っていくときに、少しでもハードルを低くすることができれば。」

アドバイスをもとに会社と話し合いを重ねた秋山さん。
会社も意欲を認め、同じ契約社員として復職することができました。

秋山誠さん
「戻れたときは、“帰ってきた!”って感じ。
やっと帰って来られた。
(支援が)何もなかったら、辞めていたかもしれない。」

取材:加藤景子(NHK静岡)

新井
「支援の動きは少しずつですが始まっていて、大阪市立総合医療センターも専門病棟を、国立がん研究センター東病院では相談窓口を設けています。」

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