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2017年10月1日(日)

一歩一歩 前へ 〜元アメフト選手 がんを乗り越えて〜

がんと闘う、あるアスリートのツイッターが今、反響を呼んでいます。
発信しているのは、元Jリーガーです。




塚本泰史さん。
大宮アルディージャのレギュラーとしてプレーしていました。
7年前、右足に骨のがん「骨肉腫」が見つかり、現役引退を余儀なくされました。
しかし塚本さんは、がんに負けることなく、チャレンジを続けています。

手術で右膝が人工関節になったにも関わらず、自転車で埼玉から佐賀まで1,200キロを走破。




東京マラソンにも参加し、完走しました。
こうした挑戦をツイッターで発信。
同じようにがんと闘う患者だけでなく、多くの人に勇気を与えているのです。
そんな塚本さんの姿に刺激され、富士登山に挑んだアスリートがいます。

同じ骨肉腫にかかり、引退したアメリカンフットボールの元選手です。

大森優斗さん
「自分の理想の形が塚本さん。
富士山に登るというチャレンジで、大きく踏み出せたら。」

がんを乗り越えようとするアスリートの挑戦を見つめました。

がんを乗り越えて アスリート 富士に挑む

アメフト社会人リーグ1部の「アサヒビールシルバースター」。
日本一3回を誇る名門チームです。




コーチをつとめる大森優斗さん、25歳。
一昨年(2015年)まで、選手としてプレイしていました。
スピードを生かした守備が持ち味で、学生時代は、関西学院大学で大学選手権を3連覇。
社会人リーグでも、1年目からレギュラーとして活躍する期待の若手でした。

解説
「完璧に大森がついていました。」





しかし去年(2016年)、右膝に骨のがんが見つかりました。
元Jリーガーの塚本さんと同じ「骨肉腫」です。
全身に転移する恐れのある重い病気です。
11回に及ぶ抗がん剤治療と合わせて、手術で右膝の腫瘍を摘出。

金属製の人工関節を埋め込みました。
手術から1年あまり。
再発はしていませんが、激しい運動ができず、選手を断念せざるを得ませんでした。

大森優斗さん
「これから日本代表目指してがんばっていこうと思っていたので、それができなくなる、かなわなくなるのは、なんとも言えないくらい落ち込んだ。」

そんな時出会ったのが、塚本さんのツイッターでした。
同じ病気にかかりながら、ひるむことなく挑戦を続ける姿に衝撃を受けました。
自分も何かに挑戦することで、がんに打ち勝ちたい。
そう考えるようになりました。

大森優斗さん
「選手ができなくなって、日本一とか、日本代表を目指すことができなくなって、アメフトではないにしろ、日本一に関わるチャレンジができたら。」

選んだのは富士山。
日本一高い山に登るという挑戦です。




スタート地点の5合目にやってきたのは、あの塚本さんです。
共通の知人を通じて大森さんと知り合い、今回、一緒に登ることになりました。
自身も富士登山の経験がある塚本さん。
その経験から伝えられることがあると考えています。

元Jリーガー 塚本泰史さん
「同じ病気を患って、富士山に登ろうとしている大森さん。
自分も力になりたい。」

2人が登る「須走ルート」は、標高差およそ1,700メートル。
曲がる範囲が限られる人工関節で登るのは、過酷な挑戦です。

元Jリーガー 塚本泰史さん
「(人工関節が)結構きしみません?」

大森優斗さん
「膝の曲がる角度が、人工関節になって変わっちゃって。」

出発して2時間。
大森さんのペースが落ち始めます。

6合目付近からは、砂地が増えてきます。
人工関節を入れた足では踏ん張りがきかないため、滑りやすく、体力を奪われたのです。
腰を下ろす回数が、次第に増えていきました。

大森優斗さん
「大きな岩、砂利道をのぼったり、不規則なルートになっている。
体力と気持ちの切り替えが、なかなか追いつかない。」

大森さんには、「この挑戦を成功させたい」という思いがありました。
現役引退の後、コーチとして再出発した大森さん。
しかし、人工関節の足では走ることも難しく、選手に手本を示すことができません。
指導も及び腰になってしまう自分を変えたいと感じていました。

大森優斗さん
「(骨肉腫になって)物事に対して消極的になることが少なからずある。
先頭に立ってやってきたのに、先頭に立てない、悔しい。」

元Jリーガー 塚本泰史さん
「焦らず、一歩一歩だと思う。
ゆっくり自分のペースで。」




塚本さんも、ひとつひとつ目標を立て、それをクリアすることで病気から立ち直ってきました。
大森さんは、ゆっくりと、再び歩き始めました。

予定より2時間遅れて、7合目にある山小屋に到着。
明け方まで、しばしの休憩です。
夕食後、大森さんは、自分がぶつかっている壁について相談しました。

大森優斗さん
「前向きな姿勢がなくなって、このままだと、うつ病になるという時があった。」

元Jリーガー 塚本泰史さん
「(病気を)宣告された直後は、さすがに沈んだが、なっちゃったからにはしょうがない。」

塚本さんは、自分が前向きでいられるのは、いつか選手に戻りたいという目標があるからだと明かました。

元Jリーガー 塚本泰史さん
「手術を受ける、人工関節にする、でもサッカーは諦めない。
夢に向かって努力しようと切り替えた。」




塚本さんの話を聞くうちに、大森さんは、コーチという役割を前向きにとらえられるようになっていました。

大森優斗さん
「選手でなく、ほかの角度からでも(アメフトに)関われたらそれで幸せかな。」




再出発した深夜3時。
強い風が吹き、激しい雨が降り始めました。
足元は、さらに滑りやすくなっています。
それでも、大森さんは諦めずに歩き続けます。
そして、登り始めて19時間後。

大森優斗さん
「右足から。」

ついに山頂です。

大森優斗さん
「率直にうれしい。
1人では絶対登れなかったと思う。
塚本さんのサポートがあって、無事になんとか登れた。
生きてるって感じる。
病気に勝ってよかった。」

富士山に登ってから4日後。
いつもの練習場に大森さんの姿がありました。
足を引きずりながらも、先頭に立って選手たちを引っ張ります。

大森優斗さん
「自信を持って行動する、そういう場面に関しては、前の自分よりも変わった。
課題を常に持ち続けることが成長の秘けつだと、この夏感じたので、目標を見つけ、全力でチャレンジしていけば、より大きな人間になれると思う。」


小郷
「大森さんの富士山をのぼりきった後の練習での表情、笑顔がとても印象的でしたね。」

二宮
「アスリートにとってプレーができないことの悔しさ、苦しさは計り知れないと思うんですけれども、その中で自分ができることに向けて、時間がかかっても全力で一歩ずつ進んでいく姿が、登山をしている大森さんの姿に重なりましたね。」

小郷
「次は、大森さん、ハーフマラソンに挑戦したいということです。」