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2017年10月31日(火)

1964→2020聖火リレーがつなぐ思い③ 東北発2020 目指せ聖火リレー

高瀬
「シリーズでお伝えしている『聖火リレーがつなぐ思い』。
2020年の東京大会は『復興五輪』として、東日本大震災からの復興を世界に発信しようとしています。」


和久田
「こうした中、『聖火リレー』を復興の後押しにしようという取り組みが被災地で進んでいます。
まずは、福島から中継です。
今井さん!」

絶対に消えない! オリンピック支えるある技術とは?

今井翔馬(NHK福島)
「木々の葉っぱが赤く色づき始めています。
福島県の南部にあります、西郷村です。
この山に囲まれた場所にある、こちらの会社で作っているのが、聖火リレーに欠かせない、この聖火のトーチです。
こちらは1964年、前回の東京大会で使われたトーチです。
当時は、およそ7,300本が使われたんですが、全てをこの福島の工場が作りました。
なぜ、この会社のトーチが採用されたのか。
それは、このトーチ、絶対に火が消えないんです。
実験してみましょう。
今日は、従業員の方に手伝っていただきます。
この工場は、もともと火薬を扱う会社なんです。
60年以上前から、その技術を生かして、トーチを作ってきました。
今日は点火用のトーチに火をつけます。
お願いします。

さあ、勢いよく赤い炎が灯りました。
そして、ランナーがどこにいるかすぐに分かるように、白い煙ももくもくと上がっています。
この炎を次のランナーに届けなければいけません。
絶対に消えてはいけないんです。

例えば、どんなに激しく走っても、こうやって振っても消えませんよね。
まだまだ!

強風でも 水に濡れても!!

どんなに風の強い日でも…。
今日は風速15メートルの風が出る扇風機を用意しました。
白い煙が棚引いていますが、赤い炎は灯っています。
こうなったら、意地でも消したいなって思ってきます。
ということで、どんなに強い雨が振っても…。

今日は大げさに、水槽を用意しました。
この中に入れてみます。




一瞬、消えたように見えるんですが、取り出すと消えていません。
いかがですか!」

和久田
「水に浸しても消えないって、かなり強力ですね!」

今井
「どうして消えないかというと、もう一度水槽の中に入れると分かります。

この先端から、ぶくぶくと泡が出ているのが、分かりますか?
これ、酸素なんです。
筒の中には、リンやマグネシウムなど、火をつけるための燃料が入っているんですけれども、それは同時に酸素も発生させるんです。
ですので、燃料が切れるまでの14分間、このようにどんな状況でも真っ赤な炎を灯し続けることができるんです。
すごいですよね!
この筒の中、ぎっしりと技術が詰まっています。

絶対に消えない! 聖火トーチ 海外でも

この技術が認められまして、東京だけではなく、札幌大会やサラエボ大会でも採用されました。
となると、次に目指すのは、もちろん2020年の東京です。
今、トーチの採用の選考が始まったばかりです。
工場の従業員のみなさん、今、新しいトーチを開発中なんです。
みなさんは、この福島からトーチを何としても生み出したいという思いがあります。

というのも、こちらをご覧ください。
6年半前の東日本大震災の時の工場の様子です。
電柱が倒れて電気が止まってしまったり、また、地盤が沈下したり、そして工場の中も破損しました。
復旧までには、3か月以上がかかりました。
また、福島、どんどんと元気になってきてはいるんですけれども、今もまだ5万人以上が、福島の県内外に避難を続けています。
それでは、所長の佐藤さんにお話をお伺いします。
所長も福島ご出身なんですよね?」

日本工機 白河製造所 製造所長 佐藤公之さん
「そうです。」

今井
「みなさん今、どんな思いで、このトーチの開発に携わっていますか?」

日本工機 白河製造所 製造所長 佐藤公之さん
「私たちのトーチの開発にかける思いとしては、1つ、福島県の震災復興に頑張っていただいた方に対する感謝の気持ちを伝えるということ。
それと、2020年東京に採用されることで、『福島は頑張っているぞ』ということを全国のみなさんに知っていただくことです。
そして、福島県の方々が元気になれるよう、希望の火を灯したいと思っています。」

今井
「トーチの採用が正式に決まるのは、2019年の春です。
それまでみなさん、頑張りましょう!」

日本工機 白河製造所 製造所長 佐藤公之さん
「頑張るぞー!おー!」

今井
「それでは和久田さんに、聖火のバトンをお渡しします!」

聖火リレーがつなぐ思い

和久田
「はい、確かに今、バトンを受け取りました!
ずっしりと重みがありますね。
前回の東京大会で使われた実物ということです。
片手で持って走ると思うと、かなりの重みです。
高瀬さんもどうぞ、バトンを!」

高瀬
「確かに結構ずっしりときますし、これを持って走ると大変ですが、でもやっぱり走った人たちは、この重み以上の重みを感じて走ったんだろうなと思いますし、今回は、さっきもありました『希望の火』『復興の火』ですから、絶対に消しちゃいけない火になりますよね。
続いては、宮城県の岩沼市からのリポートをお伝えします。

今度は、仙台局・大島アナウンサーにこのバトンを渡します。
お願いします。」

『千年希望の丘』を聖火リレーに

大嶋貴志(NHK仙台)
「はい、受け取りました。
宮城県岩沼市です。



あちらに見える小高い丘。
『千年希望の丘』と名付けられ、復興の象徴となっています。
今、この丘を、聖火リレーのコースにしようという動きが始まっています。」


今月(10月)1日。
この千年希望の丘のそばを走る「東北・みやぎ復興マラソン」が行われました。

沿道に並んだのは「聖火リレーを千年希望の丘に」という、のぼり。
聖火リレーを招致しようという市民グループが用意しました。
中心となっているのは、3年前まで市長をつとめた井口経明(いぐち・つねあき)さんです。


井口経明さん
「(千年希望の丘は)復興の進み具合を表すのかな。
聖火の通過点にしていただけたら、非常にありがたい。」

「元聖火ランナー 再び 復興願って」

2011年に起きた東日本大震災。
岩沼市の半分近くが津波に襲われ、死者・行方不明者は187人に上りました。
井口さんは3か月間、市役所に泊まり込み、住民の救援や仮設住宅の建設など、陣頭指揮をとりました。
その井口さんが建設に力を尽くしたのが「千年希望の丘」です。
津波が起きた際の避難場所にすると同時に、被害を忘れず、未来に伝えていこうという思いを込めました。
この丘に聖火リレーを招致することで、立ち上がろうとする被災地の姿を発信したいと考えています。

井口経明さん
「今回のオリンピックは、日本の復興を世界の人たちにお伝えする。
被災地のことを、全世界の人たち、あるいは日本の国内の人たちに知っていただく、いい機会になる。」

実は、井口さんには聖火リレーに特別な思いがあります。

19歳の時、1964年の東京大会で聖火ランナーに選ばれたのです。
終戦の年に生まれ、日本がゼロから復興を目指す中で育った井口さん。
沿道から寄せられた大声援に感動し、“町のために働こう”という原点になったといいます。

井口経明さん
「戦後、日本が復興を進めてきて、あらためて、これから飛躍していくんだなということを確認できた。
人生のいいきっかけになったと思います。」

井口さんの呼びかけに答え、招致活動に加わる住民も増えています。

岩沼で代々農業を営み、地区長も務める菅原清(すがわら・きよし)さんです。




菅原清さん
「震災の時に家の周りを撮った写真です。」





菅原さんの自宅は、津波で1階が浸水。
受け継いできた田んぼも壊滅的な被害を受けました。
震災から6年7か月たった今、田畑は復旧しましたが、気がかりなのは、地域を離れる人が増えていることです。

菅原清さん
「若い人たちのいる世代がいなくなったというか、高齢者の人たちが少し残されたという感じはありますね。」

今回、聖火リレーの招致が実現すれば、子どもたちが地元への愛着を深め、将来も街との関わりを持ち続けるきっかけになると、菅原さんは期待しています。

菅原清さん
「若い人にひとりでも多く残ってもらいたい。
活性化の材料になると思います。
(聖火リレーが)ぜひ来て欲しいです。」

今月行われた「東北・みやぎ復興マラソン」。
井口さんと菅原さんは、手作りののぼりを用意し、全国から集まったランナーたちに招致活動をアピールしました。

愛知県から参加
「(千本希望の丘を)通ることによって、地域がクローズアップされますし、復興の力にもなると思いますので、ぜひ通ってほしいなと思います。」



この日、もう1つ、うれしいことがありました。

震災後、岩沼を離れていた人たちも加わって沿道から声援を送り、大会を盛り上げてくれたのです。
「聖火リレーを復興の後追しに」。
2020年に向けて、確かな手応えを感じました。

井口経明さん
「岩沼の復興の象徴の場所で、全国からたくさんの人たちに走っていただいた。
この延長で、ここで聖火リレーをできると信じていますし、本当に具現化したらいいと思いますね。」

「聖火リレーのコース決定は2019年夏」

高瀬
「井口さんが聖火の通過点にしてほしいというお話がありましたけれども、それはきっと、復興に向けた確かな通過点にしたいんだという気持ちがあるんだと思うんですよね。
その思い出を再び、夢をもう一度ということではなくて、未来につなぐための聖火なんだということがすごくよく分かりました。」

和久田
「復興五輪として、周りからサポートして、もり立てていくということももちろんですけれども、こうして東北のみなさんの中から、オリンピックの聖火リレーを復興の希望にしたいという、そういう思いがますます、これからあふれてくると、本当にすてきな大会に、忘れられない大会になるんだろうなと思いました。」

高瀬
「ますますトーチが重くなってきた気がします。」

和久田
「この聖火リレーのコースが決定するのは、2019年の夏の予定です。」

<関連リンク>
■特集ダイジェスト
「1964→2020聖火リレーがつなぐ思い① 10万人の聖火リレーが残したもの」
「1964→2020聖火リレーがつなぐ思い② 1964東京五輪 聖火リレーはここから始まった」

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