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2017年10月29日(日)

1964→2020聖火リレーがつなぐ思い① 10万人の聖火リレーが残したもの

小郷
「おはよう日本では、今日から3日間、『聖火リレーがつなぐ思い』と題して、シリーズで特集をお伝えします。」

1964年、東京オリンピックの聖火です。
国立競技場にやってくるまでに、聖火は日本各地を回り、10万人以上のランナーが、その火をつなぎました。

こちらは、大分県から愛媛県へ、船で聖火が渡った時の様子です。
到着を待ちわびた人々が、海まで出迎えにやってきました。
北海道では、農村地帯を走り、青森県では、駅の改札を通過。
大歓声で迎えられました。
戦後19年。
高度成長の真っ只中で迎えた、前回の東京オリンピック。
期待とともに走った聖火は、人々の心に何を残したのでしょうか。

小郷
「スタジオには、1964年当時の国立競技場を再現しました。
後ろにありますのが、聖火です。」

二宮
「この聖火、全国各地をリレーされたんですが、そのコースがこちらです。

当時、まだ復帰前の沖縄から、鹿児島、宮崎、北海道につながれ、そこから4つのコースで全国を回って、東京までリレーされました。」

小郷
「けさは、この聖火リレーを走った方にスタジオにお越しいただきました。

落語家の三遊亭小遊三さんです。
小遊三さんは山梨県を走られたということなんですが、どういういきさつで聖火ランナーになられたんですか?」

落語家 三遊亭小遊三さん
「運動部のキャプテンというのが第一条件だったんで、僕は卓球部のキャプテンだったもので。
まず、卓球のキャプテン、学力優秀、品行方正、あと顔がいいと、すべてクリア。」

二宮
「その時のお写真がございます。
こちらです。

先頭で聖火を持って走っているのが小遊三さんです。
後ろに走っている方も何人かいらっしゃいますね。」

落語家 三遊亭小遊三さん
「2人いまして、火のついていないトーチを持っているのと、2人に何かあった時に1人いまして、あの学生服を着ているのが、僕の友達で。」

二宮
「ご友人で、一緒に走られて。」

落語家 三遊亭小遊三さん
「入っちゃいけないけど。」

二宮
「あとは随走者の方もいますし。」

落語家 三遊亭小遊三さん
「後ろが中学生ですね。」

二宮
「これぐらい多くの人で走るので、全国で10万人以上も走ったんですね。」

落語家 三遊亭小遊三さん
「そうですね。
これで、一団体みたいな。」

小郷
「1964年の聖火リレーでは、多くの人が、それぞれの思いを胸に走りました。
そのうちの1人、滋賀県を走った聖火ランナーを取材しました。」

1964 東京五輪 10万人聖火リレー秘話

9月29日。
宮崎県からスタートした聖火が、滋賀県にやってきました。
翌日、聖火はパトカーに先導され、県庁の前をスタート。
聖火をひと目見ようと、大勢の人が詰めかけました。

梅田道広さん
「この辺りからずっと応援の人でいっぱいだった。」





梅田道広さん、68歳。
滋賀県を走った聖火ランナーの1人です。




当時、高校1年生だった梅田さん。
10歳の時、左腕を失いましたが、予備のトーチを持つ「副走者」に抜てきされました。

二宮
「トーチを持つ責任って、やはり大きいですかね?」

落語家 三遊亭小遊三さん
「そうですね。
やっぱり絶対に消しちゃいけないというね、責任感というんですかね、緊張しました。」

1964年の東京大会では、障害者が参加する大会も開かれ、この時から初めて「パラリンピック」と呼ばれるようになりました。
梅田さんは、障害のある体で、健常者に混じって陸上選手として優秀な成績を残していました。
その活躍が大会関係者の目にとまったのです。

梅田道広さん
「障害をもって中学生から陸上をやっている若者がいるじゃないかと。
うれしかった。
不安はあったけど、名誉なことなので一生懸命走った。」

梅田さんが走ったのは、県庁から1.6キロの区間です。
その間、重さ2キロのトーチを片腕で支え続けなければいけません。

二宮
「2キロというと、結構重いですよね?」

落語家 三遊亭小遊三さん
「そのころは2キロなんかなんてことないと思ったけど、実際、持ってみたら、ズシッときましたね。
意外に重かった。」

難関だったのが、ゴール直前の200メートルに渡って続く坂です。

梅田道広さん
「徐々にのぼってきているので、腕が振れなかった分、ちょっときつかった。」

しかし梅田さんは、大役を果たさなければならないという責任感から走りきり、聖火を引き継ぎました。
聖火リレーの後、それまで以上に、さまざまな競技会に参加するようになった梅田さん。

障害者アスリートの先駆けとして、55歳まで競技会に出場を続けました。

梅田道広さん
「(聖火リレーの経験は)ひと言でいうと“誇り”。
障害があるからかもしれないけど、一生懸命、陸上競技にいそしんできた。
そういう姿が認められた。
心のどこかにズシッとするものがある。」

全国を駆け抜けた聖火 人々の心に残したもの

小郷
「梅田さん、その後の競技人生にも影響を与えていましたけれども、“誇り”というふうにおっしゃっていましたが、小遊三さんにとって、聖火ランナーの経験はどういうものになりましたか?」

落語家 三遊亭小遊三さん
「噺家になってからの方が、オリンピックのたびにこういう番組に出られますから。
これが大きいんですよ。
その時は、なんか面倒くせえなっていう感じがあったんだけど。」

小郷
「面倒くさい、そんな感じなんですか?」

落語家 三遊亭小遊三さん
「ちょっと目立っちゃうじゃないですか。
だから『いやあ、ちょっと照れくさいな』という。」

小郷
「でも、名誉なことですよね。」

落語家 三遊亭小遊三さん
「そうですね。
今になってみるとね。
あの時が私の人生の絶頂期じゃないかと。」

二宮
「聖火が忘れられない記憶になったというのは、ランナーだけではないんです。
聖火は、復帰前の沖縄から、鹿児島、宮崎、北海道へ、飛行機で運ばれました。
その空輸を支えた人々にも、知られざるドラマがあったんです。」

“聖火を無事届けよ” YSー11と支えた人々

沖縄から各地に聖火を運んだのは、就航を翌年に控えた、戦後初の国産旅客機「YSー11」。
産業復興の象徴として、オリンピックの7年前から開発が進められていました。
その最初の使命は、人ではなく、聖火を沖縄から北海道まで運ぶ一大プロジェクトだったのです。
乗り込んだのは、操縦士、整備士、客室乗務員など12人。
「聖火輸送隊」と名付けられました。

輸送隊の1人、整備士だった、福井裕さんです。
当時、最も懸念されていたのが、飛行機の揺れで聖火が消えてしまうことでした。
福井さんは、聖火が消えないよう、機体内部の改修を命じられました。

『聖火輸送隊』整備士 福井裕さん
「宝物を載せるのに、ちょっとそこに置くわけにはいかない。
いろいろ工夫して出来あがったのがこれ、“聖火台”。」

まず、取り組んだのが、聖火を固定する専用の台の開発です。
デザイナーに依頼し、聖火ランナーが持つトーチをモデルに製作。
その台に、聖火を入れた特殊なケースを設置しました。
取り付ける部分には、バネ型の金具を入れ、衝撃を吸収できるよう工夫しました。
さらに、揺れが最も少ない機体の中央に聖火台を設置。
座席の配置も変え、聖火台を挟んでスタッフが向かい合わせに座り、火が消えないか、常に監視できるようにしました。

『聖火輸送隊』整備士 福井裕さん
「揺れたら消える、火は。
そういうことがあってはいけないと必死になった。
それが私の任務。」

万全の準備を整えて、聖火を乗せ、飛び立ったYS−11。
鹿児島、宮崎と順調に飛行し、無事聖火を送り届けました。
しかし、北海道へ向けて飛んでいた秋田上空で、思わぬ事態が襲います。
一刻も早く聖火を届けようと、前線の中を通過したため、激しい揺れに見舞われたのです。

輸送隊の1人、客室乗務員の白木洋子さんです。
機内は、立っていられないほどだったといいます。

『聖火輸送隊』客室乗務員 白木洋子さん
「かなり(機体の)上下があったと思う。
前線の中を通っているというので。
緊張と揺れと、機内を歩くのも普通に歩けない。」

整備士の福井さんは、聖火が消えていないか、激しい揺れの中、確認に向かいました。

『聖火輸送隊』整備士 福井裕さん
「なんとかして無事に守って渡さなくてはいけない。
はいながら(確認に)行って、イスを持ちながら行って、大丈夫だと。」

こうして守られた、小さなともし火。

困難をくぐり抜け、YSー11は無事、北海道に到着。
聖火は、待ちわびるランナーたちへ引き継がれました。

『聖火輸送隊』整備士 福井裕さん
「日本で作った飛行機で聖火を輸送できる。
当時大きなことだった。
必死になって応えて、その結果なんとか任務が果たせた。
ありがたい、涙が出る。」

1964→2020 聖火リレーがつなぐ思い

小郷
「どうご覧になりましたか?」

落語家 三遊亭小遊三さん
「僕らも福井さんと同じ気持ちですね。
あの気持ちが全部末端までいっていましたよね。
絶対消しちゃいけない。
何があっても消しちゃいけないって、そういう気持ちだけですね。」

二宮
「2020年の聖火リレー、2019年の夏には、コースなどの詳細が決まることになっています。
小遊三さん、聖火リレーに何を期待されますか?」

落語家 三遊亭小遊三さん
「やっぱり若い力、かっこいいところを一つ見せてもらいたいなと思いますね。」

小郷
「また走りたいですか?」

落語家 三遊亭小遊三さん
「いやいや、やっぱり若者の祭典です。」

小郷
「シリーズ『聖火リレーがつなぐ思い』。
明日(30日)は、復帰前の沖縄での聖火リレーについてお伝えします。」

<関連リンク>
■特集ダイジェスト
「1964→2020聖火リレーがつなぐ思い② 1964東京五輪 聖火リレーはここから始まった」
「1964→2020聖火リレーがつなぐ思い③ 東北発2020 目指せ聖火リレー」

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