これまでの放送

2017年11月2日(木)

仲間8人で開業 ふるさとにホテルを

和久田
「東京電力福島第一原発から南に10キロの位置にある福島県富岡町は、今年(2017年)4月に、震災以降初めて避難指示が町の大部分で解除されました。」

高瀬
「震災から6年以上たって、ようやく復興の第一歩を歩みだしたと言えると思います。」

和久田
「しかし、震災前1万6,000人いた町民の多くが、他の町に生活の拠点を移していて、町に戻ってきたのはまだ300人です。」

高瀬
「こうした状況を変えようと、先月(10月)町の人たちが立ち上がりました。
町にビジネスホテルを作り、復興を後押ししていこうとしています。」

宿泊先が足りない!

9月下旬。
避難指示が解除されて半年近くがたった富岡町です。人けのない町で、ホテルは3週間後のオープンを控えていました。
この日、1年をかけて建物がようやく完成。
ベットや設備の搬入作業が始まっていました。

社長の渡辺吏(わたなべ・つかさ)さん、58歳です。
建物が引き渡されるこの日を、心待ちにしていました。
震災前、小さな商店を営んでいた渡辺さん。
津波に襲われ、家族は無事でしたが、店と住宅を失いました。
津波と原発事故で一変したふるさと。

ビジネスホテル社長 渡辺吏さん
「あそこのちょうど土をかいているところが、前の私の家だったわけです。
どの辺に何があったかというのが、だんだん薄らいできていますね。」

避難生活を続けてきた2年前、転機が訪れました。
商売をしていた町内の仲間8人で会社を設立。
3億円を超える借金を背負い、ホテル事業を始めることにしたのです。
きっかけは、除染作業や復興の工事にあたる人たちの宿泊先が足りないと知ったことでした。

部屋には懐かしい風景を

ビジネスホテル社長 渡辺吏さん
「この前、同級生とも話をしたんだけど、『お前のパワーはなんなの』って。
『今さらなぜそういうこと始めるの』って言われたんですけど、みんなでやって、目標が“次世代につなげていってほしい”、その一点。」

渡辺さんが、ホテルの客室に飾るために用意したものがあります。

ビジネスホテル社長 渡辺吏さん
「ここに橋があるんだけど。
もともとの風景。」

被災する前の、富岡町の風景です。
町の顔だった駅前の様子。
今は失われてしまった、美しい海岸。

ビジネスホテル社長 渡辺吏さん
「富岡にちなんだものを置きたいということで。
ほかから来た人、富岡にいた人が泊まりに来たとき、『前はこんなふうになってた』とか思い出してくれれば。」

招待された家族は…

先月(10月)11日。
この日から3日間、オープンに先駆けて招待客を迎えることになりました。
千葉県からやってきた家族がいました。

富岡町で生まれ育った、渡邉(わたなべ)いなほさんです。
10年前、韓国人の夫、チョン・ジェフンさんと結婚。
長男の凛生(れお)くんは、震災後に生まれました。

渡邉いなほさん
「懐かしいような、違うところのような感じがするよね。」

いなほさんたちは、震災前まで暮らしていた自宅を訪れました。

夫 チョン・ジェフンさん
「ここがパパとママが2人で住んでいたところ。」

長男 凛生くん
「こんな家はじめて見た。」

家族や親戚、友人たちの背丈を刻んだ柱です。

渡邉いなほさん
「ちょっと背比べして。」

いなほさんは、新たに凛生くんの背丈も刻みました。
いなほさんたち家族は、すでに町に戻ることを諦め、千葉に生活の拠点を移しました。
近々、この家を取り壊すことが決まっています。

渡邉いなほさん
「実際見るとやっぱり。
いろんな葛藤はありましたけど、そうする選択しか私たちにはなかったのかな。」

翌日、いなほさんたち家族は、ふるさとをあとにしました。

ホテルを復興の拠点に

先月21日。
JR富岡駅が6年半ぶりに再開しました。
ホテルも本格的な営業を開始。
町は復興に向けて、少しずつ動きだしています。

ビジネスホテル社長 渡辺吏さん
「(お客さんに)『お前たちは頑張れ』って言われたときに、『そうかもしれないな』と思いました。
とにかくゆっくりと、焦らずに進んでいきます。
前を向いて。」

和久田
「渡辺さんたちは、町に戻りたいと考える人がじっくり滞在しながら帰還の準備を進める、そうした拠点にこのホテルがなっていきたいと話しています。」