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2017年10月10日(火)

「東京五輪音頭」に込められた思い

高瀬
「けさのクローズアップ。
53年前の今日10月10日は、東京オリンピックの開会式が行われた日です。」

53年前 大流行した「東京五輪音頭」

昭和39年。
アジアで初の開催となった東京オリンピック。
戦後の復興を世界に示す大会となりました。
その中で、大会を盛り上げようと、ある曲が作られました。

その名も「東京五輪音頭」です。
軽快な歌と踊りは大流行し、多くの人に親しまれました。

生まれ変わって 各地で練習

そして今…。

50年の時を経て、「東京五輪音頭」は新しく生まれ変わっています。
1番から5番までの音頭を、3人の歌手が個性豊かに歌いあげています。

“幸せだな〜”





この曲は、インターネットで全国に公開。
各地で練習が始まっています。
埼玉の小学校では、先月(9月)行われた運動会で、いち早く披露。


「楽しかった!
現地で踊ってみたいと思いました。」





53年前、踊ったことがあるというお年寄りたちも、踊りの発表会に向けて練習に励んでいます。




「ハードですね。
楽しいよね。」

「楽しい、だんだん覚えてくるから。」

「がんばって練習します!」

高瀬
「これは踊れるようになっておいた方がいいんじゃないかという気もしてきましたけれど、この『東京五輪音頭2020』ですが、歌詞は昭和39年の『東京五輪音頭』を元に作られています。」

和久田
「その歌詞を書いたのは、島根県出身のある男性でした。
50年以上たった今、再び光が当たることになったその詞に、どんな思いが込められているのか、取材しました。」

「東京五輪音頭」作詞者は島根県庁職員だった

リポート:木村信哉(映像取材部)

「東京五輪音頭」の歌詞を作ったのは、島根県出身の宮田隆(みやた・たかし)さんです。
当時、島根県庁に勤める公務員でした。

♪:東京五輪音頭
“待ちに待ってた世界の祭り
西の国から東から”

宮田さんの長男の洋(ひろし)さんです。
当時、お父さんが作詞に熱中していた姿を覚えているといいます。

宮田洋さん
「(父は)もともとは県庁職員なので、普通の仕事もしないといけない。
(作詞活動が)あるときには旅館に引きこもって、全部をシャットアウトして書いていたという記憶がある。」

その熱意が実を結び、応募した東京五輪音頭の歌詞が、見事、選ばれたのです。

歌詞に込めた 平和への思い

復興した日本の晴れ姿、その高揚感を歌った歌詞に、実は、宮田さんはある思いを込めていました。
それは、平和への強い願いです。

宮田洋さん
「これは生々しい。
屋根にのぼっている。」

日本が日中戦争、太平洋戦争へと突き進んでいった中、宮田さんは、中国、その後フィリピンへと従軍し、捕虜も経験しています。

宮田洋さん
「“捕虜になったときはつらかった”と言っていました。
いつ殺されるか分からないし、順番が回ってきたら殺される。」

しかしある時、アメリカ兵からかけられた言葉に、宮田さんは心を動かされたといいます。

宮田洋さん
「日本人もアメリカ人も、みんないい人なのに、お互いに殺し合いをしなければならない。
“戦争がなく平和なら殺し合いをしなくていい”というアメリカ兵の言葉が一番印象的だったと。」

人種や国の垣根を越えて、人と人として認め合う。
宮田さんのその思いがにじむのが、東京五輪音頭、3番の歌詞です。

♪:東京五輪音頭
“すがた形は違っていても いずれおとらぬ若い花
ヨイショコーリャ若い花
オリンピックの庭に咲く”

宮田洋さん
「自分の体験や戦友が亡くなっているなかで自分は生きて帰っているから、平和への思いは強かったと思う。」

「どうしてこんな仲間が戦争を引き起こすのか」

そして、東京オリンピックの開会式をスタンドで見つめた宮田さん。
改めて平和への思いを手記に綴っています。

宮田隆さんの手記
“待ちに待ってた世界のまつり。
私は東京五輪音頭の一節に、こううたった。
それがいま実感として目の中に飛び込み、耳を打ち、胸をジーンとさせる。
それにしてもどうしてこんなに明るい純粋な世界の仲間が殺し合い、憎しみあい、戦争という愚を引き起こすのであろうか。
私は改めて平和への願いをこめて、この偉大なセレモニーの感動にひたる。”

それから53年。
宮田さんの思いは色あせることなく、今に引き継がれています。

♪:東京五輪音頭2020
“すがた形は違っていても いずれおとらぬ若い花
ヨイショコーリャ若い花”




宮田洋さん
「2020年のオリンピック、またお父さんの作った歌が全国に流れます。
報告します。」




50年以上前に誕生した東京五輪音頭。
その歌詞は今、改めて平和の尊さを問いかけています。

今ふたたび 東京五輪音頭

高瀬
「東京オリンピック2020年に向けては、本当に楽しみだと、それを楽しもうという空気って世の中にいっぱいあるんですけど、この時の東京オリンピックは、今よりももっともっと平和な祭典であるオリンピックの、その平和そのものをかみしめようとしていたんだなというのが、歌詞からでも分かりますよね。」

和久田
「私たちもそれを感じながら踊りたいですよね。」

高瀬
「この東京オリンピック・パラリンピック組織委員会でも、歌詞に込められた思いを大事にしていきたいと、再び使うことにしたということです。」

和久田
「この『東京五輪音頭2020』は、全国の自治体などで、無料でCDの貸し出しが行なわれています。
そして新たに、車いすに乗ったまま踊れる振り付けなども取り入れられていて、イベントなどでみんなで踊ってほしいということです。」

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