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2017年10月8日(日)

“命のビザ”記念館を救え

小郷
「第2次世界大戦中、ナチス・ドイツに迫害されたユダヤ人にビザを発給し、多くの命を救った外交官、杉原千畝。
このビザは、のちに『命のビザ』と呼ばれるようになりました。」


二宮
「その舞台となったリトアニアでは、当時の日本領事館が『杉原記念館』として今も残されていますが、建物の老朽化で保存が難しくなっています。」

小郷
「この危機を救おうと、異色の経歴を持つ日本のボランティアたちが立ち上がりました。」

“命のビザ”記念館を救え 異色のボランティア集団

「杉原記念館」があるリトアニア第2の都市、カウナス。

先月(9月)杉原千畝の功績を記念して、日本の文化を紹介するイベントが開かれていました。




リトアニア在住 ユダヤ人
「杉原は私たちに本当の人間性と自己犠牲のお手本を示してくれた。」





大学生
「この街で杉原がしたことは、後の世代に大きな影響を与えた。」





このイベントにあわせてリトアニアを訪れ、大歓迎を受けている人たちがいました。

日本からやってきたペンキ屋のボランティア集団「塗魂ペインターズ」です。
建物が傷んでいても直す資金がない学校や災害の被災地に出向き、無償で修復を行ってきました。
交通費など、経費はメンバーの自己負担です。
今回は杉原記念館を修復するため、それぞれおよそ30万円をかけてやってきたのです。

塗魂ペインターズ 池田大平さん
「雨が降ろうが、やりが降ろうが必ずやって帰る、それしかない。
絶対やってやる。」




1939年に建てられたリトアニアの旧日本領事館。

当時の執務室です。
杉原は、ここで日本政府からの指示に背いて、ナチス・ドイツに追われたユダヤ人にビザを発給。
およそ6,000人を日本へ逃し、命を救いました。
現在は、その功績を伝えるため、当時のビザなどが展示されています。
築およそ80年が経過した建物は外壁などが崩れ、老朽化が進んでいますが、資金不足で放置されていました。

運営団体 会長
「ボロボロだった。
そのとき日本のペンキ屋たちが私たちを助けると言ってくれた。」




大きな期待を受けてやってきたリトアニア。

記念館の外壁は、日本などからの寄付金で、ひび割れが補修されました。
この壁を美しく塗り上げることが、今回のミッションです。
実は、塗魂ペインターズのメンバーには、さまざまな経歴の人がいます。
結成されたのは8年前。
これまで全国で90か所以上を修復してきました。
160人を超えるペンキ屋が参加しています。

その1人、埼玉県から参加している、この男性。





かつては、暴力団の準構成員でした。





愛知県から参加、笑顔がさわやかな、こちらの男性は。





少年院を3回経験した、元暴走族のリーダー。
1度は社会からドロップアウトしたメンバーたち。
だからこそ、社会から認められたいと、すすんでボランティアに参加したといいます。


塗魂ペインターズ 立野昌弘さん
「何か1つずつでもいいから、自分で思いっきり真面目にやってみよう。
こんなに褒められたことない。
僕らができることで社会貢献できることがすばらしいと思う。」



塗魂ペインターズを立ち上げた、池田大平さんです。
在日韓国人として生まれた池田さん。
差別への反発から暴力事件を起こし、高校を中退。
望んだ職に就けず、しかたなくペンキ屋を選びました。
周囲には、自分と同じように挫折を味わった若者が数多くいました。
彼らが活躍し、自信が持てる場を作りたい。
そう考え、ペンキ屋のボランティア集団を結成しました。

塗魂ペインターズ 池田大平さん
「俺もペンキ屋だから、俺が言うのは許されると思うけど、劣等生が多い、劣等生が。
だから褒められた覚えがない。
認められたい、社会的に。」

そんな池田さんがリトアニア行きを決めたのは、去年(2016年)1月。
新聞記事で、杉原記念館の危機を知ったことがきっかけでした。
困っている人がいれば、どこでも駆けつける。
それが塗魂ペインターズのポリシーです。
海外での経験は、メンバーの自信になるとも考えました。

修復作業を始めて2日目。
思わぬ壁にぶつかりました。
リトアニアでは、文化財の修復に使う材料が定められています。
およそ80年前の建設当時に近いペンキを使うよう、求められたのです。
日本では使ったことがないペンキでした。

塗魂ペインターズ メンバー
「これはムラになる。」

指定されたペンキは、すぐに乾くため、急いで塗ってもムラになってしまいます。

塗魂ペインターズ 池田大平さん
「こんな風になるのか。」

さらに、壁に凹凸があるため、ローラーを使えず、小さなはけで塗らなければなりません。
作業日数は、わずか4日間。
メンバーの表情に焦りの色が見え始めます。

塗魂ペインターズ 立野昌弘さん
「進まない。
全然進まない。」

塗魂ペインターズ メンバー
「手が痛い。
けんしょう炎になりそう。」

その時、メンバーの1人が、あるアイデアを思いつきました。
はけを2本重ねる方法です。
はけが含むペンキが多くなるため、1回でより広い範囲を塗ることが出来ます。

塗魂ペインターズ メンバー
「倍以上早い。
塗りやすい。」

さらに、大勢で一列になり、一斉に塗ることにしました。
こうすることで、塗る人と塗る人の間に境目が出来るのを防ぐことが出来ます。

塗魂ペインターズ 池田大平さん
「知恵、現場は知恵。
こうやって見とるとどう?
頼もしいでしょう。
彼らはやっぱり職人魂でしっかり仕上げたいという証し。」

最終日。
すべての作業が終わりました。
杉原記念館の館長も駆けつけました。
期間内に作業が終わるのか、心配していました。


杉原記念館 館長
「すばらしい仕事だ。
とても満足している。
池田さんは庶民のペンキ屋が人々の幸せを願って行うボランティアと言った。
その姿勢は杉原千畝と重なる。」

杉原千畝のように、異国の地で人々の力になることができた塗魂ペインターズ。
新たな自信となりました。

塗魂ペインターズ 結城伸太郎さん
「人に喜ばれると、俺ってこんな技術を持っていたんだ。
こんな人を喜ばせる力を持ってたんだ。
達成感がある。」



塗魂ペインターズ 池田大平さん
「立派な人しか人を救えないとか、優れた人しか人を救えないとか、そんなことない。
国籍がどこでも、年齢がいくつでも、学歴がなくても、溺れてる人がいたら助けにいく。
塗装屋にしかできないボランティア、社会貢献。
無料で塗ってあげたら喜ぶ、それだけです。」


小郷
「塗魂ペインターズのみなさん、来年(2018年)3月には、タイのバンコクで、スラム街の孤児院を修復するということです。」