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2018年6月23日(土)

沖縄戦から73年 慰霊の日

小郷
「今日(23日)は、太平洋戦争末期に20万人を超える人が亡くなった沖縄戦から73年の『慰霊の日』。
沖縄では、各地で平和への祈りがささげられています。」


新井
「沖縄県主催の戦没者追悼式が行われる糸満市の平和祈念公園から中継でお伝えします。」

山下亮太記者(NHK沖縄)
「沖縄戦最後の激戦地となった糸満市摩文仁の平和祈念公園です。
沖縄戦では、住民を巻き込んだ激しい地上戦で、当時の県民の4人に1人が犠牲となりました。

私の後ろにある、戦没者の名前が刻まれた『平和の礎』には、朝から遺族などが訪れて静かに手を合わせる姿が見られました。」

「もう二度と、戦争が絶対にこの世にあってはならない。」

「亡くなった叔父の遺骨が、まだ見つからなくて、私の心の中では、まだ戦争が消えない。」

山下記者
「戦争体験者の高齢化が進み、今では、県民の9割近くが戦後生まれとなりました。
戦争の記憶の継承が課題になる中、去年(2017年)県民に大きな衝撃を与える事件が起きました。
そこから見えてきたのは、沖縄戦と、今の若者たちの間の記憶の“断絶”でした。」

沖縄戦の記憶 “断絶”させないために

読谷村にある自然洞窟、チビチリガマ。
沖縄戦の悲惨な記憶をとどめる象徴的な場所の1つです。
73年前、上陸したアメリカ軍が迫る中、住民たちは「ガマ」と呼ばれる洞窟に身を隠しました。
しかし、捕虜になることを恐れたチビチリガマにいた住民83人が、いわゆる「集団自決」に追い込まれました。
犠牲者の追悼の場であるとともに、毎年1万人以上が平和学習で訪れてきた、チビチリガマ。
しかし、去年9月、同じ沖縄県に住む少年4人によって、荒らされたのです。

壊された遺品、引きちぎられた千羽鶴。
少年たちは「心霊スポットに肝試しに行った」「その場のノリでガマを荒らした」と話したといいます。
戦争中にガマで何が起きたのか。
若い世代が知らなかったことに、遺族たちは戸惑いを感じています。

チビチリガマ遺族会 與那覇徳雄会長
「本当にキツネにつままれたというか、何がどうなっているか分からない。」

今年(2018年)行われた慰霊祭。
遺族は、少年たちから届いた手紙を読み上げました。

“チビチリガマで実際に起きたこともわからないまま、こういうことをしてしまって、ガマで何があったのか知ると、人間としてやってはいけないことをしてしまった。”

チビチリガマ遺族会 與那覇徳雄会長
「このままの状態ではよくない。
そういう時代(沖縄戦)があったことが、どう伝わっていくか心配。」

チビチリガマの事件を受けて動き出した若者がいます。

映画監督の仲村颯悟さん。
沖縄出身の大学4年生です。

仲村颯悟さん
「率直に、あの事件を知った時は衝撃だった。
まさか、そういった場所が沖縄の少年たちに壊されることは予想外。」

戦争を知らない自分でも、同じ世代に伝えられることがあるかもしれない。
仲村さんは、チビチリガマについての作品作りに取りかかりました。

見る側に問いかけるようなナレーション。
今の時代と切り離す「戦争」という言葉は、あえて使いませんでした。

仲村颯悟さん
「僕らは戦争を知らないから実感がわかない。
戦争って大変だったとか、これだけの人が亡くなったと思っても、過去のこととしか戦争を捉えていないから、僕らの心にしみない。
普通の人が見ても、日常の出来事に置き換えて見られる作品にしよう。」

若者が若者向けに作った「戦争」の作品。
大学の友人からも意見を聞きました。

仲村颯悟さん
「とりあえず、見てどう思った?」

大学の友人
「高校の修学旅行で(沖縄に)行った時は、『こんな大変なことがあった』と(大人に)教えられたから、全く心に響かなかったけど、(地元の)高校生たちに、基地や戦争のことを聞いたら、自分事として考えられるのではと思った。」

大学の友人
「同年代というのが、たぶん一番、伝わる人たちなんだろうなと思う。」

仲村颯悟さん
「過去の大戦を知っている世代から、直接、生の声を聞けるのは僕らの世代が最後。
そういった声を聞きつつ、ただ、しゃべっている映像を撮って流すだけでも、もう僕らには伝わらないというのは確実にあるので、違う形で変形させつつ、伝えていくことは、僕らだからできるんじゃないかと感じる。」

沖縄戦から73年 「慰霊の日」

小郷
「体験者の高齢化が進む中で、世代を越えて記憶を継承していくことの難しさというのを、改めて感じますよね。」

山下記者
「そうですね。
事件があったチビチリガマでは、今月(6月)遺族会が平和コンサートを開き、地元の子どもたちを招待したり、事件を起こした少年たちと犠牲者を追悼する仏像をつくったりして、これまで以上に記憶を語り継ぐ活動に力を入れています。
戦争の記憶の継承は、沖縄にとっては、今につながる課題を考えることにもなります。
沖縄には、在日アメリカ軍の専用施設の7割が集中していますが、その多くが、沖縄戦をへて、住民の土地が奪われる形でつくられました。
沖縄では、この1年、アメリカ軍の軍用機による事故やトラブルが相次ぎました。沖縄県の翁長知事は、戦没者追悼式の平和宣言で改めて基地負担の軽減を求めるものとみられます。
県と国が対立を続ける普天間基地の移設計画では、名護市辺野古での埋め立てが8月にも始まる予定で、重大な局面を迎えます。
今日、慰霊の日は、平和への誓いを沖縄から発信するとともに、重い基地負担の現実を改めて問い直す日ともなります。」

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