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2018年4月20日(金)

シリア難民ピアニストは なぜ広島で演奏したのか

高瀬
「今、世界が注目する、異色のピアニストです。」

演奏会に選んだ場所は広島

内戦が続くシリアで、子どもたちと歌うこの男性。
ピアニストのエイハム・アハマドさんです。
この映像がインターネットで広まり、世界中に知られるようになりました。

その後、シリアを離れ、難民となったエイハムさん。
今回、NPOの招きで初めて日本を訪れました。
演奏会に選んだ場所は、広島。
なぜ広島なのか?
歌にどんなメッセージを込めたのか?
シリアの難民ピアニスト。
その思いを見つめました。

恐怖を忘れられるように あえて明るい歌を

リポート:鮎合真介(国際部)

8年目を迎えたシリアの内戦。
今も激しい戦闘が続き、35万人以上が犠牲となっています。
エイハムさんが育った町、首都近郊のヤルムークも、たび重なる攻撃で廃虚となりました。

大学で音楽を学び、教師を目指していたエイハムさんが始めたのは、子どもたちと一緒に歌うことです。

♪“避難したみんな 異国暮らしはもうこりごり
戻っておいで みんながいないのはもういやだ”

町に残る人が少しでも恐怖を忘れられるようにと、あえて明るい歌を作りました。

エイハム・アハマドさん
「地区は包囲され、皆が飢えに苦しんでいました。
砲撃されるのが日常でした。
音楽は、つかの間ですが、包囲の中で暮らす人々を癒やすことができます。」

演奏会でシリアの現状を訴える

しかし、過激派組織に目をつけられ、「演奏をやめろ」と脅迫されるようになります。
大切なピアノも燃やされ、命の危険を感じたエイハムさんは、シリアを脱出。
1か月半かけてドイツへたどり着きました。

難民となったあとも、ヨーロッパ各地で250回以上、演奏会を開催。
初めての日本でも、音楽でシリアの現状を訴えました。

♪“私たちの時間は止まったまま
支援物資は一切れのパンだけ”

「魂に響くような演奏でした。」

「シリアについてどういうサポートができるか、これからも関心を持っていきたい。」

「自分は無力」と「変化を起こせるはず」

エイハムさんがシリアを離れて3年。
気にかかるのは、混乱が一向に収まらない故郷の現状です。
ヤルムークで一緒に歌った子どもたち。
1人は、何者かに狙撃されて死亡。
他の子どもたちともほとんど連絡が取れません。

歌い続けても、何も変わらないのではないか。
悩みが募る日々を送っています。

エイハム・アハマドさん
「いつも自分は無力だと感じ、ピアノをやめようかと悩んでいます。
その一方で、変化を起こせるはずだという矛盾した気持ちも抱えています。」

「被爆ピアノ」に 自分の人生を重ね合わせて

そんなエイハムさんが、今回どうしても訪れたかった場所が、広島。
原爆の悲惨さを伝え続けて来た町です。

エイハム・アハマドさん
「戦争で何が起こったのか、人々がいかに復興したのか、広島から学びたい。」

この日、訪ねたのは、広島市内のピアノ工房。
ここに、特別なピアノがあると聞いたのです。

「このピアノは被爆当時のままで、オリジナルです。」

73年前、爆心地近くの民家にあった「被爆ピアノ」。
爆風で傷だらけになりましたが、原爆の悲劇を伝えるシンボルとして、人々が大事に演奏してきました。

傷ついても、力強い音色を奏でるピアノ。
エイハムさんは、自分の人生を重ね合わせていました。

「被爆ピアノ」であの曲を演奏

昨夜開かれた演奏会。
エイハムさんは、特別に被爆ピアノで1曲演奏することにしました。

エイハム・アハマドさん
「一緒に歌いましょう。」

選んだのは、かつて子どもたちと歌った、あの曲です。

♪“避難したみんな 異国暮らしはもうこりごり
戻っておいで みんながいないのはもういやだ”

エイハム・アハマドさん
「このピアノのように、私たちも戦争に屈せず生き抜いていきます。
平和への願いを引き継ぎ、演奏し、歌い続け、語り続けるんです。」

シリアに関心を持ち続けていますか?

和久田
「エイハムさんは特に難民の中でも翻弄された人かもしれませんが、同じようにシリアを逃れた人が560万人もいるということを、改めて思い起こさなければならないなと感じました。」

高瀬
「あえて作った明るい曲調のピアノの音色を聴いていると、ともすると、このシリアの混乱に慣れてしまっていませんかと、関心を持ち続けてますかと問われているような気がしましたね。」

和久田
「エイハムさんは明日(21日)日本をたち、ドイツに戻るということです。」

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