これまでの放送

2017年10月4日(水)

世界遺産 理想と現実がかい離する理由

高瀬
「今日(4日)は、世界遺産についてです。」

和久田
「未来に残すべき世界各地の文化や自然を守るためユネスコが制定した世界遺産。
今年(2017年)7月には福岡県宗像市の『沖ノ島』などが新たに登録されることが決まりました。」

高瀬
「日本では5年連続、21件目の世界遺産誕生。
登録された地元では、観光の起爆剤としての期待から盛り上がりを見せています。」

和久田
「ところが今、世界遺産を取りまく環境に異変が起きているんです。」

富岡製糸場 入場者が減少

群馬県の富岡製糸場です。
明治初期に建設された官営の製糸工場は、1世紀以上にわたり日本の生糸産業をけん引しました。
平成26年、製糸場は近代産業遺産としては国内で初めて世界文化遺産に登録されました。

世界遺産を一目見ようと、連日大勢の人が押し寄せ、地元の富岡市も地域経済の活性化に期待を膨らませました。
ところが…。

郡義之記者(ネットワーク報道部)
「富岡製糸場の正門前に来ています。
世界遺産となった3年前はこちらに長い行列ができていましたが、今はその行列もありません。」

製糸場を訪れた人の数は、世界遺産登録が決まった初年度が133万人。
しかし、わずか2年でおよそ80万人にまで減り、今年度はさらに落ち込む見通しです。

修復の費用が財政を圧迫するおそれ

その理由の1つは、見学コースの乏しさにあります。
修復作業などが終わっていないため、中まで立ち入って見学できるのは100余りの建物のうち3割にとどまっています。
がっかりして帰る人も少なくありません。

来場客
「もう少し、当時の様子がわかるように再現(展示)があったらよかった。」

来場客
「立ち入り禁止の場所があるので、もう少し中に入って見たかった。」

人口5万の富岡市にとって、観光客の減少は死活問題です。
修復などにかかる費用はこの先10年だけでも100億円。
入場者数を維持できなければ市の持ち出しはさらに増え、財政を圧迫するおそれがあるのです。

建物改装には大きな壁も

あと30年はかかるといわれる建物の修復作業。
費用を工面するため、富岡市の岩井賢太郎市長は、世界遺産の建物を活用し観光客を呼び込もうとしています。

富岡市 岩井賢太郎市長
「(製糸場倉庫の)2階は何とか地元の考えでホテルにしたい。
お客さんを呼び込むには、やっぱり観光地化(が必要)。」

赤れんが造りの「西置繭所(にしおきまゆじょ)」と呼ばれる倉庫。
ここをホテルに改装しようというのです。

しかし、この構想には大きな壁が立ちはだかっています。
それはユネスコが定めた、ある「指針」です。
指針では、建物の修復や変更の際に文化財としての価値を損ねないよう、最大限の配慮を求めています。
国などと事前に綿密な協議が必要で、時間が膨大にかかるのです。
そのため、ホテル計画は具体的な検討が始まるメドすら立っていません。

富岡市 岩井賢太郎市長
「確かにハードルが高いと思う。
そういうもの(観光)で活用していかないと維持できない。
歯がゆいというか頭が痛いというか。」

専門家は、世界遺産に登録されて初めて、保護と活用をめぐる議論が巻き起こるケースが増えていると指摘しています。

高崎経済大学 佐滝剛弘特命教授
「お金の落ち方が思ったようにならなかったり、お金を落とすことに力を入れるあまり、本来の目的である次世代に宝物をつないでいくということがおろそかになりがち。
正解がない(中で)答えを模索していくしかない、富岡市もそういった問題に直面した。」

ウィーン歴史地区「市の発展が重要」

リポート:小原健右記者(ウィーン支局)

町全体が世界遺産に登録されているヨーロッパのケースでは、遺産の「保護」か「活用」かが、より深刻な問題となっています。
オーストリアのウィーンです。

市の象徴である、ゴシック様式のシュテファン大聖堂に、オペラの聖地とされる国立歌劇場。
豊かな文化と歴史が残る美しい街です。
市の中心部は「歴史地区」と呼ばれ、2001年に世界遺産に街ごと登録されました。
ところが3年前、この「歴史地区」に、高さ73メートルの高層マンションを中心にホテルやスケートリンクなどを整備する建設計画が持ち上がりました。
完成すればウィーンの景観が大きく変わることになるこれまでにない計画です。

このままでは美しい景観が失われてしまう。
ユネスコの世界遺産委員会は今年、登録抹消も視野に入れた「危機遺産」に指定し、市に対策を取るよう強く警告したのです。

ユネスコ担当者
「国際社会に警鐘を鳴らすために、ウィーンを『危機遺産』に指定しました。
ウィーン歴史地区の普遍的な価値が損なわれないように適切な対策を取るべきです。」

少子高齢化が進んでいるウィーン市。
社会保障費が増加し新たな税源の確保が求められる中、都市開発によって大企業を誘致したり富裕層の移住を促そうというのです。
ウィーン市の都市開発の責任者は、危機遺産へ指定されたことよりも、市の発展の重要性を強調。
「最悪の場合、登録を抹消されてもいい」と強気の姿勢です。

ウィーン市 都市計画担当 ルードルフ・ツンケさん
「世界遺産の登録を抹消されても、ウィーンは世界の中で最も美しい街のひとつであることに変わりはありません。
ウィーンは博物館ではありません。
人々が働いたり暮らしたりしている、今も生きた街です。
だからこそ“開発”と“保護”のバランスを考える必要があるのです。」

ドレスデン 世界遺産登録は抹消されたが…

実際に、世界遺産の登録抹消にまで至った街もあります。
ドイツ東部の都市、ドレスデンです。

市の中心を流れるエルベ川と、芸術の都として栄えた旧市街地が調和した美しい風景が評価され、2004年に世界遺産に登録されました。
市は、市民の要望を受け、交通渋滞緩和のため、4年前にエルベ川に新たな橋を建設しました。
市内の渋滞は大きく改善しましたが、景観を台無しにしたという理由で世界遺産の登録を抹消されてしまったのです。

それでも観光客が減ることはなく、去年(2016年)訪れた人の数はおよそ200万人と、むしろ増加したといいます。

タクシー運転手
「観光客が減ると言われていましたが、何も変わらずうまくいっています。」

地元住民
「大切なのは、この街に住む人の生活です。
古さと新しさが共存するこの街を、わたしは愛しているのです。」

日本の世界遺産への関心 むしろ例外的

高瀬
「世界遺産登録決定の、あの喜びは何だったのか。
登録が抹消されても別に構わない、と。
いろいろ驚きがありましたね。
取材をした、ウィーンにいる小原記者に聞きます。
こうなってくると、いったい世界遺産とは何なんだろうという気もしてくるんですが、ウィーンでは登録抹消の可能性はどのくらいあるのでしょうか?」

小原健右記者(ウィーン支局)
「このままでは、可能性はかなり高いのではないかと感じています。
市は『歴史地区』とその周辺の高層化を可能にする新たな条例の整備もすでに終えています。
見直しを求めるユネスコとは平行線のうえ、世界遺産そのものに関する市民の関心は薄いのが実情です。
世界遺産への関心が非常に高い日本国内の状況は、世界的に見るとむしろ例外的だといえそうです。」

「遺産の保護」という理想 現実との折り合いが課題

和久田
「ドイツのドレスデンも含めて、こうした事態が相次いでいるのはなぜでしょうか?」

小原記者
「世界遺産の『理念』と『現実』がかい離しているからだと思います。
人類共通の遺産を、国際社会全体で保護するのが世界遺産の目的です。
しかし、登録を申請する側は、知名度のアップや観光客の増加など実利的なメリットを求めています。
このため、ここウィーンでも、日本の富岡のケースでも、ユネスコが守るよう求めるさまざまな制限が地域の発展を妨げるハードルのように感じてしまうのです。
遺産の保護という理想を追い求めながら、住民の暮らしを豊かにしたり、遺産を活用したりと言った現実と、どうやって折り合いを付けるのか?
世界的な課題になっているといえそうです。」