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2017年11月5日(日)

震災の記憶伝える“復興祈念公園”

小郷
「まず、こちらをご覧ください。」

東日本大震災の時の宮城県・JR仙石線の映像です。
列車が津波にのまれ、横転し、全線の復旧までには4年以上もかかりました。

被害が大きかったのが、東松島市の旧野蒜駅の周辺地域です。
500人を超える人が犠牲になりました。

二宮
「こうした震災の記憶を後世に伝えていこうと、市はこの旧野蒜駅を中心に『復興祈念公園』の整備を進めてきました。」

小郷
「その完成の記念式典が、今日(5日)行われます。
現場から中継でお伝えします。」

震災の記憶 伝える公園 “風化させない”被災地の思い

保井美聡記者(NHK仙台)
「私がいますのが、JR旧野蒜駅です。
津波で大きな被害を受け、『震災遺構』として保存されています。

こちらの線路、地震や津波の影響で、ホームに対してゆがんでいるのが分かります。




そして、折れ曲がった柱。
当時の津波の被害を、今に伝えています。
プラットフォームの向こうに見えるのが、かつての駅舎です。
『伝承館』と名付けられ、津波の被害を伝える資料館となっています。


中にある、津波でこわれた券売機です。
駅周辺の状況を物語る資料が、数多く展示されています。




野蒜地区は『奥松島』とも呼ばれ、震災前は美しい砂浜で知られていました。
周辺には住宅が建ち並び、多くの人たちが暮らしていました。
しかし、押し寄せた津波で流された人々の営みの後は、ほとんどなくなってしまいました。
野蒜の海岸も防波堤工事のため、海水浴場の再開にはまだ数年かかる見通しです。

復興祈念公園が作られた場所がこちらです。
宮城県の東部、松島のすぐそばにある海沿いの地区です。
旧野蒜駅は、海から800メートルのところにあります。

そして、復興祈念公園の全体がこちら。
震災遺構となっている旧野蒜駅を中心に、その北側には慰霊碑も建てられました。



こちらが、その慰霊碑です。
碑の高さは、3メートル70センチ。
この場所を襲った津波と同じ高さになっています。

そして、こちらの扉の奥には、市内で犠牲になったおよそ1,100人の名前が刻まれ、今日の式典で公開されます。
震災から、まもなく6年8か月。
ここは、『震災を忘れてほしくない』という思いを込めた、大切な場になろうとしています。」

復興祈念公園の完成を待ち望んでいた、岩渕弘さん。
震災前、野蒜地区で暮らしていた住民の1人です。

岩渕弘さん
「この地に建てていただいて、この慰霊碑に刻まれた方のことを思い出すきっかけとなる。
昔のことがよみがえってきます。」

岩渕さんは、両親を津波で亡くしました。
慰霊碑には、2人の名前も刻まれています。




ここは、旧野蒜駅から300メートル。
かつて、岩渕さんが両親とともに暮らしていた場所です。
クリーニング店を営んでいましたが、店も自宅も全壊。
震災後は、長らく隣町の仮設住宅で暮らしてきました。
そして去年(2016年)両親との思い出が残る野蒜に戻りたいと、高台に自宅を再建したのです。

岩渕弘さん
「やっと戻ってきた感じです。
野蒜っていう土地にまた戻ってきた。」

新たな一歩を踏み出した岩渕さん。
しかし、かつての面影が消えゆく町の姿に、心を痛めてきました。
多くの人が亡くなった事実が、忘れ去られていくように感じたからです。

岩渕弘さん
「うちの隣近所は、震災で亡くなった人が多い。
何もなくなると、思い出せなくなってきますね。」




亡くなった人々の名前が刻まれた慰霊碑。
岩渕さんは、親しかった人や両親に思いをはせるよりどころにしたいと思っています。

岩渕弘さん
「両親(の名前を)刻んでもらって、ここで亡くなったということを、いつまでも忘れないように。」

復興祈念公園を拠点に、震災を伝えていこうという人もいます。

門馬満枝さん
「ここの地区で500人。
(東松島市で)最も犠牲者の多い地区です。」

門馬満枝さん。
この地区で活動してきた語り部の1人です。

門馬さんは震災前、海の近くで民宿を経営していました。
あの日、津波で集落は壊滅。
民宿も流されました。
その経験から門馬さんは、震災の翌年から被害の爪痕が残る場所をまわり、語り部の活動を続けてきました。

門馬満枝さん
「いま皆さんがいるところは、住宅があった場所。」

しかし、津波の爪痕が消えゆく中で、被害の大きさを伝えていく難しさを感じています。
そうした中、完成した復興祈念公園。
被害を伝える拠点ができたことで、門馬さんは、ここでより多くの人に震災を語り継いでいきたいと考えています。

門馬満枝さん
「(自分たちが)伝えていかなかったら、誰が伝えてくれるだろう。
何もなければ、来ていただかなければ、この被災地は見ていただけない。
何もないとわからないが、形ができることによって思い出す。」



保井記者
「東日本大震災の多くの被災地では、いまだ復興道半ばで、『震災遺構』や『祈念公園』の整備は、これからというのが現状です。
しかし、犠牲者を静かに悼み、かつての故郷を偲ぶことができるこうした場所は、被災された方々にとって、本当に大切な、心のよりどころになると感じました。
また、被災地の外で暮らす方々も、ぜひここを訪れ、あの日の出来事に思いをはせてほしいと思います。
公園では、このあと11時から、市の関係者や遺族が集まり、記念の式典が開かれます。」