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2017年10月26日(木)

なぜ東電は本社の役割を見直したのか

井原
「けさは原子力発電所の事故対応についてお伝えします。
東京電力福島第一原発の事故では、現場の責任者に大きな負担がかかりました。」

吉田昌郎所長(当時)
「もういろいろ聞かないでください、ディスターブ(邪魔)しないでください。」

現場で指揮を執っていた吉田所長の下には、発電所だけでなく、本社からもさまざまな情報や指示が次々と舞い込み、錯そう。
緊急時の連絡体制の不備が、事故対応の混乱を招きました。

井原
「この事故から6年半。
今月(10月)、東京電力の原発として事故後初めて、新潟県にある柏崎刈羽原発6号機と7号機が、再稼働の前提となる国の審査に事実上合格しました。

審査では、冷却装置や電源設備などハード面の強化などが特に求められたわけですが、審査とは別に、東京電力では事故が起きた場合の連絡体制などの見直しとともに、訓練を行っているということなんです。」

トップに判断が集中 大きな課題残す

6年前の福島第一原発事故。
当時、現場対応に当たっていた、吉田所長の音声です。

吉田昌郎所長(当時)
「何言っているかわからないんだよ。
ここでいきなり言うから、話、混乱するんだよ。
今、重要な会議なんだから、調整したやつで言ってくれよ。」

なぜこうした混乱が起きていたのか。
当時、吉田所長の下には、事故対応の中心となる発電班や復旧班だけでなく、資材や医療、総務など、すべての班がぶらさがっていました。
このため、吉田所長にはあらゆる情報が集まり、判断を求められたのです。

吉田昌郎所長(当時)
「バッテリー手配しているんだっけ?」

吉田昌郎所長(当時)
「トランシーバー50台調達したやつが来たんですけど、全部同じ回線なんですよ。
だから混線しちゃう。」

バッテリーやトランシーバーの調達の確認までしなければならない場面もありました。
対応に追われる中、原子炉の冷却に関わる重要な情報が埋もれてしまいました。
結果として事故への対応が後手に回り、1号機から3号機が次々にメルトダウンする深刻な事態へと陥っていきました。

吉田所長は、事故調査の聞き取りに次のように答えています。

吉田昌郎所長(当時)
「次から次に入ってくる情報に追われ、重要情報を総合的に判断する余裕がなくなっていた。」

現場のトップに判断が集中した事故対応のあり方に、大きな課題が残りました。

新体制は「グループのトップに判断委ねる」

こうした教訓を踏まえ、東京電力は緊急時の体制を見直しました。
所長の下に並んでいた班を、新体制では共通する役割ごとにまとめました。
それぞれのグループのトップの権限を明確にし、解決できるものは判断を委ねます。
所長が直接やりとりするのは4人程度とし、重要な判断に必要となる情報だけを伝えます。

柏崎刈羽原発で行われた訓練の様子です。
所長や幹部の席はガラスで仕切られています。
余計な情報が入らないようにしたということです。

こうした体制が機能するかどうか、確認を続けていくことにしています。

混乱の原因になった本社

原発事故のもう1つの課題。
それは、東京電力の社長らがいる本社の役割です。

本社側
「ドライウェルベントできるなら、もうすぐやれ、早く!」

本社側
「小弁開いても、もう1弁あるから、そっちは開いているのか?」

吉田昌郎所長(当時)
「もういろいろ聞かないでください、ディスターブ(邪魔)しないでください。」

事故では、本社にいる当時の社長などが、官邸の意向を受けるなどして吉田所長に対して指示や問い合わせをする場面がたびたびあり、混乱を招きました。
国会の事故調査委員会は、こうした本社の対応について、「官邸の意向を現場に伝える役割だけの状態に陥った」「現場の第一線を支援する意識も体制も整っていなかった」と批判しています。

高瀬
「発電所だけでなく、本社の対応も見直す必要がありますよね。」

井原
「そうですね。
当時の状況を図にまとめました。
政治家や専門家などから、問い合わせや指示などが本社に相次ぎました。
その内容を、現場に伝えるべきかそうでないか十分検討することなく現場に伝え、混乱の原因となりました。
中には発電所に直接電話する人たちもいたということです。

本社は「発電所の支援」に徹する

井原
「そこで、本社の対応も大きく見直しました。
まず、事故対応の決定権は現場に集約するとしています。
現場でのやりとりはリアルタイムで把握し、本社から問い合わせる場面を極力少なくするようにしました。
その上で、本社の役割を発電所の支援に徹することに決めました。

例えば、指揮者のもとに、住民の避難に関する情報を必要とする自治体への対応、広報対応、発電所で必要な物資を手配するなどの後方支援です。
ただ、本社での訓練を取材すると、この中での情報共有に課題があることが見えてきました。」

本社で訓練 情報共有の難しさ浮き彫りに

リポート:阿部智己(科学文化部)

「警戒態勢発令。」

今年(10月)2月。
東京電力の本社で行われた訓練です。

「上中越沖にて地震発生。
柏崎刈羽、震度6強との情報あり。」

地震をきっかけに、柏崎刈羽原発の冷却設備が使えなくなり、核燃料がメルトダウンしたという想定です。
格納容器が壊れると、大量の放射性物質が放出されるおそれがあります。
発電所の支援や自治体対応などを担う本社。
その本社で指揮をとる「コマンダー(指揮者)」が、原発の状況を伝えます。

コマンダー(指揮者)
「1830(午後6時30分)にベントを予測しているが、格納容器の圧力が上がってきて、保護するためにベントをする。」

「ベント」とは、格納容器の中の圧力が高まり壊れる前に、中の気体を、専用の装置を通し放射性物質を減らして放出することです。
ただ、気体には放射性物質が残っているため、外部への放出は格納容器を守る最後の手段です。

発電所から伝わってきたベント開始の時間は、午後6時半。
地元住民の避難にとって重要な情報となるため、実施時間を正確に自治体に伝えなければなりません。
ところが、圧力の上昇が予測より早まり、ベントの実施時間を早めるという情報が発電所から伝わります。

情報収集担当
「現在の圧力の上昇曲線から見ると、発電所のほうでは、1810(午後6時10分)のベント検討が開始されている模様。」

コマンダー(指揮者)
「状況はコマンダー、了解。
引き続き情報を、そこは大事なので、情報班長、しっかり取るように。」

当初より20分早い、午後6時10分にベントを始める可能性が出てきたのです。
しかし、自治体対応のリーダーは…。

自治体担当
「1830(午後6時30分)、ベント実施の件については全自治体に説明。」

ベントの開始時刻の変更を把握できておらず、自治体に午後6時半開始と伝えたと報告しました。
そのことに気づいたコマンダーは…。

コマンダー(指揮者)
「1810(午後6時10分)にベントになる可能性もゼロじゃない。
1810(午後6時10分)という情報は(自治体に)しっかりと発信、共有せよ。」

自治体担当
「了解、至急共有する。」

すぐに自治体に伝え直すよう求めました。
しかし、その後も状況は変化。

「6号機、ベント開始。」

結局、ベントが始まったのは午後6時20分。
最新の正しい情報を共有する難しさが浮き彫りになりました。
危機管理の専門家に、訓練を分析してもらいました。
この場面では、指揮を執るコマンダーが正確な情報を確実に全体に伝える責任があったと指摘しています。

全国危険物安全協会 佐藤康雄理事
「過酷状況の時には情報も錯そう、認識共有は簡単にできるものではない。
早めの段階からコマンダーの意図として情報共有の徹底をすれば、もう少し意識が変わって齟齬(そご)も起きなかったかもしれない。」

東京電力 防災担当
「今後もずっと(訓練を)続けていくことがものすごく大事。
改善点を修正して、また次の訓練に対応する。
また当然、改善点が出てきて、次につなげる。」

訓練を繰り返し 改善を続ける責務

井原
「東京電力の訓練を取材してきた花田記者です。」

高瀬
「原発事故から6年半たった今、訓練とはいえベントの開始時間という極めて重要な情報が誤って報告されるというのは、本当に大丈夫なのかという気持ちになりましたが?」

花田英尋記者(科学文化部)
「確かに担当の班長は誤って認識していましたが、コマンダーが訂正させるとともに、実態としては正しい情報が別のルートから自治体側に報告されていたということではあったんです。
今回の訓練は、刻々と状況が変化しうるという想定で行われていました。
取材では、体制を見直すだけで事故対応が万全になるわけではないと感じましたが、東京電力は、訓練を通してこうした課題を洗い出していくことが重要だとしているんです。」
和久田
「課題をとにかく洗い出していくことで、最後は万全の体制につなげてもらわないといけないですよね。」

花田記者
「その通りです。
そのため、訓練の内容も事故の前後で変化しています。

事故前は、ベントが必要になるような想定はされず、訓練のシナリオも参加者に事前に周知されていたことが多く、いわば手順の確認が中心でした。
今は、過酷な事態を想定し、シナリオも事前に参加者に知らせず、訓練から『何が課題かを見つける』ものに変わってきています。
6年前の原発事故は、想定を超える事態を常に考え、備えなければならないという重い教訓を残しました。
この教訓を忘れず、訓練を繰り返し、改善を続けることが電力会社の責務と言えます。」

井原
「柏崎刈羽原発6号機と7号機は国の審査に事実上合格しましたが、再稼働までには地元自治体の同意などが必要となります。
新潟県の米山知事は、県として原発事故の検証などを行ったうえで再稼働の是非を判断する方針で、検証には3年ほどかかる見通しを示しています。」

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